このブログ「幸せ探偵」の目指すものは「脱成長」、経済成長至上主義という国家や社会の有り様を、個人レベルの「幸せ」という切り口から捉え直してみようという試みた。そのキーワードのひとつに「フロー」がある。
2015年06月12日「第6講 面白きこともなき世を面白く住みなすものは心なりけり」で書いたように、米国の心理学者ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi, 1934年〜)によれば、「娯楽=快、労働=苦」という図式が崩壊し、仕事そのものが幸せになる可能性があるのであった。
さて、現代ほど、幸せが切実な社会問題となっている時代はない。ローマやベネチアが滅んだのも、その根本原因は、人々が幸せの物語を見失ったからだった(p230)。電通チーム・ハピネスを立ち上げた袖川芳之は警告する。幸せの研究は、社会学、心理学、哲学がベースとなるだけではない。人々の消費ニーズを調査するのがマーケティングだが、経済学とマーケティングをもつなぐ(p228)。今回は、マーケティングや人々の消費動向のシフトから幸せを探してみよう。
1万ドルの所得まではモノを持つことで幸せになれる

それはなぜか。マズローの欲求段階説によれば、幸せになるためには、まず生理的要求が満たされなければならない。そして、飢えや寒さ、病気や重労働といった不快感は、ある程度GDPが増えれば多くの国民が逃れることができる(p23)。
けれども、生理的欲求を満たすことが幸せであるというモデルは、豊かな社会には当てはまらないからだ。このことは、日本のようにすでに豊かになった社会ではGDPがいくら増えても、それが直接幸せにはつながらないことを意味している(p21)。
「モノの所有=幸せ」という物語は高度成長期には成立する
そこで、バウマン教授は「近代社会では、幸せを産み出すと期待される商品を消費することが、幸せの基本である」と述べた(p25)。
幸せを産み出すと期待される商品とは何か。それは、「こうした商品を買えば幸せになるという物語」だ(p27)。「モノを持つこと=幸せ」という物語は、日本だけでなく、欧米やアジア等、どの社会においても、近代の成長期には成立する(p29)。
日本における消費の物語は二段階からなっていた。戦後から1980年までの家族消費の時代とそれ以降のブランド消費の時代である(p29)。
最初の家族消費の物語には三つの特徴がある。
第一は、家族が一緒にテレビを見る、家族でクルマをドライブする、デパートに買い物に行くというように、個人ではなく家族が共同で行う消費であることだ(p30)。
第二は、結婚し、住宅を購入し、家電新製品を買い続け、子どもを学校に入れ、子どもが結婚するのを見届けて死ぬというように、長期にわたる物語であることだ(p30)。
第三は、この物語がCMによって作られていたことだ(p32)。
家族消費の物語は、高度成長期には可能だった。稼ぎ手である男性の収入があがり、幸せを産み出すと期待される商品を買い続けられる期待があったからだ(p30,34)。
高度成長時代に作られた遊園地の象徴が、1952年に開園した千葉の「八津遊園」である。ジェットコースターと観覧車、メリーゴーランドとコーヒーカップを備えていたが、1982年に谷津農園はひっそりと閉園した。幸せな家族の物語がブランド消費の時代へとシフトしたからである(p33)。
家族消費の物語が終わると、ブランドを買い続ければ個人は幸せになれるという新たな物語が主眼となった(p44)。例えば、クリスマスに高級レストランにでかけ、高級ホテルに泊まることが流行し、イブの予約が何カ月も前から埋まるという現象が生じた。これもメディアがそうすれば幸せになれると吹き込み、信じ込ませた幻想にすぎなかった(p47)。それは、結婚して家族の物語をつくるという大きな物語の中で、まだ適切な相手がみつからない段階でのつなぎのてめのプチ幸福でしかなかった(p46)。要するに、人々は、実際にモノを買っていたのではなく、その商品を買うことでもたらすであろう幸せを買っていたと言える(p54)。
脱成長時代にはモノを持つ=幸せモデルは破綻する
労働することでマネーを稼ぎ、幸せをもたらすはずのモノを買い続けるという物語は、GDPが成長し続ける前提のものでのみ可能なものだった(p222)。要するに、経済消費社会の幸せのシステムは経済成長を前提としている。けれども、1990年代半ば以降、ほとんどの人はゼロ成長を迎えている(p55)。今は、就職も難しく、結婚できるかどうかもわからない時代である。将来への不安が高まれば、貧困に陥らないためという消極的幸福に回帰せざるをえないであろう(p49)。幸せをもたらす商品を買い続けること=幸せというモデルはもはや通用しない(p53)。すなわち、モノが買い続けられなくなった状態が、近代社会における貧困と考えることができる(p25)。そこで、モノを買わずに幸せになるのではなく、幸せそのものを直接得ることが必要となってくる。それは、関係性が鍵となる(p57)。
自分とのつながり感を求めるオタク
1980年代には、ファッションであれ、クルマのデザインであれ、高度な感性を持ち、一般人には見えない時代の潮流を見ぬいて、商品やサービスに敏感に反応する消費リーダーがいた。ところが、1990年代以降には、消費リーダーによるブランド消費のトリクルダウンは起こらなくなっていく。これにかわって出現したのが、自分の好きな分野にこだわってとことん踏み込んでいく一方で、関心がいのことにはほとんど金をかけない「オタク」である。自分が好きなことに没頭し、自分が好きな課題を見つけては解決することで手ごたえを得ている点で、オタクは天才がやっていることと同じことをしているとも言える(p125〜126)。
