2015年07月28日

第30講 ネガティブ感情と免疫系

感情と病気にはつながりがある

いつも怒っている人は病気で死にやすい

30Redford Williams.jpg 平静、楽観、自信、歓び、思いやりといったポジティブな感情もあるがある一方で、怒り、憎しみ、憂鬱、悲しみ、自己憐憫、罪悪感、絶望といったネガティブな感情がある(2p49)。この、ネガティブな感情が健康に悪影響を及ぼすことはかなりよく知られている(2p61)

 例えば、ノースカロライナ大学のジョン・ベアフット(John Barefoot)博士が心臓病の兆候がある人を対象に調べたところ、始終怒っている人は重度の動脈閉塞となりがちで、怒らない人ほど閉塞が少ないことがわかった(1p261,2p50)

 デューク大学のレッドフォード・ウィリアムズ(Redford Williams)教授が25年前に憎しみのレベルを調べた2000人の工場労働者を追跡調査してみたところ、怒りのレベルが低い人の死亡率は20%以下だったが、高いグループでは30%が癌や心臓病他の病気で死んでいた(2p51)。ウィリアムズ博士が1950年代に調べた医学生のグループでも憎しみのレベルが高い医学生が55歳時点での死亡率が7倍も高かった(1p261,2p51)。怒りは攻撃的な男性ホルモン、テストステロンが関係するのだが(2p52)、こうした事実は、いつも怒っている人は死ぬ確率が高まることを意味している(2p51)

ネガティブな感情は病気を起こす

 1940年代にはじまった研究で、ハーバード大学の学生に人生の出来事を書かせ、それをもとにポジティブとネガティブにわける研究をおこなったところ、約30年後にはネガティブなグループの方が健康問題を多く抱えていた(2p57)。乳癌手術を受けた患者36人を調べたところ、7年後には24人が癌が再発して死亡していたが、人生に喜びを見出している人は再発していなかった事例もある(2p61)

 30howard Friedman.jpg感情と健康の関係を調べた100以上の研究データをカリフォルニア大学アーヴィン校のハワード・フリードマン(Howard S. Friedman)特別教授が調べたところ、怒りっぽく、悲観的で心配性の人は、慢性頭痛、喘息、胃潰瘍、心臓病、関節炎等の病気にかかるリスクが倍以上あることがわかっている(2p55)

友達が多い人ほど健康である

 また、カリフォルニア大学の研究グループが友人の数を調べ、地域社会との参加のつながりを調べ、9年後に再確認したところ、友人が少ない人の死亡率は多い人の倍であった。このように、社会的なつながりが死亡率と関係していることはそれ以外の数多くの研究でも立証されている(2p59)

免疫と心のつながり

「抗体」は非自己と反応すると考えられてきた

30Paul Ehrlich.jpg さて、免疫学の創始者であるドイツの細菌学者・生化学者、パウル・エールリッヒ(Paul Ehrlich, 1854〜1915年)は、自己に対して反応する抗体を作ることは生命にとっては恐怖であり避けなければならないとして「自己中毒の恐怖」という名言を残した(2p74)。すなわち、古典的な免疫学では「抗体」は非自己である異物と反応するため、抗体が自分の身体と反応するとは考えてこなかった(2p73)

免疫系には身体を認知する能力もある

 30Niels Jerne.jpgけれども、1970年代の初期にデンマークの免疫学者、ニールス・イェルネ(Niels Jerne, 1911〜1994年)博士は、身体のすべての分子に結合できるT細胞が存在するという新たな免疫学ネットワーク説を提唱する(2p73)。免疫系細胞のリンパ球の大半は、骨髄(Bone Marrow)で作られることからB細胞と呼ばれる。一方、数は少ないがB細胞を統率する細胞もある。これは、胸線(Thymus)で作られるためT細胞と呼ばれている(2p67)

 パストゥール研究所のアントニオ・コウティーニュらのグループは、危険な抗原にさらされる危険性がまったくない環境でマウスを飼育した。もし、防衛反応を行うためだけに免疫系が存在するのであれば、そのマウスには防衛システムがないはずである。もし、免疫系に身体の認知能力(自己意識)としての働きもあると考えれば、抗原にさらされないマウスにも通常の免疫系があるはずである。実験結果は、一目瞭然で、抗原にさらされないマウスもふつうのマウスも免疫系には違いが認められなかった(2p73)

第二の脳である免疫系があらゆる分子と結合することで身体の統一性は保たれている

 アメーバのような単細胞動物にさえ原始的な認知能力があり、神経系のある動物はなんらかの認知能力を兼ね備えている(2p264)。そして、このB細胞やT細胞にも低レベルの認知力がある(2p264)。現実の身体では、すべての分子と結合する抗体が存在し、この相互作用を通じて全体的な秩序が保たれている(2p74)。すなわち、B細胞やT細胞がたえず動き回り、あらゆる分子と結合や離合を繰り返していることから、細胞や組織は自己の身体のアイデンティティを持てている(2p72)。神経系が、記憶や思考、性格等の自己意識を産み出すのと、まったく同じように、免疫系も身体の自己意識を産み出している(2p70,2p78)

26Francisco Varela.jpg このため、免疫系が破壊されると自己の全体性を認識できないために、エリテマトーデス病(免疫系が自己の一部を攻撃する自己免疫疾患)のように身体は統一性を失って自己崩壊を始めてしまう(2p84, 2p87)。このことから、フランシスコ・ヴァレラ(Francisco Varela Garcia, 1946〜2001年)博士は免疫系は第二の脳ともいえると主張する(2p67)

神経系と免疫系のつながり=神経系と免疫系には類似性がある

 神経系と免疫系とのかかわりを研究する「精神神経免疫学」の歴史はまだ浅いとはいえ(2p66)、両者が深く関わっていることはわかりつつある(1p255)

 第一は、神経系に抹消神経や中枢神経系があるように、免疫系にも抹消免疫系と中枢免疫系があることである(2p75)。正常な免疫系では、同じ抗体を持つB細胞が20〜30個でグループを作り、約1億ものグループが循環している。しかし、B細胞の平均寿命は1〜2日でしかなく、1〜2週間でリンパ球はすべて入れ替わっている。また、B細胞のふだんの抗体の生産数は数十だが、成熟すると突然に性質が変わり、一時間に約2000個もの抗体を生産する工場になる(2p69)。すなわち、抹消免疫系のリンパ球は未熟でレセプターが少ないが、中枢免疫系を構成するリンパ球は表面に多くのレセプターを持つ成熟細胞なのである(2p75)

神経系と免疫系のつながり=神経系の発達不全が「失読症」・免疫系の発達不全が「自己免疫疾患」

 「自己免疫疾患」とは、自分の身体の一部を誤って異物と見なして、それに対して免疫反応を引き起こしてしまうという病気である。例えば、重症筋無力症では、免疫系が筋肉と神経とのシナプスを攻撃して、筋肉を収縮させる化学物質に対して反応する筋肉細胞のレセプターを破壊するために運動障害を引き起こす。そして、この自己免疫疾患は、「失読症」の子どももあわせ持つ(2p76)。このことから、胎児が発生する過程で性腺刺激ホルモンのコルチコステロイドのわずかなアンバランスによって、神経系の形成が不完全になると失読症となり、免疫系を形成不全にすると自己免疫疾患になるとされている(2p76,2p81)

神経系は免疫系にも影響を及ぼす

30Robert Ader.jpg 脳や中枢神経系と免疫システムとはまったく別々のものであって互いに影響しあうことはない。以前には誰もがそう考えていた(1p256)。この常識を覆したのが、ロチェスター大学医科歯科学部の心理学者、ロバート・エイダー(Robert Ader, 1932〜2011年)教授である。教授は、1974年に脳と同じように免疫系にも学習能力があることを発見する(1p255)。教授はパブロフの犬の条件づけの実験を免疫学にも適用し(2p75)、ラットに砂糖水を与えると同時に、免疫反応を抑える化学物質を注射することを繰り返してみた。すると、薬を注射しなくても砂糖水だけでラットは免疫反応を抑制したのである。これは、砂糖水をラットが味わうという認知的な知覚が免疫系にも影響を及ぼしていることに他ならない(2p76)

免疫系と神経系の対話力を高めることで自己免疫疾患が直る

 前述した「自己免疫疾患」とは、あるグループが社会とコミュニケーションできないよそ者になってしまようなものである。前述した古典的な免疫学に基づく医学では自己免疫疾患に対処できない。しかし、コミュニケーションが問題の原因であるならば、反社会集団との新たな対話を始めるやり方を考え、社会復帰させてやればよい。実際、重症の筋無力症のマウスで、免疫系と筋肉細胞のレセプターの連携を強めるB細胞と抗体を投与したところ、マウスの90%が回復したのである(2p85)

神経系から免疫系への対話がなくなると細菌に対する免疫力が失われる

 30David Fpic felten.jpgさらに、エイダー博士の同僚、デイヴィッド・フェルトン(David L. Felten)博士は電子顕微鏡を用いて、自律神経系の末端が免疫系の細胞、リンパ球やマクロファージと直接接触する結合部分から神経伝達物質が放出されていることを見出す。これまで、免疫細胞から神経系に対して働きかけがなされているなどは誰も考えていなかった。さらに、神経系の末端を切除すると、ウイルスやバクテリアの侵入に対して免疫系が適切に反応できなくなることがわかった(1p257)

 自律神経系は、骨髄もコントロールし、T細胞の種類や数を制御し免疫系に変化をもたらし、その変化が脳に変化を起こす伝達物質を起こすことがわかってきた。また、あるリンパ球は脳が作る鎮痛剤であるベータ・エンドルフィンと呼ばれるホルモンを生産していることもわかってきた(2p77)

ポジティブ感情は免疫系を活性化させる

30David McClelland.jpg リラックスしているときには、皮膚の毛細血管が拡張し身体全体の皮膚に血液が送られる(2p120)。ハーバード大学の研究グループが喜劇映画を観ている人々を測定したところ、ストレスや恐怖に反応して分泌され、免疫系を弱めるホルモン、コルチゾールの量が減り、ナチュラルキラー細胞数が増えていた(2p60)。すなわち、笑いは健康に影響を与える(2p61)。また、ハーバード大学のデービッド・マクレランド(David Clarence McClelland, 1917〜1998年)博士は、マザー・テレサの映画とドイツのナチスの映画を別グループに見せる実験を行ったところ、マザー・テレサの映画を観たグループのT細胞数は増えていた。さらに、これまでに出会った親切な人を思い浮かべる瞑想を行うとさらにT細胞は増えていた。思いやりの感情が免疫系を強化する一つの示唆となろう(2p61)

 また、孤独感が強い学生はナチュラルキラー細胞が少なく、乳癌の患者の実験では社交的な患者はナチュラルキラー細胞が30%多いことが判明している(2p59)

ストレスとは闘争・逃走メカニズムを引き起こす反応で免疫機構を低下させる

 病気は、遺伝的な生物的な要因とストレスに起因する要因から引き起こされる(2p118)。ストレス反応とは、危機的な刺激に対して、ホルモンを大量に分泌させ、闘争・逃走のメカニズムを緊急的に発動させる精神・身体的な反応である(2p116)。恐怖の警報が鳴り響くと、必要なホルモンの分泌が命じられ、心臓血管系や消化管、筋肉の動きが活発化する(1p39)。自律神経系の働きによって、筋肉は緊張し、心拍数が増え、皮膚血管は収縮し、筋肉と脳には血液が送り込まれ、いつでも行動できる警戒態勢に入る。このように自立神経系は、血管の太さもコントロールしている(2p120)

 ストレスで身体が興奮するとカテコールアミン(アドレナリンとノルアドレナリン=ノルエピネフリン)、コルチゾール、プロラクチン、ベータ・エンドルフィンエンケファリン等が分泌される(1p257)。ノルアドレナリンの分泌によって脳も興奮状態となる(1p39,1p44)。脳はストレスを感じると、グルココルチコイド等のホルモンを分泌するが、そのホルモンが血流やリンパ系に放出されると、リンパ球の表面にあるレセプターと結合し、リンパ球の活動を抑制・活性化する。同時に、変化した免疫系ではリンパ球がホルモン他の免疫伝達物質を生産し、それが大脳辺縁系のニューロンを刺激するように両者は相互関係にあるのである(2p77)。そして、免疫細胞に大きく影響を与え、免疫機能を疎外する(1p257)。このため、緊張した状態を続けると筋肉の緊張、高血圧症、不安、憂鬱、そして、免疫機能が低下するのである(2p116)。このため、憂鬱な感情は病気の回復を妨げる。感情と免疫機能の関係を調べたところ、20〜30%免疫力が低下することがわかっている(2p50)

ストレスが持続するのはなぜか

 ふつう、ストレスは親しい人の死や人間関係の破綻等、大きな生活の変化によって生じる(2p122)。ところが、ストレスそのものは単なる出来事にすぎない。客観的に見ればストレスが多い状況でもほとんど反応を示さない人もいれば、ストレスを感じるとは思えない状況でも自律神経が活性化してしまう人もいる(2p123)。例えば、拷問を受けても、そんな残酷なことができる相手の無知に対して慈悲心抱き続けたチベットの難民や僧侶にはこの症状がほとんど見られない(2p117,2p128,2p132)。これはなぜなのであろうか。

【引用文献】
(1) ダニエル・コールマン『EQこころの知能指数』(1996)講談社
(2) ダニエル・コールマン『心ひとつで人生は変えられる』(2000)徳間書店

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posted by la semilla de la fortuna at 21:00| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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