はじめに
このブログ「幸せ探偵」は、経済成長に依拠しない国家や社会の有り様を個人レベルの「幸せ」という切り口から捉え直してみたいと思っている。第17講では、八木啓代氏の「ラテンの生き方」を紹介してみた。キューバが医療大国であることは八木氏の著作にも書かれているが、カーニバル評論家の白根全氏によるとキューバの自殺率は中南米では意外に高く、方や世界最貧国とされるハイチの自殺率はほぼ皆無なのだという。
自殺を不幸の指標と考えれば、幸せは国家の経済状況や社会制度と無関係なこととなり、格差ゼロの理想社会を築こうとしたフィデル・カストロの努力は空しいこととなる。
それはともかく、ラテンの南の陽気が人間を陽気にすることは間違いあるまい。事実、1985年、ウィスコンシン大学医学部の解剖学准教授という終身在職権を落ち込んで止めることとなり、カリブ海に浮かぶ島、モンセラット島にある医科大学で教鞭をとり始め、島のジャングルや珊瑚礁の生物たちを見ているうちに、「生命は遺伝子に支配されているのではない」というインスピレーションを受けてしまった生物学者がいる(p12〜13,p34)。今回は、生物学のアプローチから「幸せ論」に一石を投じたブルース・リプトン博士の著作を内容を紹介してみよう。
DNAや遺伝子は生命をコントロールする脳ではなく生殖器

そもそも細胞は遺伝子がなければ分裂できない。そして、細胞内のタンパク質は細胞活動によって劣化していく。核を除外したからといって細胞は遺伝子がないから壊れたタンパク質を補充できない。だから、その細胞は最終的には死ぬ。けれども、その細胞が死ぬのは脳を失ったからではなく、再生産能力を失ったからだ。このことは、核が細胞の脳ではなく、細胞の生殖腺であることを意味している(p106〜107)。
細胞膜こそが細胞の「脳」である
バクテリア等の原核生物は最も原始的な生物だ。原核細胞には核やミトコンドリアのような細胞小器官すらない。けれども、食料を摂取消化し、呼吸し、老廃物の排出も行っていく。食料がある地点まで移動し、毒や捕食者が存在すれば逃げようとする「知性」すら持つ。とすれば、原核生物の「脳」の候補は、細胞膜だとしか考えられないではないか(p122)。
細胞膜は、親水性のリン酸からなる「リン脂質」の頭部に疎水性の脂質部分「リン脂質脚部」がはされまれた半透過性の三層からなっている(p129)。20種類のアミノ酸には親水性(極性)のものと疎水性(非極性)のものがある。そして、タンパク質はアミノ酸が数珠つなぎになってできている。このため、タンパク質の分子で、疎水性のアミノ酸がつながっている部分は、安定性を求めて脂溶性の膜の中央部に埋まり込む。これを「内在性膜タンパク質(IMP=Integral Membrane Proteins)」と呼ぶ。内在性膜タンパク質は、働きによって「レセプタータンパク質」と「エフェクタータンパク質」にわかれる(p130)。
ヒスタミンレセプターはヒスタミン分子と、インスリンレセプターはインスリン分子と結合する。このため、レセプタータンパク質は、眼や耳等、細胞の感覚器として働く(p132)。一方、細胞はレセプターから受け取った情報に反応し、働くのがエフェクタータンパク質である(p133)。
核とは違って細胞膜を破壊すると細胞は死ぬ。また、膜をそのままにしておいて、消化酵素を用いて「レセプタータンパク質」だけを破壊すると細胞は、昏睡状態のいわば「脳死状態」に陥って、環境からの情報を受け取れず活動ができなくなる。同じく、「エフェクタータンパク質」の形が変えないようにしても細胞は昏睡状態に陥る(p138)。要するに、環境から刺激を受け取り、細胞が生命を維持するための適切な反応を引き起こすのは細胞膜である(p205)。要するに、細胞膜が細胞の「脳」と言えるのだ(p120,p205)。
エフェクタータンパク質が細胞をコントロールしている
遺伝子を超えたコントロールという意味での(p108)「エピジェネティクス」という新たな分野の進展によって、染色体内に存在するタンパク質の役割が着目されるようになったように、「内在性膜タンパク質」の働きを研究する「シグナル伝達」という新たな分野が誕生したことによって、細胞膜が重視されるようになった(p134)。
