2017年10月21日

脳を超える心〜仏舎利の謎@

悟りの証とされた未知なる物質仏舎利

Buddha-Statue-BodhGayaS.jpg ゴータマ・シッタールダ(Siddharta Gautama)の遺体を荼毘に付すと、遺灰の中から数kgものビーズ状の物質が見つかった。弟子たちはそれを集めた(2)。インド北部のビハール州のガヤー県にあるボード・ガヤー(Bodh Gaya)に建てられた45mのブッダの銅像内にはそれが納められているという(4)。そして、一部は中国、韓国、日本へも送られた(2)。これが、いわゆる「仏舎利(sarira)」、あるいは、チベット語で「リンセル(ringsels)」と称されるものである(2,3)。「Sarira」は、本来は「身体」を意味するサンスクリット語だったが、その後に「遺骨」を意味するようになった(3)

 けれども、シッタールダの遺骨だけが仏舎利なわけではない(2)。チベットの高僧は、死後も腐敗しない。呼吸も止まり心臓も止まっているが、皮膚の色は赤みを帯びたままで数日から数週間にわたって、瞑想のポーズが保たれ、この状態が、数日、人によっては数週間つづく。この現象は、チベット語で「真実の心」、あるいは「聖なる心」という意味で「トゥクタム(thugs dam)」と呼ばれているという(6p189)

 「トゥクタム」だけでも十分に驚くべき現象だが、さらに摩訶不可思議な現象がある。ある一人のラマがトゥクタムに入ったとの報告を受けたダライ・ラマ14世は、仏塔と同じかたちの小さな構造物、「プルカン」を造って、その中で弱火で1週間以上かけてゆっくりと遺体を焼き上げるようアドバイスをした。そして、一週間後、建物を空けてみると、白い骨片と遺灰の中から五色の仏舎利が出て来たというのである(5p228)

 仏教では、悟りを開いた高僧は、凡人ではとうてい蓄えることができない物質をこの世以外の領域から体内に蓄積することができるとされてきた(3)。そして、トゥクタムに入れるほどある程度、高い悟りを得た人の場合では、荼毘に付されれば、ブッタと同じように遺灰の中には真珠や宝石のような仏舎利が残される(2,3,6p202)。確かに、普通の人たちの火葬では、そうした物質は残されない(3)。そして、その美しさは、僧侶の魂が存命中に到達した純粋さを表し、ニルヴァーナの証とされてきた(2)。中国の仏典に出てくる仏舎利は白いものだが、密教修行で高い境地にまで達すると五色の仏舎利が出るとされている(6p203)

 浄土教徒(Many Pure Land Buddhists)は、阿弥陀仏(Amitabha)の力によって、仏舎利が出現すると信じている。また、鳩摩羅什(くまらじゅう、クマーラジーヴァ、Kumārajīva、344〜413年)は、約300巻もの仏典を漢訳し仏教普及に尽力したが、その翻訳が間違っていなかった証として、火葬のされた後も鳩摩羅什の舌は無傷のまま残されたとの伝説も残されている(2)

仏舎利の成因を科学的に考える

 仏舎利はどのようにして生じるのか。その理由を科学的に説明するためいくつかの成因説が提唱されている。

 まず、仏舎利は、体内で生理的に形成されたとの説がある。僧侶たちは長時間瞑想するため代謝が低い。厳格な菜食主義に従うためその食事の内容もふつうと違う。そして、ビタミンの欠乏は腎結石につながる。つまり、瞑想習慣や食生活によって形成された腎結石が仏舎利だというのである。

 けれども、運動不足や低代謝で結石が作られるとすれば、その僧侶たちは生前にかなりの苦痛を感じていたことになる。けれども、ブッダが胆石や腎結石の痛みで苦しんでいたとはどうも思えない。さらに、胆石であれば、その色は通常、暗茶色か黒色なのだが、仏舎利の色はこれとは違う。

 さらに、胆石や腎結石はコレステロールが過剰に蓄積したときに形成される。肉食をしない僧侶たちの脂肪摂取量は平均よりもかなり少ない。また、タンパク質はマメから摂取されるが、マメにはコレステロール値を下げる働きがある。つまり、現実の僧侶たちの食生活は腎結石にかからないことにつながっている。

 第二は、僧たちが禁欲生活を送っているため、精子が体内に蓄積し、その精液が硬化したものが仏舎利であるとの説がある。けれども、この説も、比丘尼が死後に荼毘に付されたときにも仏舎利が見つかったことから誤りであることがわかっている。

 第三に、仏舎利は、真珠貝が形成する真珠と同じようなものではないかという説もある。タンパク質や炭水化物といったふつうの有機物は荼毘に付されれば燃えてしまう。そこで、仏舎利は無機物であるに違いない。そして、軟体動物は、身を守るために、アラゴナイト(aragonite)やタンパク質コンキオリン(conchiolin)を分泌する。そして、真珠貝では、砂粒やバクテリアといった異物が刺激となって、真珠が形成される。そして、ある状況下では、人間の骨が結晶構造を作れるとの証拠もある。確かに、化学分析をしてみると仏舎利の化学成分は骨に近い。けれども、髪、肉、血からなる仏舎利もある(2)

