2015年06月10日

第4講 贈与の威力

ポジティブな感情にも生物的な根拠がある

04barbara fredrickson.jpg ポジティブ感情が価値あるものだとして認識され研究が始まったのはごく最近のことだ。この認識を改める立役者となったのは、ノースカロライナ大学バーバラ・フレドリクソン(Barbara Lee Fredrickson, 1964年〜) 教授であろう(4,P35)。教授は、喜び、感謝、安らぎ、興味、希望、誇り、愉快、インスピレーション、畏敬をポジティブな感情として、こうした感情が統括されたものが「愛」だと指摘する(1,P86)。それでは、人間にはなぜポジティブな感情があるのだろうか(1,P46,307)。ポジティブな感情は遊び心や創造性を刺激する(1,P46,307)。さらに、楽しい時間を共にすごす家族では長期的な絆が育まれることがわかっている(1,P48)。すなわち、人間が集団として繁栄するために、教授は、ポジティブな感情が自然淘汰によって産み出されたと主張する(1,P307)

ポジティブな人は視野が広がる

 フレドリクソン教授は、ポジティブ感情は、ネガティブ感情を打ち消し、レジリエンスを高め、心理的な幅を広げる、すなわち、ポジティブ感情の「拡張・形成理論」を提唱する(4,P37)。心理的な幅が広がるとはどういうことか。

 まず、ネガティブな感情でいると視野が狭まるが、ポジティブな感情を持つと視野が広がり木や森も見える状態になる(1,P102)。ネガティブな感情でいるとがんじがらめになっているが、心にゆとりが生まれると思考も柔軟となり、一歩引いたところから全体が見られるようになる(1,P304)

ネガティブ感情のゆがみを取り去れば人は周囲や自然と一体化する

 けれども、それだけではない。教授によれば、ポジティブになると、周囲との一体感が湧き(1,P304)、それぞれの瞬間に周囲に心を開いて楽しんでいるという(1,P143)。それでは、なぜポジティブになると人との一体感を抱くのであろうか。

04Art Aron.jpg フレドリクソン教授は、ここで、人間関係の研究者、アート・アーロン(Arthur Aron, 1945年〜)博士の「自己拡張(Self-expansion)理論」を持ち出す。自己拡張理論によれば、恋に落ちた人がウキウキした気分になるのは、自己と他者の輪の重なりが広がり、相手の特性や能力を自分自身のように感じる「自己拡張が急激に起きるためである。この自己拡張理論を逆に見れば、ポジティブな人は自己認識が広がっていて、他者と強い結びつきを感じることになる(1,P112)。ネガティブな感情は視野を狭め、コミュニティのぬくもりから人を遠ざけてしまうが、ポジティブな感情が生れると自分を気にかけてくれる人とのつながりにオープンになれる(1,P170)。すなわち、もともと人間は他者や自然と一体感を感じるようになっているのだが、その自然な感情がネガティブな感情によって覆い隠されていないため、発動されないことになる(1,P122)。

ポジティブになると四つの資源が獲得できる

 瞑想によってネガティブな感情とポジティブな感情とのバランスを是正することができることについてはふれたが、フレドリクソン教授は、瞑想を通じて3カ月前よりもポジティブな感情が増えた人には、以下の四つの変化が産まれたという。

 @精神的資源の増加:現在の状況に深く集中しこれから起きることを楽しみにできる

 A心理的資源の増加:自分自身を受け入れ人生に意味が見出せる

 B社会的資源の増加:信頼に満ちた深い人間関係を築き相手からの支えを感じられる

 C身体的資源の増加:より健康になる(1,P140)

ポジティブな人は成果をあげられる

 ポジティブな楽観主義とネガティブな悲観主義のどちらがいいかと言えば、楽観主義であろう。楽観主義者は困難に直面してもあきらめず努力を続ける一方で、悲観主義者は最悪の事態を予想してはあきらめてしまう。それは仕事にも響く。保険のセールス員を対象に行った調査でも、楽観的な上位10%は下位10%の販売員よりも売り上げが88%も高かったという(4,P56〜57)。また、交渉にしても、一般には冷静(ニュートラル)で意志が強い(ネガティブ)人が陽気な人よりも適していると思わるが、実際には協調性と人なつこさ(ポジティブ)のある人が最も交渉力が高い(1,P107)