前述したように染色体中のDNAに調節タンパク質が結合するとDNAにカバーがかぶさるようなもので、DNAの読み取りが制約を受ける。そして、この調節タンパク質がDNAに結合するかどうかの信号を出しているのは「内在性膜タンパク質」である。要するに、実際にコントロールしているのはDNAではなく、エフェクタータンパク質なのである(p136)。このことから、細胞レベルでの「知性」のメカニズムは、内在性膜タンパク質のレセプタータンパク質とエフェクタータンパク質から構成されていることがわかる(p206)。
単細胞生物はシグナル分子を用いて多細胞化した
多細胞生物は以前に考えられていたよりもはるかに少ない遺伝子しか持っていない。ヒトゲノム計画が始まる前はヒトの遺伝子は10万個以上あると考えられていたが、実際に解読が終わってみると2万数千個の遺伝子しかないことが判明した(p170)。一方、原始的なセンチュウは969個の細胞から構成され、脳の細胞はたった302個しかないが、2万4000個もの遺伝子を持つ。約50兆個の細胞からなるヒトの遺伝子は、センチュウよりも1500個多いだけにすぎないのだ。そして、ショウジョウバエにいたっては1万5000個とセンチュウよりも9000個も少ない(p103〜104)。このことも、遺伝子がさして重要ではないことを思わせる。
単細胞生物が多細胞生物となったのはわずか7億年前のことだが(p208)、単細胞生物が多細胞生物という共同体を作り上げたのも、環境中のシグナル分子の働きによる。単細胞の粘菌アメーバは通常は単独で食料をあさっているが、環境中の食料が不足すると代謝副産物であるサイクリックAMP(cAMP)を外部に放出し、それが環境に蓄積していく。このcAMPがシグナル分子としてcAMP細胞膜表面のレセプターに結合するとアメーバ―は集合して多細胞となり、生殖を行う。cAMPは進化史では最も古くから用いられてきた分子である(p207)。
サイトカイニン、神経ペプチド等の人間の体内で働くシグナル分子も以前には複雑な多細胞生物の誕生とともに出現したと考えられてきたが、最近の研究からは、原始的な単細胞生物がすでに人間と同じシグナル分子を用いていたことがわかっている(p208)。
ヒトの身体は同一のタンパク質を使いまわす複雑系だ
従来の医学では、ある医薬品になぜ副作用が生じるのかよく説明できなかった。けれども、2004年、細胞内で働くタンパク質の相互作用のマップが作成される。このことから、体内でうまく機能していないあるタンパク質を調整しようとして薬剤を服用すると、ターゲットとなるタンパク質だけでなく、それ以外の多くのタンパク質に相互作用を引き起こすことがわかった(p167〜169)。すなわち、同一の遺伝子産物、タンパク質が様々な場面で使い回しすることで複雑な体を維持している(p170)。
心とは多細胞間の化学伝達物質である
さて、単細胞生物は、細胞膜を取り囲むごく近場の環境情報を「肌」で得ることができる。けれども、多細胞生物は、生物個体の外側で何が起きているのかを認識できない。このためその情報をキャッチするため、神経ネットワークや脳を発達させた(p209)。
さらに高等な生物は脳内部でも特殊化を進めた。そのひとつが大脳辺縁系だ。神経系は化学物質のシグナルを放出することによってすべての細胞が「感情」として経験できるようにしたのである。この細胞間の連絡に用いられる化学物質のシグナルが「情動」だ。
キャンディ・パート(Candace Pert)は『化学物質が情動をつくる』で、ほとんどの細胞にニューロン性のレセプターが存在することを明らかにしている。パートの実験から、感情が脳内に留まるだけではなく、シグナル分子として身体全体に分配されることが明らかになった。同時に、自ら「意識」することで、脳は「感情をつくる化学物質」を生成していることもわかった。このことは、意識によって身体を健康にもできるし、病気にもできることを意味している(p210〜211)。
心からの指令は身体よりも優先される
漆にかぶれると手が腫れてかゆみが続くのはヒスタミンが放出されるからである。ヒスタミンは、身体が緊急警報として局所的に放出するシグナル分子である。けれども、ヒスタミン分子に反応するレセプターにはH1とH2の二種類がある。H1レセプターは、毒物を培地に加えたように防御反応を始める。漆のアレルゲンに炎症反応を起こす。けれども、同時に脳内の血管では、H2 レセプターが反応し、ニューロンへの栄養分を増やし、ニューロンの成長を促す(p171,217)。
アドレナリンに反応するレセプターも二種類があり、アルファレセプターは防御反応を引き起こし、ベータレセプターは増殖反応を起こす。それでは、培地にヒスタミンとアドレナリンの両方を加えたらどうなるのであろうか。アドレナリンの方が優先され、ヒスタミンの効果を打ち消した。この細胞レベルでの実験は、中枢神経系が送り出すアドレナリンのような指令が、局所的なシグナルであるヒスタミンのような指令よりも優先され、身体システムでは心(中枢神経系)からの指令が肉体よりも優先されることを意味している(p218)。
人の健康は心で左右される〜プラシーボ効果とノーシーボ効果
1952年、イギリスの医師、アルバート・メイソンは先天性魚鱗癬という遺伝病を催眠療法で治療することに成功した(p196)。医学の歴史を見渡せば、瀉血、砒素を用いた治療、万能薬としてのガラガラヘビの油等、有効な治療がなされていなかったことがほとんどであることがわかる。おそらく、患者の三分の一はプラシーボ効果によって改善したのであろう(p222)。喘息やパーキンソン病、鬱病にもプラシーボ効果があることがわかっている(p224)。
一方、ネガティブな思考が病気を引き起こす「ノーシーボ効果」もある。2003年に放映された番組『プラシーボ―心は薬よりも力がある』には、医師クリフトン・ミーダーが1974年にサム・ロンドを診察した結果が紹介されている。ロンドは食道癌を患いあとは死を待つばかりだと診断され、実際に診断後数週間で亡くなったのだが、解剖後に食道癌がまったくみあたらなかったのである(p228〜229)。
ストレスによる防衛反応が病気を起こす
ひとつひとつの細胞を観察していると深く考えさせられることが多い。例えば、ヒト血管内皮細胞は、培地に有害物質を入れると「毒」から逃げ出し、養分を与えると引き寄せられた。このように、生物の反応は大きくは、有害物質から離れる「防衛反応」と養分に向かっていく「成長・増殖反応」に大別できる。ただし、重要なことは両反応が同時に発動はできないことだ(p235)。
多細胞生物も数多くの細胞からなる共同体で、「成長・増殖反応」と「防衛反応」が行われているが、それは、神経系が環境からのシグナルをモニターすることによってコントロールされている。
環境に脅威がキャッチされなければ、視床下部・脳下垂体・副腎が連携して働くHPA(Hypothalamus Pituitary-Adrenal Axis)系は作動せず、体内では成長・増殖活動が行われる。けれども、脅威が知覚されると、レセプタータンパク質と同じように視床下部がHPA系を発動させる。副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)を放出し、これが脳下垂体に届く。「内分泌線」の総元締めである脳下垂体は、エフェクタータンパク質と同じように体の各種機関の活動を促進させる。CRFは脳下垂体の特定のホルモン分泌細胞を刺激し、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が血液中に分泌される。ACTHが副腎に届くと、副腎からは、闘争や逃走反応を引き起こす副腎皮質ホルモンが分泌される(p238〜239)。
同じように、危険から逃げ出すためには四肢の力が必要である。そこで、内臓に集中していた血液が四肢に送られ、内臓の活動が低下する(p240)。アドレナリン等のストレスホルモンが分泌され続けると、成長・増殖のプロセスを阻害するのはそのためである(p244)。
身体に備わっているもうひとつの防衛システムは免疫系である。免疫系も発動されるとかなりのエネルギーが消費される。HPAシステムが発動され分泌される副腎皮質ホルモンは免疫系の活動も抑制してエネルギーを確保しようとする(p240)。
鬱病もストレスによる海馬の活動低下が原因
大脳の情報処理スピードは延髄等、反射的な反応をコントールする脳よりもかなり遅い。緊急時には情報処理スピードが速いほど生存率が高まる。このため副腎のストレスホルモンは大脳の血管を収縮させ機能を抑制する。さらに、自発活動を司る前頭葉の活動も抑える。このため、HPA系が活性化されると意識が低下して思考力が低下し、頭もうまく働くなる(p242)。
従来、鬱病は脳内のモノアミン、とりわけ、セロトニンの生産が疎外されることで生じるとされてきた。しかし、2003年のサイエンスに掲載された研究結果は、このセロトニン仮説に反するものであった。鬱病患者は、海馬の細胞分裂が抑制されている。けれども、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)タイプの抗鬱剤、プロザックやゾロフトを投与しはじめると、海馬の細胞の分裂が再開し、それと時期を同じくして患者の気分は変化する(p245)。慢性鬱病患者は海馬と前頭葉が物理的に委縮している。このため、HPA系が働き過ぎ、ストレスホルモンによるニューロンの成長・増殖疎外が鬱病の原因ではないかと考えられている(p246)。
本能の潜在意識は意識の数百万倍も強力
けれども、ポジティブな思考だけで病気が治療できるというのは誤りである。ポジティブ思考が見落としているのは、潜在意識が意識の数百万倍も強力なことである。癌がどんどん小さくなっているとか、自分が魅力的だということを繰り返し自分に言い聞かせることはできる。けれども、どれだけ、意識的に人生を変えようとしても、「お前はつまらない人間だ」というメッセージが潜在意識に刷り込まれていれば、その潜在意識が帳消しにしてしまうのである(p203〜204)。
意識が1秒に40もの刺激しか扱えないのに対して、潜在意識は2000万もの環境刺激を処理することが可能である(p271)。潜在意識内のプログラムは特定の刺激に対して特定の反応を起こすための行動プログラムである。風が吹けば目を閉じ、膝の下を叩けば足があがるのもそのためである。潜在意識には感情はない。そして、動物の脳機能は、チンパンジーやクジラやイルカ、人間等、意識が進化するまでは潜在意識によるものだけであった(p269〜270)。蛾は光に向かって飛び、ウミガメは適切な時期に浜で産卵する。こうした能力は本能と呼ばれるが(p261)、意識は「手動」でコントロールされるのに対して潜在意識による「自動操縦」なのである(p271)。そして、意識は過去の経験を見直すことができるし、未来への空想にふけることもできるが、潜在意識は常にいまの瞬間で作動している(p274)。
子どもの脳は低周波で潜在意識が作られやすい
リーマ・レイバウ博士の『脳波の定量とニューロフィードバック』によれば、生誕から2歳までの子どもの脳は、主に0.5〜4ヘルツの低周波のデルタ波が優位である。2〜6歳では4〜8ヘルツのシータ波が増える(p265)。そして、歳を取るにつれて、8〜12ヘルツのアルファ波が増え、外部からのプログラミングの影響を受けにくくなる。12歳ごろからは、12〜35ヘルツのベータ波が持続的にあらわれ始める。さらに、飛行機が着陸態勢に入るときのパイロットやプロのテニス選手では、さらに高い35ヘルツ以上のガンマ波もみられる(p268)。
アルファ波はリラックスした覚醒状態で現れる脳波だが(p268)、催眠療法では脳波をデータ波からシータ波に落とす。低周波数の脳波がでると暗示を受けやすくなる。そして、 この低周波の状態にある脳波は、取り巻く環境の情報を信じられないほど大量に取り込むことができる。子どもが親が提供する情報を潜在意識に記憶していくのはこの力による(p265)。京都大学霊長類研究所の研究によれば、チンパンジーの子どもも母親を観察するだけで学習することができるが、人間も同じで、基本的な行動や信念は両親を観察することを通じて潜在意識に組み込まれていく(p266)。
「おまえなんか何の価値もない」「生まれてこなければよかった」というネガティブなメッセージは絶対的な「真実」として子どもの脳にダウロードされてしまう(p267)。
超常現象は細胞がエネルギー波にも反応すると考えれば説明できる
灼熱の石炭の上を火傷ひとつ負わずに素足で渡る能力、心霊現象等は、ニュートン物理学の世界観では説明が不可能である。自然治癒、鍼灸、カイロプラスティック、マッサージ療法等で病気が治癒することも理解できない(p159)。
1960年にノーベル賞の受賞学者、アルバート・セント=ジェルジ(Szent-Gyoregyi)は『分子生物学入門〜電子レベルからみた生物学』を出版している。この重要性は認識されていない(p177)。レセプターは分子に反応するだけではない。光、音、ラジオ波等、振動エネルギーに共鳴して「音叉」のように振動する「エネルギーレセプター」もある。エネルギーレセプターは、振動によってレセプタータンパク質の電荷が変化して形態が変化する。すなわち、細胞は物質分子だけに影響されるという考え方は時代遅れである(p133)。さらに、1974年に、オックスフォード大学の物理学者、C・W・F・マックレア(McClare)は、生体システムの情報転送の効率をエネルギー・シグナルと化学シグナルのそれぞれの場合で計算して比較した。その結果、ホルモンや神経伝達物質による場合よりも、電磁周波数の伝達が100倍も効率が良いことを明らかにした(p179)。
要するに、人間を含めて、すべての生物はエネルギー場を認識することでも環境から情報を読み取っている。オーストラリアのアボリジニは砂の奥底に埋まる水脈を感じ取れるし、アマゾンのシャーマンも薬用植物とエネルギーを用いてコミュニケーションが取れる(p191)。そして、思考を含めた目に見えない力によっても影響される(p133)。
個人の意識は死後も空間に波として保存される
1980年のイギリスの神経科学者ジョン・ローバー博士による論文は、脳と知性の関係に疑問を投げかける。ローバー博士は水頭症の症例を多数研究してきた。その中で知能指数126がシェフィールド大学で数学を首席と取った学生が登場する。けれども脳をスキャンしてみると頭蓋は脳脊髄液でいっぱいで事実上大脳がなかったのである(p263)。
それでは、個人の意識はどこにあるのだろうか。一人ひとりの生物的なアイデンティティは、一人ひとり異なる細胞表面のタンパク質レセプターによって定まっている。ただし、各個人にアイデンティティを与えているのは、タンパク質のレセプターではなく、細胞膜の外表面に位置して「アンテナ」のように作用して、アイデンテティのレセプターが「読み取る」細胞内ではなく細胞外の環境からもたらされる「自己」のシグナルである(p310〜311)。
人間の身体をテレビに例えれば、あなたは画面に映っているイメージである。けれども、あなたはテレビの内部にはなく、環境からアンテナが受信した「放送」である。あなたというアンデンティティの「放送」は、空中に存在しているため、テレビが壊れたとしても、新たなテレビを買ってくれば、再び出現する。
ニュートン物理学の世界観に捉われているために、細胞にあるタンパク質レセプターが「自己」であると考えがちである。けれども、わたしというアンデンティティは、身体があろうがなかろうが環境内に存在している。テレビの事例のように、たとえ、肉体が死んだとしても、放送は存在している。
このことを示唆するのが、移植後に行動や心理が変化したと語る患者がいることである。例えば、クレア・シルヴィアは著者『記憶する心臓―ある心臓移植患者の手記』で、オートバイに熱中し、ビールとチキンナゲットが好物であった18歳の若者の心臓を提供されたのち、保守的な性格が変わり、オートバイとビールとチキンナゲットを好むようになったと語る。ポール・ピアソールも『心臓の暗号』で同様の事例を数多くあげている(p311〜312)。つまり、あなたも私も環境にある魂(スピリット)から除法を得ている。そして、この世で経験した事柄は、魂に送り返される。このような相互作用は「カルマ」の考え方と一致する(p315)。先住民文化では、岩や空気にも、眼に見えないエネルギーが息吹いていると考えてきたが、最新の科学の世界観は、すべての物質に魂があると考えてきたこの先住民の世界観に似てきているのである(p302)。
【引用文献】
ブルース・リプトン『思考のすごい力』(2009)PHP研究所
リプトン博士の画像はこのサイトから