2015年09月17日

第48講 幽界消滅

神は波動が低い魂を修行させるため三次元の物質世界を作った

 ダンディ・ハリマオ氏によれば、神(宇宙)が、三次元の物質世界を作ったのは波動が低い魂を修行させるためである。そのために、神は、地球社会を創出し、宇宙を彷徨っていた波動が低い魂を呼び寄せて、肉体という重い波動の衣を着せて暮らせるようにした。肉体の衣を魂に着せなければ、魂がむき出しになってしまい、魂の醜さを隠せず、互いにとても向きあえないからである。ただし、ただ肉体を着せただけでは、それを粗末に扱う。このため、神は「美」と肉体の快楽をも与えた。こうして魂の磨きの場として、多くの霊を地球に集めた。さらに、神は、地球上に物質的な豊かさを生み出し、医学を作り出すことで寿命も長くした。できるだけ地球時間での滞在時間を長くして、人間が「悟る」チャンスを増やすためである(7)

波動が高い魂は幽界から霊界へと進む

 ダンディ・ハリマオ氏によれば、神は、この三次元の物質世界の上に、四次元の「幽界」という想念の世界を創った。幽界は、精霊界とも、アストラル界とも言われ、さらにその上にある五次元の「霊界」を雛形とした世界である(6,7)

 一方、普通の人間は、亡くなってから49日間、幽界にとどまって、家族や世話になった人や思い出の場所に飛んでゆき、少しずつ「自分が死んだ」ことを悟っていく。そして、さらに波動が高い「霊界」にあがっていく(6)。ただし、稀には幽界を突き抜けていきなり上層の神霊界にまで到達する魂もある(7)。こうして、「霊界」にあがれば、二度と三次元の物質世界に姿を見せることはできない。どうしても、自分の家族や友人に知らせたいときは、夢枕に立つしかない(6)

幽界に留まり続けるのが幽霊である

 けれども、交通事故や遭難などで、突如として命を落とした魂は、自分の肉体が死んだことを悟れないため、49日間をすぎても、そのまま「幽界」にとどまってしまう。また、財産や愛する恋人、恨み等、この世に未練や怨念を強く残してきた魂も、波動が低いために、三次元のすぐ際の付近を浮遊して、因縁の強い場所の周辺から離れず自縛霊になってしまう。こうした魂は、波動が低いため、可視領域が広い人は見ることができる。あるいは、霊の波動を脳が感知して、これを映像化したりする。これが、俗にいう「幽霊」である(6)

アカシックレコード=パラレルな悪想念のゾーン

 さて、人間は、物質的に満ち足りてくるとろくなことを考えない。他人を呪ったり、嫉妬する悪想念も生み出す(7)。ダンディ・ハリマオ氏は、人間界のすぐ隣には(3)、恐怖、怒りといった人間の狂気やネガティブな想念がたまった吹き溜まり「パラレルの世界」「悪魔界」「ゾーン」が実在すると考えている(1,3,5)。このネガティブな想念がバキュームカーのように吸い込まれて、貯蔵され、焼き付けられているのが、アカシック・レコードという貯蔵庫、幽界である(3,5,8)

神は人間が悟りを開くために「悪」のゾーンも作った

 すなわち、悪魔とは、私たち自身の恐怖・憎悪・傲慢といったネガティブな想念の集合体である(8)。これを西洋では「ルシファー」、日本の神道では「スサノオ」と呼んでいる(7)

 そもそも人間が魂が悟りを開くことは大変である。最初は「希望」だけしかなかったが、悟りを早めるには「悪」が必要だし、悪を知ってこそ、初めて悟ることができる。このため、「物欲」という低い波動を蔓延させ、物質文明を発達させて、「悪」を教えることを神は仕組んだ。言い換えれば、「ルシファー」とは悪を教えるために神が作った「教師」なのである(7)。すなわち、ルシファーは、人間の心の成長に欠かせない「必要悪」としての存在価値が認められている間だけ、唯一無二の「神」によって、しばらくの間だけ「生かされているだけの」存在である。役目が終われば、消滅していく(1)

悪魔とは人間のエゴイズムが作り出した想念

 もともと悪魔は、ネガティブな想念の雲であって、具体的な形はなかった。けれども、悪魔に取り憑かれた神学者たちが、ヒトの形として焼き込んだ。これによって、悪魔(ルシファー)は、いっそう身近な存在になってしまった(8)

 すなわち、強いエゴが宿った人間が「悪魔」の正体であり(6)、人間の悪想念がルシファーを大きく育てあげたのである(7)

キツネツキは憑依現象

 さて、日本では狐は、畑の鼠等を食べて実りを約束することから、豊穣の守り神として祀られてきた。決して人間が恐れるものではない。ところが、「お狐さん」とは別に「キツネ」がある。「キツネの嫁入り」とか、「キツネ火」という現象は「もののけ」の類である(3)。前述したように、幽霊がそのまま留まると、執着の念が怨念となり、「悪霊」となり、しまいには魔物になってしまう。これが、日本で昔から言われている「キツネ」、「タヌキ」の類である(6)。「こっくりさん」なども「さわってはいけないもの」であるし(10)、キツネに化かされた、というのも「憑依」現象である(3)。現実世界にも色々と干渉するために、「祈り」によって、「死んだこと」を悟ってもらい、早く上の霊界にあがってもらう必要がある存在である(6)。なお、地方に行くと、集落の入り口に神社や鳥居がある。が、これは、悪霊を集落に入れないための防波堤の役目をしている「結界」であり、魔界とのチャンネルを断ち切ってきたのである(6,10)

聖書は魔術を禁じた

 いわゆる「魔術」はこの魔界への扉を開く(10)。こうした「黒魔術」秘儀を知ってしまうと、簡単に国を倒せたり、人を狂わしたりできる(2)。いったん扉が開かれてしまうと、次から次へと魔界から悪想念が押し寄せてくる。そして、この魔界に入り込むと自分だけの力で抜け出すことは至難の業である。このため、イエス・キリストは白魔術であっても、黒魔術であっても「一切の魔術に近づくな」と諭した(10)。聖書も「魔術には絶対に近づいてはならない」と強く禁じた(2,10)

想念は幽界の雛形を通じて現実化する

 人間の想念には、凄まじいほどのエネルギーがある(6)。幽界には、三次元の人間たちの想念を蓄積して、それを再び三次元に顕現させる役割もある(7)

思考の現実化は、この幽界の働きから説明できる。例えば、社是や社歌、スローガンをつくって社員の心にひとつにしようとする企業の取り組みは、社員一人一人の潜在意識に働きかけて、「会社が繁栄するように」という強烈なエネルギーを四次元に送り込む作業である。これによって、四次元では「会社が繁栄する」という「ヒナ型」が作られる。しばらく時間をおいてから、これが実際に、売り上げが上がるという現象として三次元に反映されて顕現化する(6)

 ダンディ・ハリマオ氏は「伊勢白山道」について、最近は金儲けに走り過って、とうとう「魔」に憑かれてしまったが、たまにはいいことも言っていると述べ、次のように引用する。

「私達を取り巻く世界は、大きく別けて神界、霊界、幽界、現実界、地獄界、にわけられる。幽界には、龍神界・天狗界・精霊界・・・・・夢の数だけある。例えば、仏像を作成して沢山の人がその像に、お願い事を祈念すると、仏像を取り巻く幽界が出現する。その幽界に生まれる存在は、お願い事の内容に沿った形態を取る。お願いを祈念する人間のエネルギーが蓄積して、その内容に合った姿を取る。一見するとその像に似た形で霊視されるが、深く観ると異様な姿が現れる。

 よく、思考は現実化すると言われる。これは、個人や集団が発する思念エネルギーが幽界に蓄積して、サポートする霊的存在を生み出し、現実界へ作用するためである。昭和の時代には、大きな事業を展開した人には、龍神の形態を取る幽界の存在が憑いていることが多かった。この龍神は、太古から存在する神界の眷属としての真の龍神ではなく、個人が強く思念することで幽界で形成されたか、呼び寄せた「偽の龍神」である。そこで、個人の事業や夢も、人が強く思念すれば、内容に関わらず実現しやすかった」(6)

人間のエゴによって幽界がパンク状態になった

 すなわち、これまでは、環境汚染を招こうが、社員が過労死しようが、企業としての結果が、それなりに出て、エゴイズムな想念も受け入れられた。けれども、それは、幽界(四次元)にゆとりがあったからであった(6)。だが、あまりにも幽界に悪想念が溜まりすぎたことから、そろそろ大掃除をしようと、まず神の経綸は、幽界での大建て替えを始めた(7)

 こうして、今はエゴが通用しなくなってきた。目の前にある壁にピンポン玉を投げつけるようなもので、エゴだらけの悪い想念を出せば、クイック・レスポンスですぐに跳ね返って自分の顔面にあたってしまう。これが今の企業社会の現状である(6)

 ダンディ・ハリマオ氏は「伊勢白山道」の「幽界消滅について」をさらに引用する。

「けれども、それは、幽界が機能していた時代のことである。今、幽界の次元縮小が始まっている。昭和の時期と比較して、現在は既に幽界は、半分以下になっている。正神のお使いは、個人利のために動くことは絶対にない。幽界が消滅しつつあるため、神意に沿わない個人の願望は、実現しにくい時代に入っている」(6)

 そして、ダンディ・ハリマオ氏はこう述べる。

 五次元以上の高次元で繰り広げられていた神々(魂)たちの戦いは、すでに決着がつき、神がルシファー軍団を完膚なきまで打ち負かしてしまったという。このため、高次元(神界)から、六次元→五次元(霊界)、四次元(幽界)、三次元と、きれいな高い振動数の波動が、ちょうど四次元の幽界をすぎて三次元に伝播しつつあるのが現状である(8)