 また、ポジティブな人は、成果をあげるにあたっても「何かいいことが起きないか」と受け身で手をこまねいて待っているのではなく「ポジティブな結果を出せるのは自分の努力の結果だ」と考えている。自分に自信を持ち、運命をコントロールできていると感じているため、活力にあふれ、他人からもいっそう好感をもたれるようになっていく(2,P121)

幸せは人間の所属欲求を満たすことでもたらされる

 幸せになるためには、心の底から幸せな人の習慣を真似すればよい。そして、幸せな人は例外なく、家族や友人と仲がよく、親密な人間関係を育むことに成功している。パートナーを深く愛して家族生活に満足しているだけでなく、社会的な交友活動も幅広い。社会的なつながりと幸せはフィードバック関係にある。友人や恋人がいれば人は幸せになれ、幸せな人ほど友人や恋人ができやすい(2,P156)

 実際、幸せになるためには、一日のうち6〜7時間を交流に費やす必要があるという。マーティン・セリグマン(Martin Seligman, 1942年〜)博士らが、222人の大学生のうち、とりわけ、幸せ感を感じている10%を調べた結果、それ以外の学生とたったひとつだけ違いがあることを見出した。すなわち、独りですごす時間が少なく、友人とよい関係を築き、恋人と呼べるパートナーがいて、豊かで充実した社会生活をしていたのである(4,P106〜107)。人生がうまくいっている人は、孤独でいる時間が少なく、他の人と一緒にいることが、さらにポジティブさを高める(1,P276)

 これにも、生物的な根拠がある。協力して狩猟採集をし、食料をわかちあい、敵を撃退する。社会的なつながりを維持したいという動機がなければ、人類は生き延びられなかったであろう。幸せになるために人間関係のつながりが欠かせないのは、それが、安定した対人関係を維持したいという生物としての人間の根源的な「所属要求」が満たされるからなのである。作家ジョン・ダンは所属要求を持つ人間は「一人では生きていけない」と述べる(2,P157〜158)

ポジティブな人は10年も長生きする

 毎日愛情を込めてなでていると動物でもオキシトシンのレベルが高く血圧も低いことがわかっているが、「抱擁(ハグ)」を研究するキャスリーン・ライトによれば、愛情を込めて手を握るだけで、オキシトシン等、健康的な神経ペプチドホルモンの量が多く血圧が低いという(1,P146)

 すなわち、愛は、身体的な化学変化も引き起こす。オキシトシン(成長ホルモン)やプロゲステロンという神経伝達物質のレベルが高まり、生涯の絆、信頼、親密さ等の化学反応が生じる(1,P88)

 ネガティブな思考は細胞を劣化させるが、ポジティブな思考は新たな細胞の成長を促す(1,P125)。ポジティブな人はドーパミンやオピオイド(脳内麻薬物質)が多く放出しており、免疫機能が高まるために風邪もひきにくい(1,P145,4,P95)。さらに、ポジティブな人は寿命も長い。18〜94歳までの対象者を13年トレースした研究から、ポジティブな感情を頻繁に持つ人ほど長寿であることもわかってきた(3,P248)。ノートルダム修道院の修道女180人を対象に調査したところ、幸せを感じていた女性たち上位25%の85歳までの生存率は90%だったが、そうではないグループの生存率は34%であった(4,P4,P96)。また94歳までの存在率は54%だったが、幸福度が下位のグループはわずか11%だった(4,P96)。すなわち、ポジティブな幸福感は平均して9.4年も寿命が長いことがわかるのだ(1,P54,4,P96)

幸せのレジリアンスはコミュニティに織り込まれている

 一方、ストレスにさらされ、トラウマに悩まされたとき、最も良い対処方法は、友人に悩みを打ち明け、問題をわかちあうことである。周囲の人から支援が得られる人たちは、健康で長生きもする。イタリアのサルデーニャ、カリフォルニア州ロマリンダのセブンスデー・アドベンチスト教団、日本の沖縄県は際立って長寿なことで知られる。このコミュニティには共通するものがある。家族のことを第一に考え、社会活動に参加するである(2,P158)。すなわち、ポジティブになると本心から人を助けたいと思う心が外に向かって開かれる。すなわち、レジリアンスは、個人の能力だけでなくコミュニティ内にも織り込まれているのである(1,P169)