常識を超えた仏舎利の異常な物理化学特性

 1993年に、韓国の仁荷大のイム・ヒョング・ビン(Lim Hyoung Bin)博士は、仏舎利の成分を化学分析している。そのリポートによれば、仏舎利からは、カルシウム、リン酸、酸化アルミニウム、フッ素、二酸化ケイ素、ナトリウム、クロム、マグネシウム、リチウム、チタン等12種類の成分が特定された。それは骨と類似しているが、奇妙なことに放射性元素のプロトアクチニウム(Pa= Protactinium)も含まれているのである(2)

 さらに、チベットの密教経典『燃え上がる遺骨』によれば、仏舎利にも普通の白い仏舎利と青いラピスラズリやサファイア、緑の球、ルビーのような鮮やかな色彩に輝く仏舎利の2タイプがあり(5p231,6p203)。後者は金床の上に置いてハンマーでたたいても壊れないという(5p231)

 実際、仏舎利はダイヤモンドよりも硬いことが知られている。スチールですら12000lb/m2で壊れるのだが、イム博士の試験でも仏舎利は15000 lb/m2でも無傷のままであった。さらに3000度でも無傷なほど高熱にも耐える。その不可解な起源に加えて、その信じ難いほどの物理化学的特性を理解する多くの試みは、実を結ばなかったのである(2)

 さらに、『燃え上がる遺骨』によれば、仏舎利は遺灰の中に残されるというよりも、頭蓋骨のところから小さな球が次々と出て来てそれが増殖していくという(6p203)。根っからの合理主義者で、ひどく疑り深い京都文教大学の永沢哲准教授はこの様子を確認にいく。そして、准教授が目にしたのは、ラマのものと思しき真っ白な頭蓋骨だった。そして、その中からは直径2cmほどの白い球のような球状の無数の骨が溢れ出し、時間が経つに連れて透明な真珠へと姿を変えているのであった(6p229)

仏舎利からは聖なるエネルギーが放出されている

Amma.jpg インターネットオークション、Ebayには、わずか10ドルで仏舎利が売り出されているし、組織を維持するため仏舎利のコレクションを4000ドルで販売しているグループもある(3)。けれども、本物の仏舎利は、弟子たちが崇拝できるように、生前の師の意志によって意図的に残されたものであり(2)、その中には他界した僧侶の意識が刻印されていると言われる。実際、仏舎利には、聖なるパワーがあり、信心深い者も、信仰心が薄い者も、そこから発せられる静寂感(The sense of serenity)によって魅了するとされるという。中には、聖母アマチ(Amma=Hugging Nun)と同じエネルギーを感じると述べる人もいる(4)

 けれども、現実の仏舎利は希少で、かつ、聖なるものと考えられて来たため、この現象に関しては、ほとんど研究がなされてこなかった(3)。けれども、スタンフォード大学のウィリアム・A・ティラー(William A. Tiller)名誉教授とメイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の医師、ニシャ・J・マネック(Nisha J. Manek)博士は、仏舎利に関する研究を行い、2012年にアリゾナ大学で開催された『意識科学に向けた会議(Toward a Science of Consciousness Conference)』でその結果を発表した(3,4)。そして、仏舎利には生前の僧の意志が刻印されていると述べ、多くのファンを喜ばせた(4)

 マネック博士は、スタンフォード大学で学んだ後、長年、メイヨー・クリニックで働き、現在は、ティラー名誉教授の「心霊エネルギー科学研究所(Institute for Psychoenergetic Science)」で研究を行っている(3)。博士は、仏教徒ではなかったが、2009年9月にミネソタ州のミネアポリス(Minneapolis)で開催された仏舎利の展示会に参加したところ「私の世界観はひっくりかえってしまいました。人生が変わる経験をしてしまいました」と博士は語る(1)

Nisha-Manek.jpg「お堂に入ると同時に、すぐさま、強力な意識が存在している状態を感じたのです。まるでブッダ自身がそこにいるかのようでした。その状態は言語化できず、深遠なものでした。このうえなく穏やかで、無限のように思える平和と静寂さがありました。時間が存在しなくなり、私の心は静まっていきました。普段の心の中でのおしゃべりがなくなったのは驚きでした。驚きながらも好奇心から身をまかせました。そして、洗練されたエネルギーが仏舎利から心臓センターへと流れているのを感じました。ワンネス(Oneness)の巨大な感覚、誰しもやすべてと調和している感覚をそれは伝えていたのです。通常の体験でそれに匹敵するようなモノはありませんでした」(1)

 2010年7月30日。ロサンゼルスのヒンズー教徒寺(Los Angeles Hindu Temple)でまた別の仏舎利の展示会が開催されるが、マネック博士は9ヵ月前の体験を再確認する。そして、数千人の展示会への参加者からのメッセージや電子メールから、やはり認識のシフトが生じていたことが判明する。