幽界が消滅しても悪霊たちは波動が高い霊界には生けない

 要するに、幽界領域は、いまどんどんと狭くなっており、最終的には消滅することになる(6,7)。幽界が大掃除されるのであれば、幽界にいた不成仏霊たちは、霊界(五次元)にあがればいい。けれども、幽界よりも霊界のほうが数段高い。高エネルギーで猛烈な勢いで振動する波の渦(霊界)に入れば、波動が低い霊はその高エネルギーの波によって、打ち消されてしまう(7)。すなわち、執着の強い霊や、悪霊たちは、自分の波動が消されてしまうために、波動が高い霊界にはいけない(6,7)。各次元には、それぞれ波長領域があって、自分も、その波長範囲でなければ、その次元に同化できない(7)

幽界の縮小で行き場を失った霊が憑依を始めている

 そして、幽界の魔物、低級霊たちは、振動数が高い綺麗な波動がやって来ることをとっくに自覚して知っている。ネガティブなエネルギーを得ている低次元・地獄層の四次元の最下層が押しつぶされ、消えてなくなってしまえば、悪の源泉も消滅する(8)。「憑依現象」、あるいは「精神感応」という方法によって、これまで「悪の智恵の源泉」からサジェスチョンを受け取ってきたが、それにアクセできなくなってしまうし、悪の親分・ルシファー」の魂も消されてしまう。彼らは、そのことを知っている(5)。幽界の霊には肉体がない。このため、ゆき場を失った幽界の霊が、三次元に「避難」してきている(6,7,8)。幽界(四次元)の消滅に際して、「憑依する側」も自分たちが削除されないように、最期の周期に入って必死なのである(5,6)

 ある特殊な儀式を行ったり、魔の波動を発する音楽を聴くと、頭の中でスイッチが入り、このネガティブな想念が滞留するゾーンと感応する。これがチャネリングで、脳に映像化されて悪魔の形に見える。悪魔界からやってきた悪想念が「すっ」と入ってくる(3)。いわゆる「憑依」である。これを日本では、「魔に取り憑かれる」という(1,3)。「映画のエクソシストも現実で、心霊的に「憑依」されたものである(3)

ネガティブな想念と感応することが憑依現象で今は危険な時代

 ダンディ・ハリマオ氏は、いまは、憑依の危険性がますます高まっている時代だと警告する(10)。その理由は、昔は幽界が比較的綺麗であったが、現代は、あまりにも幽界が汚れすぎ(8)、幽界が三次元のほうに押し出され、はみ出すくらいになってきていること(7)。そして、三次元の人間も、物質的な考え方に傾いているため(7)、霊的な抵抗力がなく(8)、四次元(幽界)の魔物と簡単に感応してしまうからである(7)。悪心が芽生えない人は、魔界とチャネリングすることはないのだが(1)、このエゴを限りなく拡大していったのが米国である(6)。お金儲けをしたい、有名になりたい、テレビで評判になりたい、という現世的な俗な心が発する「邪気」を敏感に嗅ぎつけて、彼らは憑依する(5,10)

 ダンディ・ハリマオ氏によれば、自殺者だけでも年間3万人を超え、行方不明者も含めると10万人が消えているのも、「憑依」が原因であれば(6,8)、かつてないほどに、凶悪事件が連続して起きているのも「憑依」による(8)

 この状態になりやすい人は、一般の人より、もともとは優れた感性や頭脳を持った人が多い。芸術的な才能のある感受性の強い人ほど憑依される。これが、鬱病のひとつの原因である(6)。そして、今の芸術家は「魔界」からインスピレーションを受けているという(8)。また、最近の若い人に表情がなくなっているのも、「死んだ霊」が憑依しているからである(6)。「霊能者」と呼ばれる人たちも「憑依」されている(5)

魂の波動をあげよう

 これまで述べてきたように、ネガティブな想念でパンパンに膨れあがった四次元(幽界)が破裂すれば、これまで死後に、まず予行練習をしてきた四次元がなくなってしまうため、私たちの魂は、いきなり五次元の高い波動の世界に入らなければならなくなる。心が浄化されていて、五次元の霊界にスムーズに入れる魂はごく少ないであろうし、下手をすれば、波動によって消されてしまう。魂の死は、魂の消去を意味する(6)。人間は悟るべくしてせっかく三次元に生まれてきたのに、「抱き憑かれ心中」で自分の魂まで消されてしまったのではたまらないではないか(7)

 そこで、魂の修養を重ねておかなければならない。霊界では肉体がなくなり、魂が丸裸にされる。だから、いくらヨガや宗教にのめりこんでも、嘘偽りままでは、五次元の狭き門はくぐれない(7)。形だけ「祈り」ってみても、心の中が偽りだらけなら、それは地獄への道である(6)

一人で悟るしかない

 「人間万事塞翁が馬」という素晴らしいことわざがある。あさはかな人智に頼らず、ひたすら上を見て愚直に努力する。こういう人は、うまく天の波に乗っていける人である。ダンディ・ハリマオ氏の周囲にも、一人だけだが、そういう不思議な人がいるという(5)

しょせん、人間は独りで生まれ、独りで死んでいく存在である。野に咲く孤高の白ゆりを見て、気高さを知ったり、流れ行く雲を見て、輪廻を思ったり、自分で「悟る」以外にない(5)。孤独な作業だが、自分で「悟る」以外に魂の波動を高くする方法はない(7)。そして、私たちがミソギを済ませて、自我意識が抑えられれば、魂は昇華するであろう(8)


【引用文献】

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2015年09月16日

第47講 松果体を守れ

 カレイドスコープという反グローバリズムの硬派のサイトがある。ところが、意外なことに、スピリチュアリズムや臨死体験、魂についても言及している。著者のダンディ・ハリマオ氏の見解によれば、反グローバリズムと魂の議論は深いところで一致する。そこで、カレイドスコープの関連するトピックを再編集してみた。

米国の食品医薬品局はモンサントに乗っ取られている

 現在、モンサント一社が、米国の大豆の約95%、トウモロコシの80%を生産している。もはや、モンサント社の遺伝子組換え作物なくしては、米国の食は成り立たないところまで来ている。

 米国で最初に市場に出回った遺伝子組換え食品のひとつは、モンサント社のrBGH(Bovine 成長ホルモン)を用いて育成された牛だった。この牛は、発癌性のホルモンIGF-1が入った牛乳を出す。EUやカナダは、rBGHを禁止したし、国連もrBGHは安全だと認めず、米国会計検査院も「rBGHは承認されるべきではない」と勧告した。けれども、食料行政を司る連邦食品医薬品局(FDA)は、1993年にモンサントのrBGHを承認している。

 危険であるにも関わらず、そうした食品が許可されるのは、FDAが、グローバル・エリート、モンサントに乗っ取られ、モンサントに「雇われている」人たちによって、食料、医薬品、農業の各分野の関連法案が可決されているからに他ならない(1)

水道水に入れられるフッ化物は発癌性で子どもの知能を低くする

 2002年の米国疾病予防管理センター(CDC)の統計によれば、米国の水道水の60%には、虫歯予防のためと称してフッ素化合物が入っている。けれども、予防にはならないという研究もある。それどころか、フッ化物は骨を脆くする発ガン性の物質で、脳機能にも深刻な影響を与え、フッ化物にさらされた子どもの知能指数が低くなることは、以前の政府の疫学的研究からも確認されている(1)

人工甘味料アスパルテームは発癌性で精神障害も引き起こす

 喫茶店やレストラン等におかれているアスパルテーム―砂糖の隣に「カロリー1/10」とか、カロリーゼロと書かれている―は、世界120カ国で認可され、世界で最も普及している人工甘味料である。日本でも1983年に厚生省が食品添加物として認可し、ダイエット飲料・チューイングガム等約600品目に使用されている。チューイングガムでは、アスパルテームが入っていないガムを探す方が難しい。

 けれども、アフパルテームは、当初、動物に発作や脳障害ができたとの研究結果を受けてFDAが販売を禁じた物質である。後に情報公開されたFDAの検査報告書には、アスパルテームを摂取し続けていると、「失明したり死亡したりすることがある」と記されている。

 また、アスパルテームを研究する医師や研究者によれば、頭痛、記憶喪失、強迫観念、視野喪失、昏睡、癌の原因となるだけでなく、線維筋痛症、糖尿病、アルツハイマー病、慢性疲労、憂病等をさらに悪化させるか、似たような症状を引き起こすという(1)

 にもかかわらず、いまでは、世界の70以上の公的機関が安全だとしているのは、アスパルテームを販売したい企業サール(Searle)が、1977年にドナルド・ラムズフェルド前国防長官を最高経営責任者CEOに任命し、このラムズフェルドが裏から手をまわしてFDA局長を更迭。意のままになるヘイズを長官に据えてて、アスパルテームの販売を承認させたからである。

 その後、アスパルテームを許可するために虚偽の試験結果を提出したFDA局長、研究員、弁護士らはFDAを辞めてサール社に就職した。アスパルテームは、カネで買収された全米食餌療法協会、アメリカ糖尿病協会、アメリカ医学協会でも推進されるようになったが、その買収を指揮したのもラムズフェルドであった。G.D.サール社は、1985年に、モンサントによって買収されるが、この買収劇でラムズフェルドは、少なくとも1200万ドルの個人資産を作ったと言われる(1)

グローバリストたちは松果体の破壊を目指している

 いま、WHOを始めとして、国際機関のいくつかが、人口削減の必要性を堂々と主張している。環境問題への懸念から、人口爆発を回避するために「人減らし」が主張されている。けれども、人口削減は、世界支配層の本当の目的を隠すためのカモフラージュであって(3)、認可してはならない危険なものを市場に流通させているグローバル・エリートたちの最終目的は「人の脳を破壊する」ことにあるといえる(1,3)。

 例えば、アスパルテームには、結合していないメチルアルコールを解放する性質を持つ。この結果として起こる慢性メタノール中毒は、脳のドーパミン系に異常を引き起こす(1)

 イギリスのサリー大学のジェニファー・ルーク博士の緻密な研究から、フッ化物が最初に体内で蓄積するのが松果体であることが判明した。松果体は軟組織だが、硬組織も含まれ、そこには歯や骨他の硬組織よりも多くのフッ化物(最大2万1000ppm)が蓄積されるのである。そして、その副作用として松果腺の石灰化が起きる(1)