 要するにこういうことだ。ポジティブな感情によって、他者との一体感がもたらされれば、困っている人を助けたいという気持ちが産まれる(1,P119)。事実、ポジティブな人は周囲をよく観察はしては自分が人にどう親切にできるかを考えている(1,P268)。そして、誰かの役に立つことをした人は満足して「誇り」を感じ、助けられた人は「感謝」を感じ、それを見た周囲の人も「インスパイア」され、ポジティブな善意は社会に広がっていく(1,P120)

 すなわち、ポジティブな感情が生れると自分だけでなく、友人や家族、コミュニティ、社会全体にまでよい効果をもたらすことが、バーバラ・フレドリクソンらの研究からわかってきた(3,P246)。福音書にあるマタイの言葉「もてる者はさらに与えられ豊かになる」にちなんで、社会学者はこの現象を「マタイ効果」と呼ぶ(3,P247)

人に贈与をすることで人は幸せになれる

 ここで、ポジティブ心理学は驚くべき結論をもたらす。ドイツの哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアーはかつて「同情はすべての道徳の基本だ」と述べた。多くの宗教や哲学も同情や親切が美徳だと考えてきた。例えば、ヒンドゥ教は「本当の幸せは人を幸せにすることにある」と主張する。けれども、こうした格言には本当に信憑性があるのだろうか。

 ソニア・リュボミアスキー教授は、6週間にわたって週毎に5つ親切な行為をするグループとしないグループの比較実験をしてみた。その結果、人に親切にすれば、親切にされた人だけでなく、親切をした人にもいい影響があることがわかった。何の見返りを求めずに親切にしても人は幸せになれることが実験的に確証されたのだ(2,P143)

04Elizabeth Dunn.jpg カナダのブリティッシュ・コロンビア大学のエリザベス・ダン(Elizabeth Dunn)教授らの研究でも、人が幸せを感じられるのは、社会的にマネーを使った場合だけであるという。教授は600人以上の米国人を対象に調査したところ、他人へのプレゼントにマネーを使う程、人は幸せ感を覚えたのである(3,P105)

親切にすれば自尊心と人間の社会的な欲求が満たせる

 それでは、なぜ親切にすると幸せになれるのであろうか。

 第一は、親切にすることで、くよくよするネガティブなマイナス思考や感情を他者に移せることだ。
 第二は、利他的で思いやりのある人間だと自分を見なせ、自分で自分の人生をコントロールしている感覚が産まれることだ。
 第三は、自分の知識や能力が他の人に役立っていることが意識され、人を助けることで、感謝されたい、誰かとつながりたいという人間の基本的な欲求が満たせることだ(2,P148)。人に親切にすれば、自分がどこかに所属していて誰かとつながっていると感じられる(3,P103)。何かを他人に与えれば、自分が思いやりがあり、人の役に立てる価値ある人間だとの自尊心を持てる。すなわち、人に親切にすることが、幸せを持続させる上で最もパワーがある(3,P105)

 第2講では、感謝の威力についてふれたが、感謝する人は、寛大で、あまり物事に執着せず、他人に共感し人を助け、ポジティブな感情を抱くことが知られている(2,P97)。そして、モノに依存せず、他人を助ける傾向がある。感謝は、他人とのつながりをより感じ、人間関係を強固なものとし、社会的な絆を育む助けにもなるのである(2,P104)

 幸せであるためには、社会とのつながりが欠かせない。社会心理学者のバーシャイドは「人類生存にとって最も重要な要素は人間関係だ」と述べる。そして、幸せな人は、人間関係がうまく行っている(2,P142)。すなわち、幸せになるためには、親密な人間関係を育み、ボランティア活動を行うなり、他の人を幸せにするためにマネーや才能を使うことだったのである(3,P108)

【引用文献】
(1) バーバラ・フレドリクソン『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』(2010)日本実業出版社
(2) ソニア・リュボミアスキー『幸せがずっと続く12の行動習慣』(2012)日本実業出版社
(3) ソニア・リュボミアスキー『人生を幸せに変える10の科学的な方法』(2014)日本実業出版社
(4) イローナ・ボニウェル『ポジティブ心理学が1冊でわかる本』(2015)国書刊行会

フレドリクソン教授の画像はこのサイトより
アーロン博士の画像はこのサイトより
エリザベス教授の画像はこのサイトより
posted by la semilla de la fortuna at 12:00| Comment(1) | 幸せの科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この回の話は「反復囚人のジレンマ」を思い出させて興味深いです。
Posted by 金沢の大谷 at 2016年01月27日 21:23
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