 参加者たちがどのような宗教を信じているのか、瞑想の習慣があるのかどうかは重要ではなく、多くの人々が深い平和な感覚を報告して涙を流した。病気が快復してしまった人もいた。ある初老の男性は重い糖尿病で腎臓透析をしていたが、それさえ治ってしまった。そして、展示会に参加した1年半後もまだ健康だという。

Fig6S.jpg この写真をご覧いただきたい。これは、仏舎利が展示される前の7月25日にカリフォルニアのサンタ・アナ(Santa Ana)で、プロのカメラマンが普通のキヤノンのカメラで撮影した画像である。写真の左下には祭壇からアーチ状に伸びる金色の半透明の光が明らかに映っているが、これは肉眼では見えなかった。

 2011年7月には、ケニアのナイロビで3日間、やはり仏舎利の展示会が開催され約5000人が訪れたが、この展示会でも、様々な信仰や経験を持つ誰もが平和と落ち着きを感じ、人生において何をすべきかについて最高の直観を得たと報告している(1)

geshe-lama-konchogS.jpg 2014年の11月にはアイルランドでも展示会がなされた。噂によれば、その一部は2500年前のブッダ本人のもので、ダライ・ラマ法王から提供されたものだという。中国によって破壊された僧院から確保された者や、25年も山中の洞穴で瞑想をしたゲシェ・ラマ・コンチョグ(Geshe Lama Konchog, 1917〜2001年)の仏舎利もあった。従来の科学からは理解できないが、すでに68カ国で約230万人が、仏舎利展示会でこうした体験をしている。あらゆる会場で再現されるエクスタシーや涙、そして、静けさによって仏舎利の持つパワーは明らかなのである(4)

脳を越える肉体なきマインド

 自然を理解するための従来の科学的な研究方法とは、科学的な事実として認められることを『ボトムアップ』で構築していくアプローチである。けれども、仏舎利展示会に参加したごく普通の人たちのスピリチュアルな経験は神経科学的な従来の意識モデルが瓦解することを意味する。

 神を信じることと実際に神に接した経験をすることとはまったく違う。仏舎利は、言葉や文字を介さずに「無条件な慈悲」のエネルギーを人々に直接与えている。高いスピリチュアルな状態についての知識ではなく、インスピレーション体験を強力に伝播する能力がある(1)

 これは、仏舎利に意識、生来の知性(innate intelligence)があることを意味する。そして、この異常で奇跡的に見える仏舎利現象を理解するためには、物理的に存在しない『肉体』や『神経系』を研究するという事実に直面せざるをえなくなる。なぜならば、物理的な『肉体』や『神経系』に一切依存することなく、どうしたわけか仏舎利からは「無条件な慈悲」といった高められた意識(evolved consciousness)が発せられているからである(1)

william-a-tiller.jpg つまり、仏舎利には何かのエネルギーがあり、それは崇拝者にインパクトを与えることができる。同時に、そのエネルギーは崇拝者によっても仏舎利へとある程度映されるかもしれない(3)。というのは、仏舎利を保管している人たちによれば、仏舎利は明るくなったり、虹をもたらすことができ、敬虔な環境におかれれば増えることもあるが、逆に、ズボンのポケットのように『聖ではない環境』に置かれると、姿を消してしまうと指摘されているからである(1)

 それでは、「無条件の慈悲」のような意識は、いかにして、仏舎利の形で存在できるのであろうか。この謎に答えるには「精神エネルギー科学(Psychoenergetic science)」が役立つ(1)。マネック博士は「仏舎利からある種のエネルギーが放射され、それが自分の心臓に流れていると感じた。このような経験ができるものはなかった」と説明するが、博士が主観的に感じたエネルギーを客観的に測定するための方法をティラー名誉教授は開発してきたからである(3)(続)。

【画像】
ブッダの銅像の画像はこのサイトより
永沢哲准教授の画像はこのサイトより
聖母アマチの画像はこのサイトより
ニシャ・J・マネック博士の画像はこのサイトより
光の写真は文献(1)より
ゲシェ・ラマ・コンチョグ師の画像はこのサイトより
ウィリアム・A・ティラー名誉教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
(1) Nisha J. Manek and William A Tiller, The Sacred Buddha Relic Tour: For the Benefit of All Beings Presented at the Annual Toward A Science of Consciousness Conference: Forum on Eastern Philosophy Symposium University of Arizona Center for Consciousness Studies, Tucson, Arizona, April 9th, 2012
(2) Biochemical Mysteries, Last Assignment: Solution?, Hypotheses/Theories relating to the Mystery,April 2013.
(3) Tara MacIsaac, What Are the Pearl-Like Objects Found in Monks’ Ashes After Cremation?, The Epoch Times, Feb28, 2014.
(4) Manchán Magan, Do Buddhist relics have powers? See foryourself, Irishtimes, Nov 14, 2014.
(5) 永沢哲「骨の宝石〜ブッダの境地の証」『チベット仏教』(2016)サンガジャパン
(6) 永沢哲・藤田一照『禅・チベット・東洋医学』(2017)サンガジャパン
posted by la semilla de la fortuna at 16:08| Comment(0) | 宇宙と生命 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

シンクロニシティ論

奇妙な偶然の一致

 小学校4年生のときの先生のことを20年ぶりにふと考えたときに、その日にスーパーでバッタリとその先生に出会う(1)。何年も聞いていなかった音楽のことをふと考えていると、その曲がいきなりラジオから流れ出す(2)。ふと誰かのことを考えていると、いきなり電話が鳴ってその人が出る(5)。偶然の一致は、人間の心同士でも生じることがある。例えば、互いに知らないままに友人とまったく同じ洋服を同じ時間に買っているといったケースだ(2)。こうした驚くべき偶然の一致が起きるときには、何かミステリアスな方法によって、自分の内的なメンタルな思考が周囲の外的世界で生じる出来事とつながっているように思えてくる(2,4,5)。「シンクロニシティ」という概念を認めて、この名前をつけ、精神的な展望からこの不可解な現象にアプローチをし、それを理解するための理論的な基礎を作ったのは、カール・グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung,1875〜1961年)である(3,4,5)
Bernard-Beitman.jpg シンクロニシティは文字通り「共時性」を意味する。精神科医、バーナード・ビットマン(Bernard Beitman)博士は「見た目にはつながりの原因がない外的な出来事と心の中に浮かぶ思考が映し出せれるときに生じる起こる思いもかけないこと」と説明する(1,3)。それは、ある種の意味がある偶然の一致である。そして、この偶然の一致の科学を発展させるうえでユングの考えは重要な歴史上のステップとなった(3)
 哲学者、心理学者であるカリフォルニア・インテグラル研究所(California Institute of Integral Studies)のリチャード・タルナス(Richard Tarnas)博士は、自分の個人的な体験のひとつから、シンクロニシティの事例をあげる。博士の親友、前英国占星術協会(British Astrological Association)のチャールズ・ハーヴィー(Charles Harvey)会長は英国で他界したとき、在米の家族の一部が、サンフランシスコのベイエリアのゴールデン・ゲート近くにあるプレシディオに記念のために集まった。けれども、そこは人々で混みすぎていた。そこで、タルナス博士は近くに小さな教会があることを思い出し、代わりにそこに行くことを進める。すると、故ハーヴィー会長の義理の姉妹の目は驚きで突然に丸くなり、話すことを止めた。タルナス博士が彼女たちの視線を追うと、チャペルの壁には、こう読める金色の飾りの額がかかかっていたのである。
「チャールズ・ハーヴィー中佐(1845〜1910年)を記念して(4)
ユングの黄金色のスカラベ
 ビットマン博士は、ミズーリ大学コロンビア校(University of Missouri-Columbia)の元心理学部長で、ヴァージニア大学の客員教授でもある。エール大学医科部を卒業後、スタンフォード大学で精神医学を学び、精神療法のトレーニングプログラムで全国賞を受賞し、胸痛とパニック症候群との関係性の研究で、国際的にも知られている人物である。カール・ユング以降、精神科医としては、初めて「シンクロニシティ」に関する著作を書いた。そして、シンクロニシティに重点をおいた学際的な新たな学問を創設し「この分野はまだフロンティアです。ですが、将来は、繁栄しているでしょう」と語る(1)
 ビットマン博士は、有名なユングの「スカラベ」の物語についても分析しているので、その内容をここで簡単に紹介しておこう。
Scarab.jpg ユングはある若い女性とカウンセリングをしていた。そして、その女性が昨晩、金色のコガネムシの夢を見たことを語り始めると、ユングは窓の外から軽く叩く音を聞いた。そこにはまさに金緑色のコガネムシがいた。ユングは窓を開けてコガネムシを取りあげた。そして、彼女に夢と現実の世界とが関連している証拠を手渡した。
「あなたのスカラベはここにいます」(3)
不合理なモノを望むユングが呼び寄せたシンクロニシティ
Roderick-Main.jpg 傑出したユングの研究者、エセックス大学のロデリック・メイン(Roderick Main)教授の研究を参考に、ビエットマン博士は、スカラベが何を意味するのかを分析している。博士によれば、ユングは偶然の一致に魔法性を目にしたが、その潜在的な有用性にほとんど注意を払わなかった。ユングは、エゴ意識の懸念を越えた部分に関心があったため、自分自身で偶然の一致を引き起こすことで自分が演ずる役割を探究しなかった。
 一方で、ユングは、意味がある偶然の一致を使った治療が患者が変わるうえで助けになると書いている。そして、治療に対する患者の抵抗を突破するには「人間的な理解」が必要だと述べている。そして、この「人間の理解」は、過剰なまでの合理性を持つユングが言う『特徴づけられた患者(characterized the patient)』とまさに対照的なものなのである。ユングは偶然の一致が治療にどのような効果があるのか詳述していないが、患者の心理的な抵抗をブレークダウンし、満足な結果で治療が続けられると断言している(3)
 ユングがカウンセリングで対応していてスカラベが出現した女性も、高い教育を受けていたが、合理的な思考でガチガチとなっていた。ユングはその女性の心の殻を柔らかくすることが必要なことをはわかっていたが、それにはある種のマジックが必要だった。ユングは治療を成功させるためにシンクロニシティを必要としていた。
 メイン教授はこう述べている。