松果体は、ヨガのチャクラ、神に通じる「第三の眼」としてスピリチュアリズムが重視してきた

 さて、第33講「右脳と未来予知(2)」で、「松果体」について書いた。松果体とは、脳幹等の古い脳とより密接に関係し、扁桃体が形成される以前から存在する古い器官、約8mmの赤灰色の内分泌器官で(2)、思春期に見られがちな攻撃的な態度を抑制するメラトニンを生成する。このメラトニンは、人間の正常な活動に、もっとも必要かつ重要なホルモンでメラトニン量が狂ってしまうと体内の内分泌系や免疫系等の組織が正常な活動ができなくなり、ADHDや鬱病等の精神疾患になりやすいという(1)

 松果体は、超心理学の分野でも研究が進められているが、その本当の機能がほとんどわかっていない謎の器官である(1,3)。ヨガでは、アジナ・チャクラ、仏教では、釈迦の額にある白毫(びゃくこう)として知られ、古代エジプトでは、精神の覚醒の象徴のシンボリズムとして使われていた(3)。「古代の神聖な目」で、「サイクロプスの三番目の目」に相当し(1)、「万物を見通す目」のデザインもこの松果体の形を表している(3)。精神的な「悟り、啓蒙、霊性」で重要な役割を果たし、松果体の機能が発揮されると、宇宙意識とつながるとスピリチュアルなカルチャーの多くは考えている(1,3)。デカルトも、松果体のことを「人間の霊が住まう家」だと語っていた(1)

松果体はジメチルトリプタミンの働きで神秘体験を起こす

 これには、科学的な根拠がないわけではない。例えば、生死に関わる危機にさらされると、松果体からは幻覚物質「ジメチルトリプタミン(DMT)」が放出される。これは、危機や死に対する恐怖を和らげるためではない。松果体で生成される幻覚物質やホルモンは、神経細胞であるニューロンの感受性や反応に影響を与える。そして、例えば、電磁波のように普段は認知できない外界刺激を感知できる可能性もある。すなわち、日常的にはフィルターがかかった情報を認識し、危機に対処するための過去の記憶を呼び起こし、危機に対する突破口を切り開くためなのである(2)

33Rick Strassman.jpg ニューメキシコ大学の精神医学者リック・ストラスマン(Rick Strassman, 1952年〜)教授は、宗教的な神秘体験や臨死体験は松果体で生産されるDMTが関係すると考えている(2)。また、松果体の隠された能力を量子論で説明しようとしている専門家たちもいる(3)

霊性と魂が目覚める時代に対して松果体を破壊するのがグローバルエリートの目的

 さて、まもなく、天体の配置の大きな変化で、私たちの体を突き抜ける宇宙線にも大きな質的変化が起こる。このことをグローバル・エリートたちは、星占術を通じて知っている。そして、松果体は、電磁波、とりわけ、地磁気に敏感に反応する(1)。このため、人類が本当の霊性の時代が訪れる条件が整いつつある。これに対して、グローバル・エリートたち、世界支配層の多国籍企業は、いつまでも人類が目覚めないようにしておきたい。そのため、携帯電話等の電磁波、食品添加剤、農薬、遺伝子組換え食品、大量の精神薬の投与、放射能、水道水フッ化物、人口甘味料アスパルテーム等を用いて必死で、霊性が宿っている松果体を機能不全にしておきたいのである(1,3)

自分の頭で考えて、人を愛することが松果体を健全に保つ

 いま、人間が変になっているのも松果体が汚されてしまったからでああろう。脳を破壊された人は「魂」が死ぬ。それは、「霊性」が濁らされてしまうことを意味している(3)

 自分で考え分析し、推理し、決断する。そうした人生を歩むことは、松果体を活性化することに役立つ。そして、より大切なことは、真の愛情を持てる人になることである。これがもっとも松果体を健全に保つ方法なのである(3)

【引用文献】

(1) 2010年10月6日「グローバリストが人類の脳を破壊しようとする理由」カレイドスコープ

ストラスマン教授の画像はこのサイトから
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2015年09月07日

第46講 人生の目的を探る(11) ダスカロスの内省・瞑想・祈り論

人生で最も大切なことは魂を高めること

 いま、私たちを取り巻く世界はますます複雑化して混乱している。数えきれないほどの誘惑も存在する(5)。目覚めたくてモガイている人が1割、寝ぼけている人が3割、眠っている人が6割というのが、この世の実情であろう。麗しい絶世の美女も、逞しくスーツに身を包んだイケメンでも眠っている(8)

 けれども、私たちは強い信念を持って、絶え間なく精進しなくてはならない。外見上の生き方は大きく変化したとしても、人生の目的は何ひとつ変わっていないからである。ダスカロスによれば、私たちの人生では最も大切な仕事は真理の探究である(5)

 それは、三つの身体からなる現在のパーソナリティーは、「乗り物」のようなものだからである(5)。ダスカロスによれば、「人間の現在のパーソナリティーは、物質的な身体である肉体と、物質世界よりも遙かに『精妙』な物質から作られる4次元体・サイキック体(感情体)と、これよりもさらに『精妙』な物質で作られている5次元体・ノエティカル体(知性の体)からなる(13)。そこで、永遠のパーソナリティーを培うことの報いは、肉体がなくなった以降も継続される。このため、苦労が多ければ多いほど、成果は得られると主張する(5)

人間の思考や行動の80%は利己的な潜在欲望に流されている

 ダスカロスは言う。

「私たちの思考や行動の80%は潜在的な願望や欲望から発している。けれども、その根源をめったに意識しない。そして、知らず知らずに願望や欲望の命ずるまま多くを経験し、人生を楽しんだり、苦しんだりしている。こうした願望や欲望は、エレメンタルの群れである。私たちはエレメンタルの欲望を満たすために行動し、そうすることでそのエレメンタルにエーテル・バイタリティーを供給し続けているのである」(2)

 ダスカロスが言う「エレメンタル」とは、人間が日々創り出している、想念(や言霊、生き霊)のことである(1)

「ただし、全般的に見ると、エレメンタルの多くは自己中心的な目的のために使われている。私たちが直面する問題のほとんどは、私たちが悪いエレメンタルをつくり、エネルギーを与え続けていることが原因である。ただ利己的な欲望や自分勝手な感情で暴走すると、潜在意識は最悪の敵となる」(2)

マスターたちの潜在意識は愛や慈悲が多い

 ダスカロスはマスターたちは違うと指摘する。

「マスターと呼ばれるような人であっても、潜在意識は持っている。ただ、マスターたちの自己意識に対する潜在意識の割合は私たちよりかなり少なく、さらに彼らの潜在意識には、愛や慈悲という性質が多く見られる。もし、平均的な人間の潜在意識を荒れたジャングルにたとえるなら、マスターたちのそれは、穏やかな草原のようなものだ」(2)

欲望と感情を理性のコントロールの下におく

 ダスカロスは言う。

「そこで、潜在意識に聖霊の智恵を表現させれば、それは最良の友となる」。

 ダスカロスがまず薦めるのは、自分の身体の状態をまず良好に保ち、次に、サイキック体(感情体)とノエティカル体(思考の体)との健全な交流を図ることである(5)

 感情と欲望を節制や理性といった智恵の下において、現在のパーソナリティーと永遠のパーソナリティーを調和させる努力が大切なのである(5)。現在のパーソナリティーが、愛・理性・正しい思考によって支配されるように、努力しなくてはいけない(2)。では、具体的にはどうするのか。ダスカロスが提唱するテクニックは以下のとおりである。

永遠のパーソナリティーと調和するためのテクニック

観察 緊張せずに意識を集中する。詳細に観察する能力と、観察したものを詳細に思い出す能力が育まれなければ、聖なる計画に気づくことができない。観察は、聖なる本質のひとつの現われである(5)

集中 創造的思考やヒーリングを行なうために、最も重要な要素のひとつが集中である。自分が選んだ選んだテーマや対象物に全思考を集中させることを学ぼう。拡大鏡で焦点を合わせるように集中すれば、外的な力の影響を受けずに、現在のパーソナリティーを一時的に脇に置いて対象物に同化できる(5)

 毎日の生活の中で、意識を集中する訓練をすれば、人生のいろいろなことに気づくようになる。最初は毎日、15分間練習をする。散歩をして、蟻や花、音、声等、周囲のすべてのことに気づくようにする。すべてを意識し、すべてを感じる。最初はすべてに注意を払うことに慣れていないので疲れる。けれども、この練習を始めると、15分が一日の中で一番完全に集中して生きていることを学ぶことになる(1)

 通常起きている思われている状態が、実際には半分ぐらい催眠術にかかっている状態であることを発見する。そして、この15分間、世界への意識が10倍に広がることを発見する。普通は、物質界から受ける印象のほんの一部しか覚えていない。だから、サイキック界に行ったとしても、その体験をどのぐらいを持って帰ることだろうか。つまり、まずは物質世界で練習をして、それからサイキックな次元で練習するのがいい(1)。

視覚化(ヴィジュアライゼーション) 注意深く観察したり、完全に集中するように努めることは、正しい視覚化の能力を身につけるための基本である。視覚化が苦手だと考えている人もいるが、実際には誰もが得ㇾメンタルを作り出す際に、潜在意識において視覚化を行なっている。これこそが、私たちが世界を創造している方法なのである。私たちの世界において、思考ほどパワフルなものはない。視覚化とは、意識の拡張と、救済を求める人々のために建設的な方法で思考を活用していくプロセスのことなのである(5)

内省〜潜在意識を浄化するプロセス 現在のパーソナリティーは、良かれ悪しかれ、念入りに作られている。この非常に狭い現在のパーソナリティーという部屋から連れ出し、隠されていた潜在意識のベールをはがし(2)、パーソナリティーと潜在意識を意図的に作り直して、感情と思考の原因をたどる内的探究が内省である(5)