こうした新たな消費行動から見出されてきたのは「つながり」だ。人は自分が何かと「つながっている」ことで幸せを実感する。そして、つながりには二つある。第一は、自分内部とのつながりだ。「はまる」とはまさに自分が気づいてこなかった内部とつながった感覚であり、それが幸せ感をもたらす(p220)。
マネーから解放されることによる幸せ
作家の椎名誠氏は、料理と洗濯を趣味としており、原稿が進まないときの精神的な救いになるという。電通の調査でも家事が好きな若者が増えている。これは、身体感覚を取り戻すものとして家事が新たに着目されているためと言える(p148)。家庭菜園ブームも自分が食べる野菜を育てる手ごたえを感じようとしている現象だと言える(p145)。
こうした「下ごたえ消費」の究極の姿は、マネーから解放された生活であろう。多くの男性が理想とする生活は、誰にも指図されず、自分の畑を持ち、自給自足で田舎暮らしをすることだという。マネーから解放された生活を送るためには、どれだけマネーを使っても良いという一見矛盾したことすら夢見ている人も多い(p154)。自転車で京都の町を走りながら紅葉を見る。道の銀杏を拾って焼いて、近所の人におすそ分けをする。マネーを使わずに得られる幸せはかなり多い(p156)。
手ごたえ消費だけでは人とのつながりが満たせない
とはいえ、手ごたえ消費には限界がある。人はどれほどモノがあふれていても一人きりでは幸せにはなれない。そこで、仕事を通じて身近な他人とつながることでもたらされる幸せ感、ボランティア等で社会と自分とのつながりを作り出すことでもたらされる幸せ感も必要である(p220)。自分を極める物語の消費は、自分の満足感は高める。けれども、はまればはまるほど社会から離れていく疎外感がある。社会とつながりたいという気持ちを満たせない(p164)。
幸せには、自分で自分を承認する「自尊心」と他人から認めてもらい、自分も社会から承認される「相互承認」が欠かせない。そうなることで社会の中に自分の居場所が感じられる。けれども、手ごたえ消費のように自己を極める物語だけでは、社会の中での「居場所」が得られない(p184〜185)。
自由になった個人はむき出しの個人としての自立を求められる
家族モデル・システムが支えてきた幸せは、ゆるやかではあるが数十年かけて崩壊している(p232)。かつては、家族、会社、地域社会の中に人々は役割を持っていた。しかし、こうした役割に縛られることを嫌い、役割からの「解放」を目指した結果、安定した役割を人々は失ってしまった。役割というシールドを引きはがされ、むき出しの個人として、自分が何者なのか、自分がどのような能力があるのか、絶えず周囲を説得しなければならない高度なコミュニケーション能力を求められるようになってしまったのである。それは、何のトレーニングも受けていない人々にとってはきつい作業だ(p186)。
贈与としての消費
伝統的なつながりは失われていく。さりとて、孤独は耐えられない。こうした中で、出現してきた新たな動きが、前近代社会の伝統的なつながりとは異なり、自分から選んだつながりを育むために(P222)、相手に喜んでもらうためのプレゼントという消費行動である。プレゼントに価値があるのは、相手を幸せにできる自分を実感できることで「自尊心」が満たされると同時に、贈った相手が感謝してくれれば、相手の中に自分の居場所を作るという「承認」を手にいれられるからだ(p193)。
もちろん、自分のための消費がなくなるわけではない。けれども、コミュニケーション能力とは、相手が何を喜ぶのかを知っている能力であるとも言える。「贈与」のための消費は、さらに満足度が高い(p194)。
仕事としての幸せ

電通ハピネスが行った調査によれば、最もうらやましいと思える人は、マネーを持っている人をはるかにしのぎ、夢を持っている人であった(p76)。ただし、将来ビックなミュージシャンになるといったあてのない夢ではなく、自分がますます周囲の人から必要とされている人間となるという夢であった。とはいえ、人々から必要とされるという人間関係は何もないところから自然に発生したり維持できるものではない。人間関係が続くためには、互いを必要としあう場が不可欠だし、仕事はその恰好の舞台となる(p213)。
近代経済学は「効用=幸せ」、「労働=苦痛」と考えてきた(p25)。仕事は我慢しなければならない辛いもので、余暇時間が長いほど幸せだと想定してきた(p212)。確かに、従来の図式では、仕事は生活のための労働だった。さらに、幸せもたらすと信じられる「モノ」を売ることが企業の目的だった。けれども、これからは人々が幸せになることを直接サポートすることで利益を得るようになるであろう(p62)。マネーからの解放を願う人がますます増えていくにつれ、仕事の意味も、楽しむために行い、結果として収入が伴うものへと変化していくであろう(p208)。
自分の裁量で仕事ができ、作業そのものが楽しく「時間密度」が高く、熟練することでスキルが高まり、楽しんだうえで人から評価されれば、それは幸せそのものとなる(p197)。マルクスは、仕事からも幸せが得られるべきだと主張してきた。社会主義国家のイデオロギーとしてではなく、社会哲学者としてのマルクスの主張に耳を傾ければ(p212)、それは「フローな仕事=幸せ」と考えるミハイの主張と変らなかったのである。
【引用文献】
山田昌弘+電通チームハピネス『幸福の方程式』(2009)ディスカバー新書
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