2015年06月07日

第1講 経済が成長しなくてもあなたは幸せになれる

多くの若者は「お金=幸せ」と考えている

 米国では1967年から、大学新入生を対象に「全米新入生調査」という意識調査がなされている。この調査結果によれば、1967年には86%の学生が人生で大切なことは「意味ある思想を育むことだ」と答えていたが、現在はそれが52%に減った。その一方で、「経済的に恵まれることが重要だ」と答えた学生が1976年の42%から、2005年には71%に増え(1,P56)、今ではこの比率が77%となっている。多くの学生たちは「お金=幸せ」だと考えているのだ(2,P96)


貧乏でも幸せな女性とお金持ちでも不幸な女性

 けれども、ことはそれほど単純ではない。カリフォルニア大学リバーサイド校で心理学を研究するソニア・リュボミアスキー(Sonja Lyubomirsky)教授は、インタビューした二人の女性を例にあげる。

Sonja Lyubomirsky.jpg その一人、アンジェラさん(34歳)は、教授が出会った最も幸せな女性の一人だ。けれども、客観的に見れば彼女の人生はどうみても幸せとはほど遠い。幼少期からDVを受け、高校生のときに家出する。知りあってわずか3カ月の男性と結婚して、娘が産まれるが、その後に離婚。シングルマザーとして経済的にも生活はギリギリで苦しい。夢見ていてやっとなれたエステシャンの仕事もいきなり解雇された。傍目には苦難の連続に見える。けれども、アンジェラさんは自分が幸せだと思い、娘と無料のコンサートにいくことを楽しみにしている。自分の苦労を笑い話にしては多くの友だちに囲まれ、看護師の資格を取るため勉強している。

 一方、シャノンさん(27歳)は、裕福な家庭に育ち、イタリアに恋人を持ち、学業成績も優れているが、常に自分に自信が持てない。いつも孤独を感じて将来に不安を抱き、浪費や過食に走っている(1,P43〜46)。なぜ、このような違いが出るのであろうか。

人には贅沢に慣れ満足できなくなる特性がある

 ファースト・クラスで旅行する。病気になれば高度医療を受けられる。お金があれば幸せになれることは確かだ。けれどもここに罠がある。お金持ちになれれば幸せになれるというのは、誤った神話だし(2,P72)、物質的な富や経済成長は幸せには影響しないことがポジティブ心理学の科学的研究からわかってきている(1,P62)

 それでは、なぜモノやお金があっても幸せになれないのだろうか。その第一の理由は、人間に「快楽順応」という心理特性があるためだ(1,P62)。モノは購入した瞬間が最も新鮮で、その後は劣化して傷んでいく。そして、買ったモノに、人はたちまち慣れて、それをつまらないものだと感じていく(2,P77)。例えば、広い家を持てればそれは喜びだ。けれどもしばらくすればそれはあたりまえとなって、さらに広い家が欲しくなる(1,P62)。収入が増えてもその喜びやメリットの三分の二はわずか1年しか持たない。おまけに、生活水準が高くなれば、以前のモノでは満足できなくなってしまう(2,P97)。自分が満足できないのは、それを満たせるモノが買えないためではないか。そう考えて、ショッピングモールにでかけたり、新車のディーラーのところに出かけたりする。同レベルの喜びを得るには、ますます多くのモノを購入・所有したいと感じるようになってしまう(2,P97)

 すなわち、人はどんなに美味しい料理を食べていても、時間が経つほど慣れてしまう。同時に、豪華なパーティという強烈なポジティブな体験を一度経験するのと、小さな経験を何度も経験するのを比較すると後者の方が満足できることが判明している(2,P80)。けれども、お金があれば最高のサービスを体験できるが、同時に、このささやかな人生の喜びを味わう能力が減ってしまうのである(2,P72)

人はモノを他人と比較するため幸せになれない

 第二は、人は常に他人との比較で生きていることだ。自分の評価や絶対的な所得よりも他人との比較を気にしてしまう(2,P98)。そして、モノは他人と比較しやすい(2,P78)。例えば、新車を買っても友人がさらに高級なBMWに乗っていれば、新車を買った幸せ感は減り(2,P78)、BMWが欲しくなりいつまでも欲望から抜け出せない(1,P62)

ポジティブが増えてもネガティブが増えると幸せになれない

 第三は、新たなテレビを買うといったポジティブな経験を増やすよりも、ネガティブな経験(借金への不安感)を減らした方が、幸福感が3〜5倍も高いことである(2,P76)。すなわち、お金持ちになっても、あるレベルを超えると、高い地位に就いたことによるストレスや投資に失敗するかもしれない不安によって、ポジティブな効果が相殺されてしまうのである(2,P72)

物質主義の危険性〜経済成長しても人は幸せにはなれない

 物質主義の危険性は、このように幸せ感を減らす。同時に、マネーや名声を追い求めると、人間関係の満足度が低まり、他人を助けたりコミュニティに貢献したい気持ちも減る。このため社会的なつながりや自分の可能性を活かせなくなってしまう(2,P101)

モノよりも経験を大切にする

 それでは、幸せになるためにはどうすればいいのだろうか。第一は、経験を大切にすることである。モノの所有よりも経験の方が人を幸せにすることが明らかになってきている(2,P77)。モノが劣化するのに対して、経験の想い出は時間が経過するにつれてより楽しかったものへと変化していく。

 同時に、モノと違って経験は他人と比較することが難しい。例えば、ビーチで寝そべっていた自分たちのハネムーンを別の観光地にでかけた友人のハネムーンと比較するにはかなりのイメージ力が必要である。すなわち、モノよりも経験を大切にした方が幸せになれることがわかる(2,P78)

ささやかな愉しみの経験の積み重ねを繰り返す

 第二は「快楽順応」を防ぐことである。人はモノには慣れるが、時間が空けば再び喜びを味わう能力が復活することがわかっている。そして、ちょっと贅沢な一杯のコーヒー。ピクニック。DVDの鑑賞。ささやかな楽しみを何度も味わっている人は人生に満足している(2,P80)。幸せの鍵は、どれだけ強く幸せ感を味わったかではなく、どれほどの頻度で感じたかによる。すなわち、小さな喜びを頻繁に味わった方が良いのである(2,P248)

 「節約は美徳」という言葉がある。倹約(thrift)というと惨めやしみったれたイメージが浮かぶが、それは、繁栄(thrive)から産まれた言葉だ。すなわち、限られた資源を適切、かつ、最も効果的に使うことが倹約なのであり(2,P75)、さして重要ではないサービスやモノにマネーを使うよりも、不安の原因である負債を減らした方が幸せになれることを考えれば (2,P76)、ムダな投資をしないことは幸せの面からも意味があるのである(2,P75)

【引用文献】
(1) ソニア・リュボミアスキー『幸せがずっと続く12の行動習慣』(2012)日本実業出版社
(2) ソニア・リュボミアスキー『人生を幸せに変える10の科学的な方法』(2014)日本実業出版社
ソニア教授の写真はこのサイトから
posted by la semilla de la fortuna at 12:00| Comment(0) | 幸せの科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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