幸せになれるテクノロジーがあった
2001年1月。メキシコのカンクンから2時間ほどのリゾート地、アクマルにケン・シェルダン、デイヴィド・シュケイドら、6人ほどの心理学者が集まった(2,P30)。これまでの心理学は、マイナスをゼロにまで引き上げることが重視され、ゼロをプラスにすることは、さほど着目されてこなかった(1,P258)。つまり、この集会が、ポジティブ心理学の大きなひとつの出発点となったのだ(1,P258,2,P30)。
当時、心理学者たちは、次の二つの発見に関心を寄せていた。
@幸せは遺伝するもので生涯を通じてほとんど変化しない
A人はどのようなポジティブな変化に対してもいずれ慣れてしまう
前者については、例えば、一卵性双生児の研究から幸せの50%は遺伝に起因し、生まれつき決まってしまっていることが明らかになっている(2,P33)。後者は「快楽順応」だ。この二つの理論からすれば、人はどうしても幸せになれないことになる。けれども、ソニア・リュボミアスキー教授らは、この見解に納得することなく、実験研究を続けた結果、幸せになれるテクノロジーを見出すことに成功する(2,P31〜32)。つまり、収入や健康や美人であるか、既婚か離婚かといった生活環境や状況の違いが、幸せに及ぼす影響はたった10%でしかなく、残りの40%は日々の意図的な行動によって自分で変えられることがわかってきたのだ(1,P34〜35)。
無理に経済成長しなくても紙と鉛筆だけで人は幸せになれる
マネーがあっても、つまり、状況を変えても10%しか幸せ感に影響しないのであれば、経済成長することでは幸せにはなれない。それでは、幸せになるためには、どうすればいいのだろうか。実は、ノートと鉛筆があるだけでいい。夜空が美しかった、花が咲いたといった些細なことをきちんと付けてみる「感謝日記」だけで幸せになれるというのだ(2,P106)。
実験から判明した「感謝」の健康効果
けれども、こんな簡単なことで本当に幸せになれるのであろうか。ソニア教授らは、あるグループには感謝を記録させ、他のグループには面倒な出来事や問題を記入させるという実験を10週間続けてみた。その結果、感謝グループは人生を楽観的に感じて頭痛や咳、吹き出物がなくなり健康にもなっていた。さらに、他人との絆を感じて安眠もできるようにもなっていた(2,P98)。

なお、トレーニングショーの人気司会者、オプラ・ウィンフリーも感謝日記をつけるというアイデアを提唱しているが、感謝日記は毎日つけるよりは週に2、3回が良いとされている(1,P267)。
感謝は快楽順応を防ぐ
それではなぜ感謝するというシンプルな作法だけで人は幸せになれるのであろうか。ちゃんと心理的な裏づけがある。人にはポジティブなものに慣れてしまう「快楽順応」があり、それがマネーやモノをいくら手にしても幸せになれない大きな要因だと述べた。けれども、感謝をすると「いいこと」があたりまえと思えなくなるため、快楽順応に抵抗できるのである(2,P105)。
感謝すると他人と比較しなくなる
第二は、感謝をすると、他人と比較して他人を羨むことが少なくなることだ(2,P105)。他人との比較も幸せになれない大きなファクターである。世の中には常に自分よりも優れた人がいる。有名人ではなく、友人、同僚、隣人であれ、自分と相手を比べれば比べるほど相手の方が成功していることに気づく機会が増える。そのため、自分は駄目だと後悔することが多くなってしまう(3,P291〜292)。
そこで、ソニア教授は、不幸な人は自分よりも優れた人と比較することによって不幸となり、幸せな人は自分よりも劣った人と自分を比較することによって幸せ感を味わえるのではないかとの仮説をまず立ててみた(2,P133)。けれども、研究から明らかになったのは「たとえ自分よりも惨めな人がいるとわかったとしても、それは自分より良い状態の人がいるという感情の埋め合わせにはならない」ということだった(3,P291〜292)。確かに、不幸な人は同僚の失敗や破滅には安堵する。けれども、同僚の成功には意気消沈してしまう。その一方で、幸せな人は他人の成功に喜び、他人の不幸には心づかいをすることがわかった。そのうえ、幸せな人は、料理等、自分の内面に関心があって、他人との比較することに関心をもっていなかったのである(2,P134)。
感謝にはネガティブ感情を減らす効果がある

そして、感謝には、妬み、敵意、不安、いらだちといったネガティブな感情を中和し解毒するパワーがあるため(2,P96)、感謝する人ほど、落ち込んだり、不安になったり、孤独を感じたり嫉妬したりノイローゼになることが少ないことがわかったのだ(2,P97)。
感謝は、怒り、恨み、貪欲さといったネガティブな感情と相入れず、それらをなくす。トランスパーソナル心理学の第一人者で精神科医ロジャー・ウォルシュ(Roger N. Walsh)カリフォルニア大学教授は「怒りや嫉妬はなくなり、恐れや防御心も減る」と述べている(2,P105)。
感謝は自尊心を高める
感謝の効用はさらにある。多くの人は他人から受けた侮辱や心に傷に目を向けがちである。けれども、感謝することによって、周囲の人からどれだけ大切にされているのかが自覚でき、自尊心や自信が強まる(2,P101)。現状をありがたいと感じることで、ストレスが多い人生経験をポジティブに考え直し、トラウマに対処できる(2,P102)。
今という瞬間を味わって生きる
さらに、感謝をするといまという瞬間から満足感と楽しみを引き出せる(2,P101)。精神的に落ち込んだ人に対して、食事やシャワーや駅まで歩く等、急いですましてきたことを時間をかけて「味わってみる」ように指示した研究がある。この実験の結果、「味わう練習」をした参加者は、驚くほど幸せ度が高まり以前のように落ち込むことが少なくなったのだ(2,P225〜226)。
感謝を研究するロバート・エモンズ(Robert A. Emmons,1958年〜)カリフォルニア大学教授は「生きることへの驚き、ありがたみ、価値を感じることが感謝だ」と主張する(2,P97)。すなわち、物事をあたりまえとは思わず、大切に味わい、いまに価値をおくことが感謝なのである(2,P96)。幸せになるためには、客観的な環境よりも、それに対してどう考えるかの方が重要だったのである(2,P95)。
【引用文献】
(1) バーバラ・フレドリクソン『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』(2010)日本実業出版社
(2) ソニア・リュボミアスキー『幸せがずっと続く12の行動習慣』(2012)日本実業出版社
(3) ソニア・リュボミアスキー『人生を幸せに変える10の科学的な方法』(2014)日本実業出版社
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ホークセマ教授の写真はこのサイトから