「日々の内省は毎晩、眠りにつく前の、潜在意識に入りやすいタイミングで行う。ベッドに座ってもいいし、眠ってしまわなければ、横になって行ってもかまわない。完全にリラックスして、4:4のパターンド・ブリージング行う」(2)

 この内省によって、これまで気づかなかった行動の理由や本当の動機がよりはっきりと見えてくる。それは、潜在意識を浄化するプロセスである。この浄化プロセスを通じて、私たちは自分自身をより深く理解できるようになり、同時に、自分の想念、感覚、欲望、行動を以前よりもはるかにコントロールできるようになっていく(5)

「永遠のパーソナリティー」は、「守護大天使」からのサポートを受けて、常にあなたを導き、呼び覚まそうとしている(5)。このため、この内省を重ねることで、私たちの小さなパーソナリティーは、永遠のパーソナリティーの智恵ある庇護下に入っていく(2)

 新約聖書、ヘブライ人への手紙9章14節に「わたしたちの良心を死んだ業から清めて」とあるように、エゴにふり回される行動から自分を自由にしようと決断することで、魂の智恵と慈しみの声に導かれていく(5)。とはいえ、エゴイズムは巧妙でずる賢く「光の天使」になりすまして近づいて来る(新約・コリント2-11-14)。このエゴイズムによって努力が無駄にされることないよう充分に気をつける必要がある(2)

瞑想〜聖なる計画での自分の役目を見出す 日々の内省は、現在のパーソナリティーを高め、聖なる計画での自分の役割を見つけ出すための、最も安全かつ確実な方法である(2)。より深い内省ができるようになれば瞑想の世界に達する。現在のパーソナリティーの世界を超えて、広大無限なマインドの世界に入り、普遍性や永遠性とひとつになっていく(5)

内省と瞑想で浄化した空間を健全なエレメンタルで満たす

 エレメンタルは、パーソナリティーの中で互いに微妙なバランスを保っている。このため、現在のパーソナリティーからエレメンタルを取り除いて非活性化する時には、空いた空間を健全なエレメンタルで満たすことを忘れてはならない。また、どのようなエレメンタルを再構築するのであれ、それは、ゆっくりと、確実に進めなくてはいけない。これが、たゆまぬ霊的前進に時間がかかる理由なのである。

 内省や瞑想を行うことで、潜在意識が浄化されるだけでなく、同時に、私たちの聖なるパーソナリティーを通してロゴスと聖霊が表現される一定の空間、ロゴスと聖霊にふさわしい住まいの場が得られる。(2)

地に平和をもたらすには祈ればよい

 この世界には、あまりにも多くの痛み、悲しみ、争いがあふれている。多くの人たち、とりわけ、スピリチュアルな意識に目覚めた人たちは、こうした他者の苦しみを癒し、助け、た世の中のために貢献したいと願っている。けれども、具体的にどうしたらいいのかがわからずに悩んだり、「攻撃的な批判」を通じて世の中を変えようとしている人たちもいる(6)

 ダスカロスは、私たち普通の人でも世界平和へ貢献できる日々の実践法を「エクササイズ25」でこう書き残している(6)。

「毎日午後9時に、座ってあなたの思考をきれいにしましょう。そして、心を無条件の愛で満たします。もし、あなたがキリスト教徒なら「主の祈り」を唱え、他の信仰をお持ちなら、自分なりの祈りを唱えてください。

 世界の老若男女、すべての人々の心が平和の気持ちで満たされているところを視覚化しましょう。数分間静かに座って、それから次の短い祈りを、心の中で、あるいは声に出して唱えます。

地球に平和がもたらされますように、皆に善意がなされますように。御心が行なわれますように、天におけるように地の上にも」

 このところをTeru Sun氏はこう言いかえている。

「私たちの星、地球に平和が来ますように。みんなが親切な気持ちになれますように。そして、天上のように地上でもみんなが人に良いことをしてあげられますように」

 時差のことは気にしないで、一人ひとりが現地時間の午後9時に祈り始めましょう。愛と平和に満ちた、祝福されたエレメンタルをつくってください。こうした聖なるエレメンタルによって地球上のあらゆる地域をエーテル・バイタリティーで満たし続けることは貴重な奉仕となります」『エソテリック・プラクティス(p164)』(6)。

祈りは癒しに役立つ

 信仰とは受身になることではなく、心を清め精神を浄化すべく、積極的に努力することである(5)。そして、最近は、祈りの力が実際に癒しに役立つとして、関心を持たれるようになっている。科学者や医師たちも、集中的に愛と癒しに思いを向ける「祈り」が治癒プロセスに効果があることを認め始めている。

 集団で行なう祈りが、一定人口に対してプラスの変化を与える事実も最近わかってきている。一定人口の1%が集まって同時に祈ることで、残りの99%の人々の行動に明らかな変化があったことが科学的な実験で証明されている。これはまさに正しい思考の力、愛の力のなせるわざといえよう(6)

最も大切なものは愛

 普遍かつ永遠の世界において、愛よりも偉大なものは何もない。新約聖書、ヨハネの手紙1-4章18節に「愛にはおそれがない。完全な愛はおそれを締め出します」とあるのはこのことで、絶対存在の愛はまさに宇宙の中心で、すべての創造の源なのである。そして、私たちの源も同じ愛にあり、私たちの心に宿るのも同じ愛なのである(5)

【引用文献】

(1) 2007年7月15日「ストロヴォロスの賢者と呼ばれたヒーラー」スピリチュアルラボ
(2) 2007年8月18日「スピリチュアル・ライフを実践する方法(内省と瞑想法)」スピリチュアルラボ
(6) 2007年10月13 日「平和を願う人のためのスピリチュアルな実践法」スピリチュアルラボ
(8) 2008年7月12日「幻のスピリチュアル本 奇跡を起こすのは…」スピリチュアルラボ
(13) 2008年10月31日「ダスカロスの人間論1」スピリチュアルラボ

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2015年09月04日

第45講 人生の目的を探る(10) ペテンのダスカロス本

 「TeruSun」氏のブログ、「スピリチュアルラボ: 今を精一杯に生きること」が非常に参考になるのは、ペテンにだまされないように注意してくれているからである。そこで、自分の反省も含めて、これを再編集してみた。

神智学運動に誘われたが、これを蹴ったダスカロス

 ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー(Helena Petrovna Blavatsky, 1831〜1891年)の神智学用語とダスカロスの使用用語は似ている。ブラヴァツキーが「エレメンタリー」と表現するものと、ダスカロスが「エレメンタル」と表現するものとは同じものを指している。そして、死後の世界観も似ている。けれども、混同してしまうのは頂けない。ブラヴァツキーのオカルト体系の師はイギリスで師事したマックス・テオンだとされている。ブラヴァツキーの「神智学」とテオンが主宰した「ルクソールのヘルメス同胞団(The Hermetic Brotherhood Of Luxor)」の「宇宙哲学」や紋章は類似している(11)

 神智学者たちは、ダスカロスが30歳の時、1942年に同志として引き込もうとした。けれども、当時の神智学協会には、優れた霊的能力を持った人物がいなかった。学者ではキリストを視ることができない。ダスカロスは、神智学者たちがキリストを視れないことに失望し、神智学運動(Theosophical movement)への興味を失った(11)。要するに、ダスカロスは、神智学協会とは何の関係もないし彼自身も神智学協会に全くといって関係していない(20)

 ブラヴァツキーとルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861〜1925年)も異なる道を歩んだし、神智学協会とダスカロスが遺した教えを探究するサークルも別物である(11)

ホワイトブラザーズとは無関係のダスカロス

 ダスカロスは、チャネリングを否定していない。ダスカロス自身が、聖ヨハネの霊媒で(12)、宿命的なガイド(守護霊・産土神)が聖ヨハネであったからこそ、ダスカロスの驚異的なヒーリングも行いえた(10)

 けれども、ダスカロスは、「アセンデッド・マスターズ」という概念を作り出したカルト集団、ホワイト・ブラザーフッド[白色同胞団]やニューエイジ・ムーヴメントのチャネリングとは何の関係もない(20,21)。逆にチャネリングや降霊ついては全面的に注意を与えていた(20)

マルキデス教授のシリーズは作り話

 45Markides.jpgこうしたカルト集団は危険なのだが、「ホワイト・ブラザーフッド」と「ダスカロス」とを著作「メッセンジャー」でつなげたのは、米国メイン大学社会学のキリアコス・マルキデス(Kyriacos C. Markides)教授である。そこで、マルキデス氏には問題があるし、このことでダスカロスは、マルキデス教授と決別をしたのではないだろうか(21)

 また、マルキデス教授の書いた『メッセンジャー・永遠の炎』では、ダスカロスが話した言葉として「預言がない」と語られている(12,24)。けれども、日本では預言者(巫女)が何年も前に預言したことが現実化した事例がかなりある。ダスカロスが大切にしていた聖書の教えも、数々の預言者の預言が述べられている書物である。ダスカロスはイエスの教えを大切にしていたのだから、預言者イエスを大切にしているはずである(12)。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの源泉になっている「旧約聖書」は預言者によって成り立っているので、ダスカロスがそのようなことを言うはずがない(24)

 TeruSun氏はマルキデス博士が書いた「メッセンジャー」シリーズの事実関係を見極めるため、様々な視点でマルキデス博士や彼と親しい真理の探究者の一人であったコスタス氏(キキス・クリストフィデス氏(Kikis Christofides))のことを調べてみた。その結果、ルポとして書かれた「メッセンジャー」の内容は、マルキデス教授によるフィクションが混入された疑惑本で、英米独での出版差し止め措置がされたことが妥当であることがわかった(26)

インテリほどペテンにだまされる

 このことから、TeruSun氏は「したがって、メッセンジャーの2巻、3巻を全面的に褒める方がいたら少し距離をおくことを薦めたい。なぜなら、虚構と現実の精査弁別ができていない人だからだ。日本にはこのタイプの方が、とりわけ、インテリに多い。知的な人間ほど騙されやすいのである」と警鐘する。