「ユングの見解によれば、シンクロニシティは、なされることが必要であるとわかっていても、自分自身ではすることができなかったことをやります。シンクロニシティは知識を付け加えませんがテクニックを補うのです。予想外のモノをユングが望んでいる状態が、シンクロニシティの内的な精神的な要素を形成し、外的なその要素は、コガネムシの形を取る実際の『予想外で不合理な何か』なのです」
 スカラベはまさにユングも若い女性も必要としていたものだった。ユングは予想外に不合理な出来事が姿を現すことを望んでいた。コガネムシはユングにとっても重要であった。ユング自身のビジョンのシンボルとして、以前にも出現したことがあった(3)
シンクロニシティには神話とおとぎ話性がある
 治療的なプロセスでのスカラベは現実の世界というよりもおとぎ話を思わせる。そして、メイン教授は「ユングの物語にはおとぎ話性があることにも気付きました」と語る。
「この文脈で、おとぎ話や神話の起源が、異常な出来事への反応にあると考えられていることを思い出すことには興味深いものがあります。スカラベとのシンクロニシティが治療に『不思議で有益な効果』があったという枠組みをユング心理学は全体としてもたらしています。ユングは世界にシンクロニシティという思想を持たらすことに尽力したのです」(3)
切り離された自己がシンクロニシティを奇妙に見せている
「明らかに因果関係がないにもかかわらず、ひとつかそれ以上の別々の出来事が、意味あるパターン形成しているように見えること」
Jeffrey-Kripal.jpg 宗教学者、ライス大学のジェフリー・クリパル(Jeffrey Kripal,1962年〜)教授は、2014年に開催されたシンポジウム、「シンクロニシティ:物質と魂(Synchronicity: Matter & Psyche Symposium)」でシンクロニシティについてこう定義する(4)
「シンクロニシティ、科学とソウル・メーキング(Synchronicity, Science, and Soul Making)」を執筆したコルゲート大学の物理学者、ビクター・マンスフィールド(Victor Mansfield,1941〜2008年)教授は、ダライ・ラマ法王の親友だが、「シンクロニシティは、心理的、哲学的に現代世界に大きな問題をもたらす。物理学者は科学的な唯物主義の文化で訓練を受けて来たので、それらはとりわけ、トラブルのある経験だった」とタルナス博士に語ったという。
Victor-Mansfield.jpg マンスフィールド教授も「単なる偶然の一致」としてだけ退けるには、あまりに多くのシンクロニシティを自分自身や他人の人生で眼にしてきた。けれども、今日では、たとえそうしたことが起きたとしても、まさに「偶然の一致」として退けられてしまうことが多い。ある人の心がなぜか外的世界とつながっていて、それによって長く出会わなかった知人が来ることを直観できると想定することは、近代人の思考の一部ではないからだ(4)
 17世紀の哲学者レネ・デカルト(René Descartes)は「我思うゆえに我あり」と語った。このデカルトの世界観では、自己は外界から切り離されている。そして、自己には意味があるが、自己を取りまく世界は意味を持たない客観的存在にすぎない(4)
シンクロニシティを科学的に分析する
 このように偶然の一致は、厳密に確率から説明できるとの見方がある一方で、宗教的にしか説明できないとの見解もある。この両極端は、主観的な要素によって、科学としてシンクロニシティを研究する価値を引き下げる。ビエットマン博士は、曖昧模糊としていたユングのシンクロニシティの概念を明確化し、科学研究の対象にするため、従来のシンクロニシティを分類し、それと関連する用語やカテゴリーを新たに創出した(1)
 ひとつは、セレンディピティ(Serendipity)である。セレンディピティとは、どのように見つけた出したのかわからないまま、まさに必要としているときに必要なものを見つける能力である。博士は、こうした新たなカテゴリーを創出するにあたって、そのインスピレーションにつながった個人的な経験を語っている。ひとつは、犬との出会いである。博士が子どもの頃、博士がかわいがっていた飼い犬、スナッパー(Snapper)がいなくなった。博士は犬を探して自転車で警察を訪れたが、警察にも届はなかった。博士は泣き出し取り乱した状態でメチャクチャな方向へと自転車を走らせた。すると、まるで博士と出会うことをまっていたかのように走り寄ってくる飼い犬が見えたのだった(1)
 もうひとつは、父が他界したときのことである。明らかに原因がないのにあるとき博士は息苦しくなった。そして、父親とは数千kmも離れて暮らしていたのだが、ちょうどその時期に博士の父親は死の床にいて窒息死していたことが後でわかった(1)
 物理的に離れていても別の人の苦悩を感じるこの現象を博士は「Simulpathity」と呼ぶ。「Simulpathity」の多くは、双子、とりわけ、双子から報告されるが、親も子どもと関連してこの現象も経験することがある。そして、感情移入(empathy)と異なるのは、その他者が苦しんでいることを知らなくても起こることにある(1)
 ビットマン博士はさらに、類似した出来事が数珠のように連続して起こる現象、「セリアリティ(Seriality)」と「インストラメンタル(Instrumental)」をあげている。施リアリティは、通常のシンクロニシティやセレンディピティとは異なり、とりわけ、主観的な要素がない。
 一方、「インストラメンタル」はセレンディピティと関連するが、ある人が必要としている人と必要な時に出会うケースである。ベイットマン博士は、シンクロニシティの有用性を強調するため、このカテゴリーを新たに確立し、二つの事例をあげる(1)
シンクロニシティは人生に役立つ
 ひとつは、虐待的な夫が許そうとしていたある一人の女性のケースである。彼女は夫と出会う前に電話が鳴る。出てみると、見知らぬ相手からの間違い電話で、少し話しただけだったのだが、相手はボーイフレンドから虐待されていた女性だった。
「この見知らぬ人の怯える声から、私は夫を許し夫の元にとどまることが間違だったと思ったのです。その後、空港で彼と会った時、もう自分の考えは変わっていて、一緒に暮らすことはできないと彼に話しました」とその女性はベイットマン博士に語った(1)
 もう一つは、文化人類学の研究助手のポストを探していたある学生の事例である。その学生はマラソンをしていて、その姿を母親が脇で見ていた。そして、もう一人、マラソンの光景を見ている人物と母親が会話をしてみると、まさに、その人物が文化人類学の研究助手を探していたのである。結果として、息子は採用されることになる。
「私は母親のGPSがこの人物にあわせたのだと考えます」とビエットマン博士は語る(1)
 ネズミの特定の脳細胞が、ケージに入れられた場所によって活性化することが示された研究にベイットマン博士はふれる。
「こうした格子細胞は、ネズミがどこにいるのかをマップ化しています」
 そして、格子細胞は、海馬近くに位置しており、人間には生まれつきGPSシステムが備わっているのではないかと博士は想定する。偶然の一致に遭遇する状況についてふれたスペインのジプシーのことわざ「駆け回る犬は骨を見つける」を博士はあげる。
 博士自身が飼い犬スナッパーと出会えたように、我々の内部にある何かが、役立つものを見つける能力を与え、この能力を理解することで、人生の方向性を見出すうえで役立つ。
「偶然の一致は並外れています。そして、人が通常ではない何かをしているときに、しばしば起こるのです。例えば、道に迷っているときに偶然の一致はより起こりそうです」とビエットマン博士は語る(1)
個人の境界を超えて広がる心の場
 偶然の一致の研究を通して、ビエットマン博士はこう理解するようになってきた。
「我々の想念や感情は、我々が考えている以上に互いに影響しあっています。私たち全員はともにいるのです」(1)
Richard-Tarnas.jpg 前述したとおり、今日では、たとえシンクロニシティが生じたとしても、それは「ただ」の偶然の出来事にすぎないとして無視されることが多い。「16世紀の科学革命の間に植えられた還元主義は、19世紀までには着実に育ちました」とリチャード・タルナス博士は言う(4)
 タルナス博士は、シンクロニシティを二重の円で図解する。
「内側の円は、自己あるいはエゴを意味します。外側の円が外界です。現代人の世界観では、エゴは、しっかりした線によって外界から遮断されています。ですが、実のところ、両者の壁は曖昧なのです」(4)
人は他人から見られていることを察知できる
 オンラインセミナー「ユングとシェルドレーク:シンクロニシティと拡張されたマインド(Jung and Sheldrake: Synchronicity & the Extended Mind)」では、心理学の修士号を持つ作家、ゲイリー・ボブロフ(Gary Bobroff)と、物理学を学んだシンシア・カヴァッリ(Cynthia Cavalli)博士がゲストとなり、多面的にシンクロニシティについて論じた。ボブロフは、生物学者、ルパート・シェルドレーク(Rupert Sheldrake,1942年〜)博士の「延長されたマインド」の研究から、シンクロニシティの議論を自然科学に位置づけられることは可能だと語る(5)
Rupert-Sheldrake.JPG シェルドレーク博士も、ユングとは違う形で、シンクロニシティ現象にアプローチをしている。博士は、ケンブリッジ大学での発生生物学を学んだ後、個人の身体を越えて広がる「マインドの場」の物理的な存在の証拠を集めることに、数十年を費やしてきた(5)
 例えば、2014年の「シンクロニシティ:シンポジウム物質と魂(Synchronicity: Matter & Psyche Symposium)」で、シェルドレーク博士は「他人から見つめられていることを感じることは、空港のドラッグ検査官、刑事や私立探偵、格闘家にとっては常識だと語る。イギリスの(British services)トレーナーも他人を尾行するときには、背中をみないようにするという。振り向かれてしまうからだという。逆に、格闘家たちは迫り来る敵をいち早く感じられるように、他者の視線に対する感度を高める訓練を受ける(5)
 本当に誰かから見られていることを正しくあてることができるのだろうか。何万人もの人々を対象に、アムステルダム科学博物館(Amsterdam Science Museum)が実施した研究をシェルドレーク博士は引用している。この研究では、相手を見るか、相手から目をそらすか、あるいは別のことを考えるかをランダムに告げられ、相手の被験者は、10秒以内に彼や彼女が見られていたかどうかを決める。この結果、的中率は、偶然よりもかなり高く、かつ、9才以下の子どもたちの場合、とりわけ、敏感だった。
Marilyn-Schlitz.jpg シェルドレーク博士は、ソフィア大学のマリリン・シュリッツ(Marilyn Schlitz)教授による研究も引用する。シュリッツ博士は、監視カメラで観察されていたとき、主体の皮膚に電気反応(galvanic skin response)があることを見出した。
 シェルドレーク博士があげるこうした研究から、マインドには身体を越えてある程度の物理的な影響があることが示唆される。シンクロニシティでは、ある人のマインドと彼の周囲の世界は、ミステリアスなやり方でつながれるようなのである(5)

シンクロニシティでは感情が重要

 シェルドレーク博士は、透視、予知他を含めた過去の心霊現象(psychic phenomena)のアカデミックな研究を調べ、家族のメンバー、とりわけ、双子の間で成功率が最も高いことを見出す。逆に、超能力を信じなかった人々の間では、その成功率が最悪で、平均以下の得点しか得られなかった。統計的に偶然よりも有為に低い結果を出してしまったことは、疑惑が超能力に対してネガティブに影響することを示し、皮肉なことに超能力が存在するとの仮説を支えてしまっているのである(5)
 シェルドレーク博士の仕事は、シンクロニシティを産み出すうえでの感情の役割を際立たせるとボブロフは指摘する。感情的な絆が、肉体を越えて広がるマインドの部分を強化したり、弱めたり影響を及ぼす。
「感情がないシンクロニシティなんてものはありません」とボブロフは言う。
「例えば、世界の反対側にいる息子や娘が危険な状態にあるかどうかを親が知る方法があります。そして、こうした拡張された意識場は、まさにメンタルなフィールドではなく、感情的なフィールドなのです」(5)

古典物理学では説明できないシンクロニシティ現象

「シンクロニシティは重要な偶然の一致で特徴づけられ、客観的な外的世界で生じる出来事と主観的なメンタルな状態との間で出現します」

Francois-Martin.jpg パリ大学の理論物理学研究所のフランソア・マーティン(Francois Martin)博士と欧州原子核研究機構(CERN= European Organization for Nuclear Research)の物理学者、フェデリコ・カルミナィ(Federico Carminati)博士は、2009年のコスモロジー誌(Journal of Cosmology)に掲載された論文「シンクロニシティ、量子情報と精神(Synchronicity, Quantum Information and the Psyche)」で説明する。
 シンクロニシティは古典物理学によっては説明できないと、マーティン博士とカルミナティ博士は語る。そして、マインドと物質との間や人々のマインドの間のつながりを説明するため「量子もつれ(quantum entanglement)」に目を向ける。
「量子もつれ」とは、互いに接触している素粒子のペアやグループが遠距離であってもつながったままのように見える現象である。ひとつの素粒子の上である現象が起こると、それに対応した変化が他方の素粒子上でも観察される(2)

意識は無意識の波動関数を崩壊させる

 彼らは量子物理学を用いて、意識と無意識との関連性や自由意志について探求しているのだが、例えば、意識は無意識とはどのように相互作用しているのであろうか。

 量子物理学によれば、一個の電子は測定されるまでは、固定された状態にはなく振動する波として存在している。この波動関数(wave-function)は測定によって崩壊する。

 マーティン博士は、この点で、無意識は電子と類似していると見なす。無意識は様々な潜在的な状態にあるが、意識的なマインドは、少なくとも一時的には、これを特定の状態へと固定させる測定装置のようにふるまう。つまり、意識的なマインドは、無意識の波動関数を崩壊させる。

 2005年の「神経量子論(NeuroQuantology)」に発表した別の論文「量子精神:人間の精神の量子場理論(Quantum Psyche: Quantum Field Theory of the Human Psyche)」で、マーティン博士はこう書く。
Federico-Carminati.jpg「自由な意志は、潜在的な状態から現実的な状態へのトランジションにおいて中心的な役割を演じ、逆もまたそうなのです」
 この理論によれば、マインドの異なる部分間で生じている量子的なプロセスがある。このプロセスはシンクロニシティ的な事象で各個人のマインドを越えて広がっていく。各個人のマインドは「もつれ」を介して集合無意識につながっているのではないか、とマーティン博士とカルミナィ博士は考える。

 二人以上の人々は、どのようにもつれるのか

「縛られた状態での人間の精神のアナロジーは、核家族です。そこでは家族のすべての要素が、コンスタントな相互作用によって結ばれています。それは同じ家庭で生活することによって生じる感情的な金銭的、あるいは社会的なインタラクションです」とマーティン博士は2005年の論文で書く。
「例えば、2人の個人間の関係性のアナロジーは、年老いた両親との成人となった子どもたちの継続的な結びつきです。そうしたケースでは、どの家庭も金銭他で共同依存していません。ですが、もつれは遠距離で数十年も存在し続けることができます。そうした明らかにつながりがない個人間の相関関係は、二つかそれ以上の精神の量子的なもつれの概念でよく表すことができます」
 マーティン博士は自分の仮説にはさらなる調査が必要なことを認める。人間の精神に適用するためには、量子物理学の分野でさらに発見されなければならないことがある。
Garret-Moddel.jpg 量子力学を研究するコロラド大学工学部のギャレット・モデル(Garret Moddel)教授は、もつれを単純化することがどれほどたやすいかについて説明する。
「人々は量子もつれについて、私が一個の粒子を振うときに、もう一つの粒子に対する影響を見にできることを意味すると思いがちです。ですが、それはそうでありません」と、彼は言う。
 古典的な情報では、ビットの二進法があり、それはただ0または1と2つの値だけを取ることができる。「量子ビット(quantum bit)、短縮形の「qu-bit」では、同時に0と1の値を取ることができます」と、マーティン博士とカルミナティ博士は説明する。量子ビットは、同時に両方の状態が重ね合せられている(2)
近代以前にはシンクロはあたりまえだった
 長い歴史を通じてみれば、わざわざ「シンクロニシティ」という名前をつける必要がないほど、それは人々の人生にとってあたりまえのことだった。過去においては、シンクロニシティは既知の事実だった。内なる心と外的世界との境は流動的で、外的世界が思考とつながっていることは意外でもなんでもなかった。神あるいはプロヴィデンス(Providence)、はたまた人智を越えたそれ以外の力が偶然の出来事を支配していたことは、当然のことと思われもしていた。つまり、「シンクロニシティ」という言葉を必要としているのは、近代だけとも言える(4)
 それでは、なぜ、「シンクロニシティ」の概念が現代人の心には必要なのか。タルナス博士は、その理由をこう語る(4)。
「ジェフリー・クリパル教授は、かつて私にこう話しました。『私は何も信じなくなった。けれども、シンクロニシティだけは信じている』。つまり、シンクロニシティは自分の身の回りの世界と再びつながることで、ポストモダニズム的な人生において意味を発見するための方法なのです」(4)
エゴ・ベースでシンクロニシティを解釈してはならない
 ボブロフ氏もシンクロニシティの個人的な体験を披露する。氏はある日、アルバータ州からカルガリーの西でサスカチュワン州へとドライブしていた。給油するためガソリンスタンドに止まると、偶然に高校時代の恋人に出会う。彼女も同じくカルガリーに向かっていた。そして、まさに二人がカップルとしてカルガリーへ一緒に旅していたのが、10年前のこの日であることを思い出す。
「ですが、私は、それが『我々は一緒にならなければならないのではないか』」というエゴの答えだとは必ずしも思いません。例えば、ロマンチックな偶然の一致は、その関係がそうであるべきことを必ずしも意味するというわけではありません。そうではなく、ただハートをつなげる何かが我々の世界にはあるのです」
 我々は、欲しいものを意味するためにシンクロニシティを理解すべきではないのである。そして、シンクロニシティを理解するために、古代の中国の思考方法も考える。
「私は、宇宙とのつながりで誠実でしょうか」
 ユングは、エゴベースのやり方でシンクロニシティを分析することを警告していたとボブフロフ氏は説明する。そして、ユングは、シグナルとしてシンクロニシティを受け止めていた(5)
 ユングは「シンクロニシティは、主観的世界と客観的世界との間の意味あるつながりを明らかにすると書いた。そして、危機的な時代に幻滅した西洋の世界観にシンクロニシティをもたらしたのである(4)
 ビエットマン博士も、偶然の一致は、迷った犬だけでなく、ソウル・メイトや就業機会さえ見つける助けになる。そして、個人の成長にすら役立つ(1)。そして、こうした力を利用することは、組織的な研究が必要だと偶然の一致の研究を通して、さらにシンクロニシティを理解し、より大きなスケールでそれを役立つようにすることが必要なのである(3)
【画像】
バーナード・ビットマン博士の画像はこのサイトよりリチャード・タルナス博士の画像はこのサイトより
スカラベの画像はこのサイトより
ロデリック・メイン教授の画像はこのサイトより
ジェフリー・クリパル教授の画像はこのサイトより
ビクター・マンスフィールド教授の画像はこのサイトより
ルパード・シェルドレーク博士の画像はこのサイトより
マリリン・シュリッツ教授の画像はこのサイトより
フランソア・マーティン博士の画像はこのサイトより
フェデリコ・カルミナィ博士の画像はこのサイトより
ギャレット・モデル教授の画像はこのサイトより
【引用文献】
(1) Tara MacIsaac, Frontier Science: Dr. Bernard Beitman on Coincidence Studies, The Epoch The Times, April 16, 2014.
(2) Tara MacIsaac, Quantum Physics Explains Coincidences?, The Epoch Times, July10, 2015.
(3) Bernard D. Beitman, How We Could Use Coincidences in Psychotherapy: Jung’s Scarab, The Epoch Times, Aug12, 2015.
(4) Tara MacIsaac, Why Synchronicity Is Especially Important Today, The Epoch Times, Aug30, 2015.
(5) Tara MacIsaac, Biology, Psychology, and Mysticism Unite in Synchronicity Discussion, The Epoch Times, Sep1, 2015.
posted by la semilla de la fortuna at 07:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする