扁桃核は大脳新皮質が分析するよりも早く恐怖警報を発する

脳幹の上、大脳辺縁系のテイブにはアーモンド形の神経核「扁桃核」が左右に二つずつある。大脳新皮質が発展する基礎となった原始的な「嗅脳」のうち、とりわけ、重要な部分が「海馬」と「扁桃核」である(1p36)。
従来までは知覚された情報は、視床から視覚皮質に送られ分析・解釈されるとされていたが、ニューヨーク大学の神経科学センターのジョゼフ・ルドゥー(Joseph E. LeDoux, 1949年〜)教授は、これとは別に視床から扁桃核を介して伝わるルートがあることを見出す(1p42,2p102)。

臆病な子どもや猫は遺伝的に扁桃核が興奮しやすい
ハーバード大学の発達心理学者ジェローム・ケイガン(Jerome Kagan, 1929年〜)教授の研究によれば、生後21ヵ月の幼児の中ですでに内気な子どもと外交的な子どもの違いが見られる。子どもたちの15〜20%は生まれつき臆病で内気である(1p329)。一方、40%は大胆な性格である(1p332)。そして、4年後に再調査したところ、社交的な性格がひっこみ思案に変わった子どもは一人もおらず、ひっこみ思案であった子どもの三分の二は依然として控えめであった(1p329)。
飼いネコでも約7匹に1匹は内気な子どもと同じく臆病である。本来、ネコは好奇心が強いが、臆病なネコはものめずらしい対象を怯え、他のなわばりに入ることを嫌がり、小さなネズミしか獲れない。臆病なネコの脳を調べたところ、うなり声で脅かされたりすると扁桃核が非常に興奮しやすいことがわかった。

ケイガン教授は、臆病な子どもは遺伝的にノルエピネフリン等、扁桃核を活性化させる脳内化学物質の分泌が高いために、扁桃核が興奮しやすいのではないかと考える(1p332)。
左前頭葉の活動が活発だと扁桃核の恐怖心を抑制しポジティブになれる
感情という言葉はラテン語の「動く」を意味する言葉「emovera」が語源となっており、ポジティブでもネガティブでもない。とはいえ、心の平安を強化し、他者のためになることを求める感情をポジティブ、心の静穏を乱し、他者に害を加える意図があれば、それをネガティブな感情と言えよう(4p141)。
そして、ウィスコンシン・マディソン大学のリチャード・デビッドソン(Richard J. Davidson, 1951年〜
)教授らの20年もの研究から、歓び、興味、熱意、エネルギー、利他の心といったポジティブな感情を持つ人は、大脳皮質の左前頭葉の活動が活発である一方、憂鬱、不安、悲観、引き篭もりといったネガティブな感情を持つ人は、右前頭葉の活動が大きいことがわかってきた(1p335,4p245)。これは、左側前頭葉皮質の活動が活発であると、扁桃核が活性化しても、その働きにストップをかけるられるからである(1p52,2p103)。例えば、夜中にみえないものが動いていると恐怖感を感じるが、それが無害なものとわかれば恐怖心を抑えられる。すなわち、左側前頭葉の活動が活発であるとネガティブな感情が長引かない(2p103)。事故や病気で左前頭葉にダメージを受けた人が鬱病になりがちなのも、右前頭葉との活動バランスが崩れるからであろう(4p245)。ダニエル・ゴールマン(Daniel Jay Goleman, 1946年)は、愉しい映画や心温まる映画の場面を見たり、過去の愉快な出来事を思い出すと一時的にも左前頭葉の活動が盛んとなり気分が高揚すると指摘する(4p246)。

外向的で積極的な子どもも左脳が活発
脳の活動は性格にも現れる(3p246)。368人の2歳半の子どもを対象に調査したところ、30人以下の外交的な子どもは母親と一緒にいる時間が1%以下である一方で、30人は80%以上の時間を母親と一緒にすごす内向的で用心深い子どもがいることがわかった。子どもたちの脳波を調べたところ、のびのびと安心して遊ぶ外交的な子どもは左脳が活発で内向的な子どもは不活発であることがわかっている(2p100, 4p246)。
心の底から笑う人はポジティブな左脳が活動している


1980年代半ばまではこのデュシェンヌ博士の発見は存在しないかのように無視されてきた。けれども、エクマン所長とウィスコンシン・マディソン大学のリチャード・デビッドソン(Richard J. Davidson, 1951年〜)教授との研究から、真の喜びを伴う脳活動は、目の周囲の筋肉が作動するときにだけ起きることがわかってきた(3p119)。
これをもとに、ニューヨーク市のアルバート・アインシュタイン医科大学の心理学者クリフォード・サロン(Clifford D. Saron)博士(現在、カリフォルニア大学デービス校)が研究したところ、生後10ヵ月の乳児は母親が近づくと左脳が関与し心から笑い、他人が近づくと右脳が関与し偽りの笑いを示した。幼児の頃から、心から笑うときには左脳が関係していたのである(2p97)。さらに、デビッドソン教授との研究から、随意筋肉である笑顔を浮かべることで不随意系統を活性化し、脳の活動も幸せのものになることがわかってきた(3p119)。
感情は独立した神経回路ではない
怒りや嫉妬等の強い感情は、特定の認識や概念がなくても生じるとフロイトは考えたが(4p141)、感情とは脳内のいくつかの部位の機能が相互作用した結果現れる複雑な現象である。したがって、「幸せ」や「不幸」の場所を見出そうとすることは意味がない(4p245)。感情系の神経回路は認知系の回路と完全に織り合わさっている。すなわち、認知科学の学説や見解によれば、感情は行為や思考と関連して生じるのであり、他と切り離しては存在しない(4p141)。
要するに、感情の源となる「情動」は脳幹を取り巻く大脳辺縁系で作り出されるが、それは、大脳新皮質の前頭葉全部(前頭前野)を通じて「感情」となる(2p90)。そして、右脳が活発な人は恐怖や嫌悪といったネガティブな感情を抱くが、左脳が活発であれば、幸せ感といったポジティブな感情を抱くのである(2p90, 2p101)。さらに、免疫系に関係するナチュラルキラー細胞も左脳が活発なグループの方が活発であることがわかってきた(2p101)。一方、右脳がいつも過度に活動しているとマイナスの感情をいだき、体の各部を衰弱させるホルモン分泌を促すことになる(2p104)。
知性は理性ではなく感情でも働く

ストレスが持続する心的外傷後ストレス障害は扁桃核に原因がある
ふつう、ストレスは親しい人の死や人間関係の破綻等、大きな生活の変化によって生じる(2p122)。ところが、ストレスそのものは単なる出来事にすぎない。客観的に見ればストレスが多い状況でもほとんど反応を示さない人もいれば、ストレスを感じるとは思えない状況でも自律神経が活性化してしまう人もいる(2p123)。例えば、拷問を受けても、そんな残酷なことができる相手の無知に対して慈悲心抱き続けたチベットの難民や僧侶にはこの症状がほとんど見られない(2p117,2p128,2p132)。これはなぜなのであろうか。
強力なストレスが引き起こす最も深刻な障害は心的外傷後ストレス障害(PTSD)だが(2p117)、これは、大脳辺縁系の神経回路が変化して、扁桃核が覚醒して心が傷を負った瞬間の記憶を保持し続けるために(1p306)、トラウマ体験のフラッシュバックや悪夢等が起こるためとされている(1p312,2p117,2p130)。
まず、カテコールアミン(アドレナリンとノルアドレナリン)の脳内での分泌を調整する「青斑」が変化する。PTSDに苦しむベトナム復員兵の脳ではカテコールアミンの分泌を止める受容体が40%も少ないとの研究もある。このため、カテコールアミンの分泌がうまく調整できなくなる(1p312)。
第二に、脳下垂体には緊急時の攻撃・逃避反応に必要なストレスホルモン、CRFの分泌を調整する役割があるが、このCRFの扁桃核、青斑、海馬での分泌が過剰となり、現実には存在しない緊急事態を宣言してしまう(1p313)。このため、実際にはほとんど危険がないごく普通の状況に対しても高レベルでの自律神経の興奮状態が続いてしまうのである(2p117,130)。
心的外傷後ストレス障害は失感情症を引き起こす

前頭前野が情動と関係しているらしいことは、1940年代のロボトミー手術から明らかになってきた。ロボトミー手術によって前頭葉と他の部分を切断すると感情を失ってしまうのである(1p51)。
扁桃核は哺乳類以外の生物の脳では中心的な役割を果たしている(1p48)。海馬に比べて誕生した時点でかなり発達し、生後まもなく完成する(1p46)。そして、扁桃核は情動と関連する学習や記憶と深く関係し(1p36)、扁桃核が失われると、恐怖や恐れだけでなく、競争心や協調性を失い、群れの中での自分の地位もわからなくなり、人生から個人的な意味が失われてしまう(1p37)。
失感情症の人は共感力が乏しい
発達心理学者によれば、幼児は自分と他人との区別ができるようになる以前から他人のストレスに共鳴する。生後わずか数カ月の赤ん坊でも他の子どもが泣いたのにつられて泣き出すことがあるように、周囲の人間の不安を自分の不安として感じる能力を持つ(1p157)。母親が泣いているのをみて自分の目の涙をぬぐおうとしたりもする。こうした行動は「運動模倣」と呼ばれる。1920年代に、心理学者エドワード・ティチェナー(Edward Bradford Titchener, 1867〜1927年)は、他人の苦痛に対する肉体的模倣から生じる心の状態を表す言葉として、「同情」(sympathy)とは別に「共感」(empathy)という言葉を作った。この運動模倣は2歳半あたらいからなくなり、他人の痛みが自分の痛みと違うことを子どもは理解していく(1p158)。

IQだけでは人間の能力は図れない


ポジティブな人間の方が学力も高い

ある課題を達成したり、問題を解決するために蓄積される必要な情報を「ワーキングメモリー(作業記憶)」と呼ぶ。この作業記憶は前頭前野で扱われるが、前頭前野と辺縁系とがつながっているために、辺縁系で不安や怒り等の強いネガティブな情動が起きるとワーキングメモリーを保持する能力が低下してしまうのである(1p53)。
楽観的な人間は失敗しても前向きに考える

セリグマン教授は、自分に対して成功や失敗に対する説明の仕方が楽観であると定義する。楽観的な人間は失敗の原因を可能な要素と受け止めるが、悲観的な人間は失敗の原因を自分のせいだと思い、性格だから変えられないと考えてしまうのである(1p143)。
ポジティブな感情は人生にも影響する
希望を持ち続けられる人は、落ち込むケースが少なく、全般的に不安や情動ストレスも少ない(1p141)。ポジティブになるだけで考え方も変わる。記憶は特定の状況と結びついている。ポジティブな時には成功したときのことを多く思い出す。このため、判断力を積極的な方向に向ける記憶がよみがえり、冒険してみる気になる。一方、ネガティブな気分は、消極的な思考に結びつく記憶を呼び覚まし、必要以上に慎重な決断を下すことになる(1p138)。

【引用文献】
(1) ダニエル・コールマン『EQこころの知能指数』(1996)講談社
(2) ダニエル・コールマン『心ひとつで人生は変えられる』(2000)徳間書店
(3) ダニエル・コールマン『なぜ人は破壊的な感情を持つのか』(2003)アーティストハウス
(4) マチウ・リーカル『Happiness 幸福の探求』(2008)評言社
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