45kikis christofides.jpg ただ、キキス・クリストフィデス氏がダスカロスの下で20年以上も教えを受けたことは真実である。そして、クリストフィデス氏の独り立ちを師であるダスカロスも喜んでいた。けれどもマルキデス教授が用意した「エレヴナ(Erevna)」と呼ばれているサークルの導師として独り立ちしてからは、師ダスカロスと完全に決別する。

「ピラミットは重力を自由に制御できる聖者達が、巨石を宙に浮かせ積み上げた建造物である」といったことを話す覚醒者のもとで「キリストのヨーガ」を語るような人を信奉する人たちも、クリストフィデス氏のサークルとつながりがある。「エレヴナ」は、ある意味、神智学協会と同じようなイメージかもしれない(26)

ダスカロスはキプロス正教会から中傷されていた

 キプロス正教会とは違う道を歩んできたため、正教会からの中傷は頻繁に起こっていた(24)。ダスカロスは、キプロス正教会の教父たちから中傷されても、微笑んで「彼らは善い人たちであって、悪意はない」と言っていたが(25)、最後までキプロス正教会とは一線をひいていた。伝統宗教のなかに「真理は見い出しづらい」と感じていたのかもしれない(26)。正教会側もやっとのことで埋葬地の許可が下りたほど生前も死後もダスカロスを拒んでいた(24)

 逆にキキス・クリストフィデス氏は正教会を重要視している。そして、マルキデス教授とクリストフィデス氏は年齢も近く親しい仲だった。そこで、マルキデス教授は、その創作の源泉をクリストフィデス氏にも密かに求めたのかもしれない(24)。そして、マルキデス教授は「メッセンジャー」シリーズ2、3巻を書き上げる(26)

 マルキデス教授もキプロスでは有名人となっており、クリストフィデス氏とともに既に違う道を歩んでおり、元の師であるダスカロスの名前を出すことすら嫌悪するらしい(26)

ダスカロスは創作に懸念して自著を5冊も書いた?

 取材を承諾したのは過去世の縁だといわれるが、出版されたものをダスカロスが読んだ時「馬鹿な… 私はこんなことを言ったことはない…」と愕然と共に残念な気持ちになったのではあるまいか。あのまま何も遺さなかったら創作が一人歩きし「聖書」のようなものになってしまったと恐れ、その後に自著を5冊遺したのも、マルキデス教授の創作をできるだけ避けることを目的としているのであろう(24)

 ダスカロスが伝えた「エソテリック・ティーチング」とは、恐らく彼自身の魂(SPIRIT)〈意識〉の集大成を書き残したのであろう。トルストイの『人生論』『人はなんで生きるか』に近いかもしれない。そこで、浮き足立った理論は書かれていない。人は、どう生きたら良いのか。ダスカロスも真理の探究者の一人であった(12)

ダスカロスは「ワンネス」という単語を使っていない

 英語版の「Esoteric Teachings」では「ワンネス」という単語は使われていない。けれども、邦訳版『エソテリック・ティーチング』では「第3章 聖霊」で「ワンネス」という単語が使われている(18)

 では、なぜ「ワンネス」が危険なのか。「ワンネス」という単語を使い「ワンネスこそ悟り」「ワンネス、苦からの解放が悟り」「この世は幻想の世界、この世に意味はない」とする教義を持つ、インド系のニューエイジ団体の日本人代表者の著書等が存在することに一抹の不安を感じるからである(18)。彼らは、インド人マスター、カルキ・バガヴァンを聖者と仰ぎ、その運動を「ゴールデンエイジ・ムーブメント」と称している(18,28)

 ブラヴァツキーやシュタイナーの近代神智学運動もインドやヒマラヤ、チベットと結びつき迷妄(ニューエイジ)を産み出した。神智学協会に見い出された「東方の星の会(Order of the Star in the East)」元教祖クリシュナムルティは、教団を解散し、近代神智学、マイトレーヤ到来説等を否定して歩き回った(18)

 日本人は何でも混ぜこぜが「最高!」だと思うような軽いアタマの人たちが多いかもしれないが、シャーマニズムのネイティブ・アメリカンですら、それらニューエイジ的霊性融合こそ俗悪なものだとしている(18)

スピリチュアル詐欺にあわないために本物を知ろう

 国内外ではニューエイジ、スピリチュアル(ワンネス、アセンション、自己啓発、真我)の詐欺が横行している。スピリチュアル詐欺に遭わないためにも「本物」を一人知るだけでも防御になる。スピリチュアルとは世界を広く見つめ、視野狭窄に陥ることを防ぎ、人生にスピリチュアルな視点を取り入れて精一杯生きることなのである(28)

【引用文献】
(10) 2008年8月30日「《20世紀最高のヒーラー》の悲劇」スピリチュアルラボ
(11)2008年10月2日「ダスカロスがみた神智学」スピリチュアルラボ
(12) 2008年10月18日「【重要】〈ダスカロス〉は学ぶものではない」スピリチュアルラボ
(18)2008年11月4日「「ワンネス」には注意!」スピリチュアルラボ
(20)2008年11月16日 「ダスカロスの名誉のために」スピリチュアルラボ
(21) 2008年12月10日「〈ホワイト・ブラザーフッド〉と〈ダスカロス〉」スピリチュアルラボ
(24)2009年2月10日「〈ダスカロス〉と〈コスタス〉」スピリチュアルラボ
(25)2009年7月14日「ダスカロス〈批判中傷された時の態度〉」スピリチュアルラボ
(26)2009年7月15 日「ダスカロスとコスタス、マルキデスの関係まとめ」スピリチュアルラボ
(28)2011年7月16日「20世紀最後の〈霊的賢人〉」スピリチュアルラボ

マルキデス教授の画像はこのサイトから
キキス氏の画像はこのサイトから

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2015年09月03日

第44講 人生の目的を探る(9) ダスカロスの輪廻転生論

 ダスカロスの輪廻転生観について「TeruSun」氏がブログ、「スピリチュアルラボ: 今を精一杯に生きること」で優れた記事を書いているので、これを再編集してみた。

ダスカロスとは何者か

38daskalos.jpg「ダスカロス」とは、ギリシャ語で「先生」という意味の一般名詞で(10,13)、本名はスティリアノス・アテシュリス(Stylianos Atteshlis, 1912〜1995年)である(10,22)。ダスカロスは、驚異的なヒーリングを無償で行い、他者への愛にその生涯を捧げた超一級の霊覚者・ヒーラーであった(10,13)

 新聞記者の目の前で半身不随の子どもを一瞬で歩けるようにしたヒーリングによってダスカロスは一般に知られるようになった(28)。そして、こうしたヒーリング実例は、実際にキプロス地元紙でも掲載された(22)。このため、母国では大統領(キプロス正教大主教)、ギリシャ王室、欧州の要人から庶民までも電話を入れたり会いに行ったりと、超有名人となった(28)

 だが、霊性の高い人ほど、自らを宣伝しない(22)。有名になることのマイナス面を知り抜いていたことから、名声を嫌い、脚光を浴びる危険性を避け、その活動自体を広く知られることがないようにいつも心配りをしていた(10,13)

 米国メイン大学社会学のキリアコス・マルキデス教授が著作で紹介するまでは世界的に有名な人物ではなかったし(3)、マルキデス教授の取材願いに対してもこう語ったという。

「スピリチュアルな道をゆく者にとって名声とは罠なんだ。私の名前は知られない方がいいんだ」(22)

 ダスカロスは、イギリス皇室からの勲章も拒否したが、それでも、1995年に死去するまで彼の居を訪れる者は後を絶たなかったという(22)。とはいえ、日本では、クリシュナムルティ、ラマナ・マハルシ等に比べ(28)、まださほど知られていない(10,13,22,28)

前世記憶と驚異的な語学力

 ダスカロスは、「神童」で7歳の頃から、小学校の校長に頼まれて霊的な講義をしていた(28)。ほとんどすべての前世を覚えており(2,9)、イエス・キリストの時代やエジプト時代のことを昨日のことのように普通に話していた(9)

 過去世の記憶から、現代ギリシャ語、古代ギリシャ語、トルコ語、ラテン語、ロシア語、英語、フランス語、イタリア語、サンスクリット語、アラム語、そして、古代エジプトの象形文字など数多くの言語に通じ(2,9,10,13)、一般に知られてはならない教えはサンスクリットで書き残していた(13)。そして、過去世からの記憶から得た膨大な知識を使って、イギリスに留学した際には、哲学博士、神学博士、心理学修士の学位も取得している(2,9,13)

安っぽいスピリチュアリズムを超える一級の教え

 ダスカロスは、体外離脱、身近な予知、遠隔視、霊的ヒーリング、目に見えない存在との対話等、ほとんど何でもできた(28)。このため「悪魔のような力を持つ男」と呼び忌み嫌った者もいた(2,22)

 けれども、上述した経歴を見ればわかるように、その霊的能力以上に、その知識も並大抵ではなかった。イスラエル哲学、キリスト教神学、ユダヤ教神学、キリスト教神秘思想、ユダヤ教神秘思想、グノーシス、キリスト教史、ユダヤ教史、ヘルメス・トリスメギストス(ヘルメス文書)、ナグ・ハマディ文書等の知識がなければ、その著作は訳せない。すなわち、ダスカロスの精神世界論、宇宙論は、そんじょそこらの安っぽいニューエイジ系やスピ系では手に負えない宗教学者レベルであった(10)

とはいえ、ダスカロスは、「私(神、大日如来、アッラー、天照大神、ヤハウェ)とは何か」「この世とは何か」「あの世とは何か」「あなたとはなにか」、「私たちがしなければならないことは何か」をわかりやすく説く(8)。その英知をもって霊的な真理を教え続けた真の霊的教師だった(2,22)

驚異的なヒーリング

 ダスカロスの教えや霊的理論「エソテリック・ティーチング」は、他の霊的教師たちとは「一線を画している」というほかない(22)。もちろん、こうした理論を知識としてだけ語るだけの神秘家は掃いて捨てるほどいる(13)。けれども、ダスカロスが、それ以外の神秘家と異なるのは、実際にエーテル体(四次元体)の手を瞑想の力で作り出し、医者に見離された重症の脊椎損傷患者の背中の中にエーテル体の手を差し込み、完璧なまでに患者の治癒を行なった等の多くの実績を持っていることにある(13,22)。すなわち、ダスカロスは霊能者であると同時に、ヒーラーとしても「ヒーラーのなかのヒーラー」といわれ世界一流であった(9)。報酬を一切受け取らず、ただ、ひたすらに人々を癒すためだけに無条件の愛を示し続けたヒーラーだった(2,22)。立つことすらできなかった小児マヒの子どもを歩かせたり、再起不能なまでに変形した背骨を再生する等、医学で治療できない難病の奇跡のようなヒーリングを行った(2)。著書『光の手』でニューエイジでは著名なバーバラ・アン・ブレナンにヒーリングを教えたのは(3)、イギリスの有名なスピリチュアル・ヒーラー、ハリー・エドワーズだが(1,3)、彼にスピリチュアル・ヒーリングを教えたのはダスカロスだった(1,3,6,22)。ダスカロスが亡くなるまで秘密とされていたが(3)、1954年4月1日に、ダスカロスのインナー・サークルのイニシエーション(通過儀礼)を受けるために訪れている(1)

 世界各地に霊的教師を自称する人物は数多く存在する。とはいえ、ダスカロス程の人は、ほとんどいない(22)。そして、ダスカロスが推薦される最たる理由は、その高い「霊性」である。この霊性の高さがあればこそ、エーテル体の手を瞑想の力で作りだすことができた。高い「人格」が伴わらなければ、ただの魔術師・呪術師になってしまう(25)

人間の身体は三次元(肉体)、四次元(感情)、五次元(知性)からなる

 ヨガや神智学の身体論に類似するが、ダスカロスは「人間は物質的な身体である肉体と、物質世界よりも遙かに『精妙』な物質から作られる4次元体・サイキック体(感情体)と、これよりもさらに『精妙』な物質で作られている5次元体・ノエティカル体(知性の体)からなると主張する(13)

「死と再生」のメカニズムは5ステップからなる

 物質界で経験する事柄やその人格を構成する内容は、「一時的パーソナリティ(Present-day Personality)」の部分に書き込まれている。しかし、物質界(三次元世界)での「肉体の死」とともに「永遠のパーソナリティ(Permanent Personality)」の部分にある「永遠の原子(Permanent Atom )」に書き込まれ、次の存在形態である四次元の身体(感情体)や五次元の身体(知性体)に引き継がれていく(14)

感情体では感情面での学びを行う

 このため肉体が死んだ後も「思い出す」ことが可能である。四次元世界では、物質世界で体験した内容、とりわけ、感情面で起きた内容を整理して、トラウマを解消することが学ばれる。

 物質界の人生で利己的に生きたり、悪行を行った人ほど、サイキック界に長く滞在することが求められる。そして、各人に必要な滞在期間を過ごすとサイキックの体は溶解する。これは「第二の死」と呼ばれ、サイキック体を構成していた物質は宇宙に還元される(15)

知性体では無知についての学びを行う

 サイキック界で体験したことも「永遠の原子」に記録されているために、「思い出す」ことが可能である。五次元のノエティカル界では(15)、ノエティカル体(知性体)は知性面での学びを行う。物質世界の「人生」で体験した事柄、決定的な無知に由来する人生で犯した過ちについて知性の面での反省や学びなされる(16)

ノエティック・ステートで天使のカウンセリングを受け次の人生を決める

 人間は、宇宙の叡智である「般若波羅蜜多」や神の「叡智(ヌース)」に容易にたどり着くことはできない。このため、ここでの学びは「必要な範囲」に留められる。そして、必要な学びが終わると、五次元のノエティカル体は溶解され、新たに「永遠の原子」に書き加えられた情報とともに、六次元以上の世界、ノエティック・ステート(Noetic State)へ引き上げられていく(16)

 このノエティック・ステートは二元の分離された世界ではなく、イデアの領域(永遠の存在=Beingの世界)である(17)。このノエティック・ステートの領域で、「原因結果の法則の主達(the Lords of Cause and Effect)」や「運命の主達(the Lords of Destiny)」と呼ばれる存在たちと話合い、永遠のパーソナリティは、次の人生のテーマやデザイン、大まかな「運命の流れ」を決める(19)

 こうしてイデアの永遠の世界から、再び二元の分離の世界、時間の世界へ参入する『魂の旅立ち』が起こる(19)

誕生に向けた肉体づくり

 ノエティック・ステートから肉体への「魂の降下」と「魂の帰昇(イデアの世界への帰昇)」が達成され、次の学びのための魂の受肉(incarnation:東洋では転生)の準備が始められる(17,19)。まず、分離の世界の一時的な存在(Existence)へと「下降する」とまず五次元の「ノエティカル体」が造られる。次に四次元のサイキック体が造られ、その後に物質界の三次元の肉体が造られて、私たちはこの世に誕生する(19)

カウンセリングの内容を心は忘れてしまう

 プラトンは著書『国家』の「エルの物語」で『忘却の河』を渡った途端に、イデアの世界で決められた事柄を忘れてしまうと述べている。分離の世界、時間の世界に入り込む時にカウンセリングの内容を忘れてしまうのである。けれども、それは潜在意識の層には記録されている。このため、ある種の衝動として人生に働きかけることになる(19)

輪廻転生は学びのために存在する

「原因があれば結果が生まれる」という「因果律」は東洋では「カルマの法則」と呼ばれ、罰のための法則のように理解されていることが多い。けれども、ダスカロスは「カルマは人の魂の学びのために存在するもので、人の成長を見守り助ける『神の愛の法則』である」 と述べている。すなわち、輪廻転生がある理由について、ダスカロスは「物質世界で生きることで最も多くの学びが得られるからだ」 と述べている(19)

最終的には永遠の存在に到達する

 要するに、私たちの存在は、「永遠の存在(Being)」の世界と、生命の始まりと終わりがある五次元体以下の「一時的な存在(Existing)=実存」の世界を行ったり来たりしている。そして、やがては輪廻の成就にいたり、最終的には個々の魂が神の叡智(ヌース)に到達して「神との一体化」が起きる。けれども、ダスカロスによれば、魂はそれで消えてしまうのではなく、「悟り」の境地に達した存在は、人々を手助けするため、我々の世界にやってくるという。これが「偉大なマスター」やヒンドゥー教で「アヴァターラ」と呼ばれる存在であろう(19)

【引用文献】
(1) 2007年7月15日「ストロヴォロスの賢者と呼ばれたヒーラー」スピリチュアルラボ
(2) 2007年8月18日「スピリチュアル・ライフを実践する方法(内省と瞑想法)」スピリチュアルラボ
(3) 2007年9月15日「奇蹟のヒーラー」スピリチュアルラボ
(9) 2008年7月16日「「前世」を覚えていた男」スピリチュアルラボ
(10) 2008年8月30日「20世紀最高のヒーラーの悲劇」スピリチュアルラボ
(13) 2008年10月31日「ダスカロスの人間論1」スピリチュアルラボ
(14) 2008年10月31日「ダスカロスの人間論2」スピリチュアルラボ
(15) 2008年11月2日「ダスカロスの人間論3」スピリチュアルラボ
(16) 2008年11月3日「ダスカロスの人間論4」スピリチュアルラボ
(17) 2008年11月4日「ダスカロスの人間論5」スピリチュアルラボ
(19)2008年11月5年「ダスカロスの人間論6」スピリチュアルラボ
(22) 2008年12月12 日「20世紀最高のヒーラーと呼ばれた人」スピリチュアルラボ
(28)2011年7月16日「 20世紀最後の〈霊的賢人〉」スピリチュアルラボ

ダスカロスの画像はこのサイトから

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2015年09月01日

第43講 人生の目的を探る(8) 霊的な成長と守護霊

 スピリチュアリズムが最も強調することは、自らが霊魂であることを自覚し、霊的に成長していくことである。成長の課題やプロセスは、それぞれの魂にとって異なる。現世的な成功をめざす若い魂もあれば、困難な環境で苦闘する高貴な魂もある。

 スピリチュアリズムは教条主義に陥ることを嫌う。固定した価値観は、霊魂の成長を妨げることが多い。このため、霊的成長について子細に述べた霊信はあまりなく、「愛」「共感」「奉仕」といった、きわめて抽象的な表現が主流である(20)

セックスはかけがえのなき愛の基盤

 人間は、霊魂と肉体からなっている。霊魂が、この困難な物質世界に宿って、そこで成長を果たしていく。霊魂と物質とのぶつかり合いの場が人間の人生である。そのため、物質性を極度に嫌うことは人生の本質に反する。僧院に引き籠もり、極度の禁欲生活を送ることは、一般には推奨されない。

 むしろ、健康な肉体を作り、運動の歓びを味わったり、食生活・性生活を適宜に楽しむことが望ましい。

 セックスも人間にとって重大な問題である。人はセックスに苦しみ、あるいは重大な罪を犯すことが多いが、肉体を持つ以上、セックスの問題は回避できない。ひたすら目をそむけ、否定・抑圧することがよいことではないことは、心理療法理論でも言われている。

 性エネルギーは生きる上での根源的情熱であり、人間からこれがなくなってしまうことは考えられない。手強く、なかなか解決できない困難を、いかに創造的なものに変えていくか、親密な愛情を築くための基礎にしていけるかが、肉体を持つ人間に課せられた課題であろう。

 スポーツを楽しんで健康な肉体をつくり、食事を始めとする肉体的快楽を精神的健康の基礎にし、性生活をかけがえのない愛の基盤にすることが大切なのである(20)

相手への共感力を持って嫌いな人も愛する

 多くの霊信が愛の重要性を指摘する。自分が好きなものを愛するのは、まだ未熟な愛である。ナザレのイエスが「汝の敵を愛せ」と言ったように、愛することが難しい相手を愛することが『霊魂の成長(「神の国に入る」)』には重要な要素である。

 もちろん、それは最大の難問で、想像力や共感力をしっかりと働かせなくては難しい。想像力と感情は共感をつくりあげる。他者の置かれている状況を想像し、そこに動いている感情に、自らの感情を共振させることが共感である。この共感から「愛」は生まれる。

「共感」は、現実生活でも重要な要素である。他者の痛みに共感できる人は、慈愛を持て、人から愛され尊敬される。共感しえないような、自分にとって嫌な相手にも、その心の奥深くを想像し、そこにある痛みの感情を見つけ出せれば、共感が可能になる。そうすれば、その魂がこれからどのように成長していけばよいのか、想像できる。

 おそらく、究極の愛は、霊魂がそれぞれに進化・成長の途上にあるということを、深く信じ、実感することで生じるものであろう。この宇宙を貫いている法則は、すべての霊魂が、進化・成長の道を歩んでいくことである。悪をなしているように見える霊魂も、一時の迷いに囚われているだけで、やがては気づきが訪れ、自らそれを償い、霊魂の責務に目覚めることで再び成長の道を歩んでいく―そのことが真にわかれば、どのような魂も愛せるようになるのではあるまいか。そして、その歩みを続けていくように、宇宙のエネルギーが注がれ続けている。それが神の愛であろう(20)

共感力がない自己中心的な人は自殺することもある

 共感がなければ、真の人間関係は成り立たない。共感力がない人は、他者と関係することができない。相手の感情に無頓着な人は、我執の強い、孤独で不幸な人と言えるであろう。相手とは単なるやりとり、取り引き、攻撃と防御しか生まれない。それは、殺伐とした、孤独で不幸な世界であろう。

 自己中心的な観念に浸り、自殺を犯してしまう魂は、おおむね共感が欠けている。死後の世界へ行っても、生前の欲得ずくの攻撃ばかりに囚われ、他の霊魂と関係を結び、さらに成長していくことができない(20)

自殺がいけないのは霊は死後も存続するため

 ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教は、自殺者は地獄に堕ち永遠の責め苦を受けると主張する。この考えは間違いである。ただし、霊からの通信は、いずれも自殺を厳しく戒めている。この世には自殺を考えざるを得ない状況があることは否定できない。けれども、霊学的には、自殺はよいものではない。

 自殺は生命や霊魂への冒涜であり、霊魂は肉体の死後も存続するため、「消滅という決着」はないのにもかかわらず、自殺によってすべてが決着するという誤った思いから発しているからである(12)

自殺した魂は暗い霊界に漂うか、成仏できずに地縛霊となる

 マイヤーズ通信はこう語っている。

『いかなる人も自らの命を絶つことをしてはならないと強調するのは、自殺に伴い、絶望、恐怖、すねもの的幻滅感等の精神状態が甚だしく強められる事実があるからである。自殺は通常自分が死んだことに気づかず、そこへ彼を追い込んだムードだけが雲のように彼を包み込み、われわれの側が彼を救済しようと思っても長いことうまく行かない。

 感情的な思考や精神的態度な全体が防壁を造ってしまい、それを壊すには当人自身の忍耐強い努力やきっぱりした克己心、なかんずく救済者たる高級霊に対する彼の魂の嘆願懇請によるほかはない。多くの場合、自殺に先立つ暗鬱でくよくよした思いは、ある種の自然霊を呼び寄せ、こうした地妖の類が彼を悩ませ掻き乱し、こわがらせたり苦しめたりする。正当ならざる動機で自殺する者は、しばらく冥府の暗闇に住まい、しかるのちに幻想界の最下部で過ごす」(12)

 自殺者は、たいがい自分が死んだことに気づかない。そして、自殺の原因となった、絶望、恐怖、いじけ、投げやりといった気分に包まれたまま、長く停滞を続ける。こうした霊は、高位の霊からの救いも拒否し、暗鬱な境涯の中に長く苦しむことになる。時には生前の利己的な執着から地上をうろつきまわるケースもある(12)

42Frederic Myers.jpg(注) マイヤーズ通信(Myers's correspondence)とは、心霊研究の泰斗フレデリック・マイヤーズ(Frederick William Henry Myers,1843〜1901年)が死後、霊として通信してきたメッセージを自動書記霊媒・ジェラルディーン・カミンズ(Geraldine Dorothy Cummins, 1890〜1969年)が書き記した霊界情報『不滅への道(The Road to Immortality)』(1932)及び『人間個性を超えて(Beyond Human Personality)』(1935)である。死後の霊魂の行方、類魂、生まれ変わり、高次の霊界、人間の心の本質などについて、きわめて精緻で哲学的な内容を伝えており、スピリチュアリズムの数ある霊信の中でも情報量や質において白眉のものとされる。

憑依霊の影響で自殺した場合は憑依霊に責任がある

 マイヤーズ通信はこうも語っている。

『憑依霊がしつこく唆した結果、命を絶つに至る例では、当人はしばらく暗闇で過ごすとしても、こうした行為の結果を全面的に償わなければならないのは憑依霊の方である』

すなわち、邪悪な霊の影響で自殺した場合は、自殺の罪は邪霊に帰せられる。ただし、自らの霊魂を低め、邪悪な霊の影響を受けた場合、その責任は当人にある(12)

高貴な目的から自殺した場合には暗鬱な世界に留まることはない

42Geraldine Cummins.jpg もちろん、ここで言っている自殺は、一般的な絶望による自殺のことで、他の人を救うためとか、自分が病で苦しむ姿を愛する人が見て苦しむことがないように等、非利己的な高貴な動機から自らの命を絶つ「自死」は異なり、暗鬱な世界の中にとどまることはない(12)

魂の波動が低下していると低級霊の影響を受ける

 死後も自らが死んだことに気づかず、あるいは肉欲・物欲への執着が捨てられずに、現実世界の近くをさまよい、何とか格好な人間を見つけて、それに憑依しようとしている霊がいる。これらが「未浄化霊」とか「邪霊」と呼ばれる存在である。こうした低い霊の影響を受けたり、憑依されると病気や悪事・暴力への耽溺が発生する。

 通常の人間がこうした状態に陥ることはない。だが、類は友を呼ぶ。高い波動は高い霊を呼び、低い波動は低い霊を呼ぶ。暴飲暴食や過労等で体調を崩していたり、肉欲・物欲・我欲にばかり囚われているとき、あるいはネガティブな思いばかりにひたっているときに、魂のバイブレーションが低下しているために、低級な霊を呼び寄せることになる(17)

人間が傲慢になると守護霊も低級霊の憑依を防げない

 このような良からぬ霊の影響から私たちを守ってくれているのも守護霊である。とはいえ、人間があまりに傲慢になったり、低劣な欲求や悪の中に好んで突き進んでいったりすると、守護霊も手を出せなくなってしまう。そうすると、低級な霊や未浄化の霊が、その魂に取り憑き、さらに悲惨が増す。守護霊は悲しみつつはるか遠くから見守るしかない。とはいえ、それでも見捨てるわけではない(15)

 なお、憑依されてしまったら、正しい霊媒と強力な高級霊団によって、除霊してもらう必要がある。こうした事態を防ぐには、健康な心身を保ち、とりわけ、低級霊の影響を受けないように、自らの魂を清く保つことが大切である(17)

 めったにないことだが、自然霊の影響を受けたり、憑依されたりするケースがある。これも自らの魂が低下している時に起こる。自然霊は強い力を持つ。このため、悪意がなくても心身が混乱させられる。特定の場所が持つ良いバイブレーションや悪いバイブレーションが、人間の魂に影響を及ぼすこともある。暗くじめじめした陰気な所には低い霊が集まりやすく、明るく清浄な所には高い霊が来ることも事実のようである(17)

守護霊のサポートを受けるためには瞑想と祈りが有効

 このように、守護霊や本霊は、私たちを愛している。それを促している(20)。そして、守護霊の働きは、人間の霊や見えない身体を通してなされている。現実世界と霊界との交渉は、通常の人が考えている以上にある。そう霊は告げている。人間は肉体をまとっているが、同時に霊でもある。霊は肉体や自我意識の中に押し込められてはいるが確かに息づいている。現実世界を超えた霊的存在は、微細ではあるものの、現実の物質とは異なるこの人間の霊的な部分に影響力を及ぼすことができるのである(17)

 インペレーターは言う。

「そのためには、日頃の訓練が望まれる。日頃より霊性に目覚めたる生活を営む者ほど霊的世界の深奥に深入りできる。その種の者には我らの方からも近づきやすい。彼らは地上に在りながら極めて高き霊性を発揮する。何となれば、日頃より霊と交わることを知り、霊的栄養を摂取しつつあるからである。地上生活においては苦しみも悲しみも魂の成長にとって不可欠であることを悟りつつ、なおそれに超然とした生活を送ることができる」(21)

42William Moses.jpg(注)霊媒、ウィリアム・ステイントン・モーゼス(William Stainton Moses, 1839〜1892年)は、1873年から、霊信の受信方法として自動書記を採用、「ドクター・ザ・ティーチャー」という署名で、霊からのメッセージがもたらされる。その数年後、書記の筆跡が変化し、「インペレーター」と名乗る高級霊を主とする49名の霊団による大がかりな「霊的指導」が行なわれるようになった。霊信の内容の高貴さに加えて、自らが霊媒として起こす物体浮揚、自己浮揚、アポーツ、芳香・音楽現象などの華々しさ、そして当人の人格の高潔さから、当時のスピリチュアリズム運動の中核的存在となった。

 スピリチュアリズムでは、守護霊や高級霊との親密な交渉を奨励し、そのために祈りや瞑想が重要だと説く(21)。瞑想や祈りをおこなう際は、清潔で整頓された場所、加えて群衆の様々なバイブレーションが及ばない場所を選ぶことが望ましい(17)。けれども、その時の心のあり方、霊的な希求の深さだが大切だとして、具体的なやり方は決めてはいない。

 キリスト教文化圏では祈りの方が理解されやすいこともあり、祈りについては多くのアドバイスがあるが、瞑想については、あまり細かい言及はない。とはいえ、守護霊・高級霊に思いをこらし、心を開いていくことを主眼にすれば、瞑想も「祈り」に近いものになる。

 例えば、マイヤーズはこう言っている。

「祈ることで取るに足らない煩いや些細なことを気に掛ける日常意識から無限意識へと移っていく。疑いや恐れや不信他、神の国の入り口を閉ざしてしまう人生のあらゆる重荷を投げ捨ててしまわなければならない。虚飾と見せかけを振り捨て、われわれ自身を反省する。これを超えてさらに進んだとき、受動状態で神に聴く瞑想へと入っていく。最初は沈黙のなかに自己の霊のかすかな光を見る。そして、その光に刺激される。けれども、まだ「非我」との接触はない。これはまだ統一の初段階である。第二の状態に入ったとき、意識は魂の世界に気づく。第三に、最後の段階、静寂の中で「神に聴く」段階に達する」

 内省的・自己探求的な瞑想よりは、祈りの方が望ましいと言えるかもしれない(21)

人事を尽くして天命を待つ

 シルバー・バーチは祈りについてこう指摘する。

「あなた方を悩ますすべての問題や困難に対して正直に、正々堂々と真正面から取り組み、解決のためにありたけの能力を駆使しても力が及ばないと悟ったとき、自分より大きな力を持つ霊に対して問題解決を求めて祈る、完全な権利があるといえる。なぜなら、あなたのまわりにいる者、霊的な目をもって洞察する霊は、あなたの魂の状態をありのままに見抜く力があるからだ」(21)

43Maurice Barbanell.jpg(注)シルバー・バーチ(Silver Birch)とは、1920年から約60年間にわたってモーリス・バーバネル(Maurice Barbanell, 1902〜1981年)を霊媒として語り続けた霊界のメッセンジャー。今から3000年ほど前に地上生活を送った霊界でも指導的な立場にある霊団の高級霊とされている。

自己をさらけ出す祈りにしか効果がない

 また、シルバー・バーチはさらにこう言う。

「あなたが本当に正直であるか否かは一目瞭然である。目的もなく言葉を繰り返すだけなら、それは単に空気の振動にすぎない。心をこめ魂のかぎり、神に触れようと神に従おうと願いをこめる祈りなら、初めてその強さを増し、神のしもべにふさわしいものとなる。自己をさらけ出して、心をひらく、この祈りの行為によって、我々はすべて一つに結び付くことができる」(21)

インペレーターも言う。

「真実の祈りは、守護霊への魂の奥底からの叫び、直情的発露であらねばならぬ。祈りは形式の問題ではない。一語一語述べる必要もない。ましてや宗教的慣習、紋切り型の用語等によって拘束する必要などさらさらない。真の祈りとは、悩める魂を、慰め癒すことのできる霊の手にあずけることである。必要なのは守護霊の存在の認識と、それとの霊交を求めんとする直情的衝動のみである。それには言葉も身構えも形式もいらぬ。むしろそうしたものへのこだわりが消えた時こそ最も真実味を帯びる性質のものである」(21)

マイヤーズもこう言う。

「祈りの効果は、言葉にあるのではなくそのときの心の態度による。神を呼んで神に己の心を開くためには、まず厳しく己れの心を浄めなければならない」(21)

祈りとは他者に尽くすためのものである

 シルバー・バーチは言う。

「人のためという動機、自己の責任を義務を自覚した時に湧き出るもの以外の祈りはすべて無視されるがよろしい」「祈りとはただ一つしかない。すなわち「どのように奉仕したらよろしいか、お教えください」これである。この神や人類への奉仕の願い、これよりも大きな仕事はない。これにまさる愛はなく、これにすぎる宗教も哲学もない。どの道で奉仕するかは問うところではない。神法の真理を述べ伝えるか、飢えた人に食を与えるか、苦しむ人の心から悩みを取り除いてやるか、道はそれぞれ違っていても、肝心なことはただ一つ、いかにひたすら奉仕するかなのである」

 マイヤーズも言う。

「祈る時は、ただ他人のために、物質的窮乏の軽減のことを願いなさい。己れの利益を図る気持ちがあってはならない。人類同胞への想いに満ち溢れた状態でなければならない。自分自身の小さな個我から出て、あらゆる生命あるものの魂と融合しようとしなければならない。そこで初めて神の前に立ち、祈りのことばを口にし、他人を傷つけたりするものでない限りにおいて、自分の赤心からの願いを述べることができる」(21)

守護霊のサポートを受けるためには他者への奉仕が有効

 霊信が強調するものに、「奉仕」がある。奉仕は愛を実践する行為である。自らの利得を手放し、他の存在を支援することは愛の珠玉の行為である。これを非難する人はいないであろう。守護霊は、自らの位置を低め、苦悩しつつ、私たちを守り導いている。それはまさしく奉仕である。私たちは奉仕されているのだから、それを見習い、自分も人に奉仕するのは、自らを高めることになるのは間違いない(20)

 自らの利得を手放すことが奉仕であることから、奉仕することによって社会的賞賛を得たりすることは、本質を損なうことになる。

イエスは「神に捧げものをする時には人に見られないようにせよ。右手のやっていることを左手も知らないようにせよ」と述べている。すべてを他者の救いのために投げ出す高貴な魂も実際にいるし、神を真に信じる魂はそれをめざすべきであろう。

 とはいえ、さらに厳密に自己の満足感を得たり、奉仕が自己の霊的成長につながると思うことさえも奉仕の精神にそむくものだとしてしまえば、奉仕はほとんど成立しえない。 自己の欲望や利得を抑えて、人のため世のためになることをしよう、と素直に考えるべきであろう。思いつめると苦しくなる。ある霊信でも「むずかしく考えたり、大それたことを企図したりする必要はありません。最初はともかく、人に優しく、親切にしなさい」と述べている(20)

宇宙との調和の祈りは満たされる

 シルバー・バーチは言う。

「宇宙の霊的生命とのより完全な調和を求めるための祈りもある。肉体に宿るがゆえの宿命的な障壁を克服して本来の自我を見出したいと望む魂の祈りである。これは必ず叶えられる。なぜならば、その魂の行為そのものがそれにふさわしい当然の結果を招来するからだ」

 マイヤーズは言う。

「もし全体が一つの心になって魂の底から祈りのことばを唱えるならば、大勢が集まってする祈りには霊的な力がある。その祈りは永遠の霊に届くばかりでなく、世の暗闇に霊感の明るい燈火を投げかけ、それが礼拝を意に介さない心の薄暗がりに灯りを点す。なぜなら、霊の吹き込まれた想念が熱烈に信念をもって発せられると、それは空間を伝播し、無分別、無自覚な心のなかに浸透するからである。そのときの音声がエーテル中を伝播して地球の最果てまでも伝わり、それを受信すべく同調した装置によって聴取されるように、ある目的と必要性から集団で全身全霊をもって祈る人々は、時満ちて豊かな収穫をもたらす種を蒔いているのである」(21)

祈りがかなえられるのも守護霊の働き

 この守護霊の導きをさらに得るためにも、肉欲・物欲・我欲を鎮め、祈りや瞑想の時間を持ち、あるいは霊的な書物を読み、さらに人に奉仕することに努めることが必要である。それができなくても、ともかく自らの守護霊に祈ることである。「私の霊が高く清められますように」という祈りは必ず聞き届けられる、なぜなら、その祈り自体が清めそのものだからである(17)。そして、私たちが守護霊にそれを願う時、それは必ずかなえられる(20)

インペレーターは、こう言う。

「真実の祈りは、守護せんとして待機する背後霊への魂の奥底からの叫びの、直情的発露であらねばならぬ。祈り――魂の無言の希求を読み取り、それを叶えさせんとして遥か上界との連絡の労を取らんとして待機せる背後霊を通じての神への直情的叫び―これは形式の問題ではない。……真の祈りとは……悩める魂を、慰め癒すことのできる霊の手にあずけることである」(21)

 人間の如く卑小な存在のちっぽけな思いが、全宇宙を包み込む絶対存在たる神にそのまま届くということはありえない。私たちが神に祈る時、私たちの祈りを聞いてくれているのも実は守護霊である(15)。そして、本当に私たちに必要なものを引き寄せてくれる(20)

 すなわち、祈りの結果はエゴの思い通りにはならない。

 シルバー・バーチは言う

「いかなる祈りにも、絶対的な因果関係を変える力はない。スピリチュアルな祈りには自動的に反応が返ってくるが、その反応は必ずしも当人の期待したとおりのものとはならない。それは、その祈りによって生じたバイブレーションが生み出す自然な結果なのである」

 インペレーターは言う。

「祈りは人間が勝手にこうあって欲しいと望む通りになるのではない。変え得べからざるはずの法則を喜んで変え、気まぐれな要求に応えて、てくれるが如き神への他愛なき幻想が、祈りの観念を大きく傷つけてしまっている。そのようなことを信じてはならぬ!」(21)

 絶対存在の愛を受けて、私たちの祈りをかなえ、成長のためにならないものは却下してくれるのは、私たちの守護霊なのである(15)

【引用文献】

(12)2006年3月18日「2.基本編―霊信が語る死後の世界―(4)自殺について」東京スピリチュアリズム・ラボラトリー
(15) 2006年3月1日「2.基本編―霊信が語る死後の世界―(7)守護霊」東京スピリチュアリズム・ラボラトリー
(17) 2006年3月1日「2.基本編―霊信が語る死後の世界―(9)現実世界と霊界の交渉」東京スピリチュアリズム・ラボラトリー
(20) 2006年3月1日「2.基本編―霊信が語る死後の世界―(12)霊的成長とは」東京スピリチュアリズム・ラボラトリー
(21)2006年3月1日「2.基本編―霊信が語る死後の世界―(13)祈りについて」東京スピリチュアリズム・ラボラトリー

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posted by la semilla de la fortuna at 19:04| Comment(0) | 魂の人生論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする