2015年08月16日

第34講 右脳と未来予知(3)右と左の機能分化

急速に進化しすぎた人類の脳

 自然界に存在するものは、山であれ、なんであれ、基底部が大きく安定している。生物の司令塔である脳は安定した存在であるべきだ。けれども、人類の脳は他の動物と比べて、基底部よりも上部の大脳新皮質が大きすぎ、どこか不安定・アンバランスな形状をしている(2)

 人類は急速に「思考(観念)機能」を進化させ、これによって、人類は逆境を生き延びることができた。けれども、急速な進化を遂げた大脳新皮質が脳をコントロールすることで、それ以前の脳(脳幹、小脳、大脳辺縁系)の機能が制御・抑制されてしまっている。逆にいえば、大脳新皮質の思考機能を抑えることで、脳の基底的役割(生命維持、運動機能、情動)を開花させることができる。ここにシャーマン脳のヒントがある(2)

イタコやシャーマンは右脳が活発化している

 脳波測定装置でイタコの脳波を測定してみると驚くべきことがわかる。依頼者の話を聞いているときには左側の前頭葉が活発に活動して、右半球の活動は目立たないが、死者がのり移って語りだす「口寄せ」が始まると、右半球の前頭葉の活動が優勢になる。

 イタコのケースほど急激ではないものの、日本古来のシャーマン、宮古島のユタの前頭葉の脳波も、歌が始まると30秒ほどで左半球の前頭葉の活動が抑えられ、右半球の前頭葉では、ベータ波(活発な思考や集中と関連する脳波)が高まり、神様と話しているときには、右半球の前頭葉がはっきり優位となっている。

 さらに、ユタの一人、根間ツル子さんの脳波では、通常ではまったく見られないベータ波の20〜30ヘルツで強いピークが認められる。また、デルタ波は通常は深く寝入っているときにしか認められないが、歌が始まり4〜5分が経過すると、非常に低い周波数のデルタ波が、とりわけ、右脳で強く出はじめる(1)。すなわち、シャーマンがその能力を発揮している時には右脳が活性化している。このため、シャーマン脳のヒントは右脳にある(4,5)

右脳・左脳分化は脊椎動物から見られる

 長らく、言語や右利き、空間関係等の脳内での処理能力の偏りは、人間だけに見られる特徴で、それ以外の動物には右脳や左脳の機能に差はないと考えられてきた。けれども、数々の観察や実験から、他の動物も右脳と左脳の機能が分化していることがわかってきた(4)。生物の脳は、一塊の神経節から発生している。いわゆる「中枢神経」が誕生した段階では、脳の左右分化はまだ見られない(5)。けれども、右脳と左脳の分化は、約5億年前に脊椎動物が出現した時に既に見られ(3,4)。脳の基本構造や右脳左脳の機能差の原型が誕生した(4)。明確な左右分化が始まるのは、魚類の段階からである。そして、爬虫類、両生類、哺乳類、霊長類へと進化して「新しい脳」が塗り重ねられる毎に左右分化が進んでいく(5)

左脳はパターン化された行動を調整している

 一般的に、右脳は感情や感覚を担い、左脳は主に言語や論理を担うとされている(5)。けれども、多くの生物実験の研究結果から、「パターン化した日常的な行動」を担うのが左脳である一方、「天敵に出くわすなど突然の場面での行動」をコントロールするのが右脳であるように役割分化してきたことがわかってきた(3,4,5)

補食行動は左脳の働きでなされている

 脊椎動物の多くは神経回路が左右で交叉しているため、右半身を左脳が、左半身を右脳がコントロールしているのだが、左脳が日常的な行動の制御に特化していることを裏づける証拠として、数多くの脊椎動物の日常的な摂食行動が右側に偏っていることがあげられる。

・魚類、爬虫類、ヒキガエルは、自分の右側にいる獲物を捕まえる傾向がある。
・ニワトリ、ハト、ウズラ、セイタカシギ等の鳥類は、主に右眼で様々な種類の餌をつついたり獲物を捕まえたりしている。
・ニュージーランドのハシマガリチドリのクチバシが右に湾曲しているのも主に右眼を使って川底の石の下にいる餌を探すためである。
・ザトウクジラの観察結果から、75頭のうち60頭に右の顎だけにすり傷があり、他の15頭は左の顎だけにすり傷があることが見出された。これは、クジラが海底の餌を集めるときに片方の顎を好んで用い「右顎利き」の方が標準的であることを示している。
・霊長類(サル)に両手を使って餌を取らせる課題を与えると、右手がよく使われることが明らかになった。同じく、好物のハチミツをプラスチックの筒に入れると、ハチミツを掻き出す作業では2対1の割合で右手が使われる。また、食べ物を見つけるために難しくて複雑な課題に取り組ませると、利き手を好んで使う。例えば、チンパンジーは右手で道具を使う。

 このように、魚類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類等、すべての脊椎動物は、通常の摂食行動で右側を偏って使っている(4)

左脳が担うコミュニケーション

 音声言語や非音声言語も、人類が出現するはるか以前から存在していた動物に生じた大脳半球の機能差に由来する。そして、鳥類の研究からは、左脳が歌を制御していることが明らかになっている。また、アシカやイヌ、サルでは、左脳が同種の仲間の泣き声を認知している。そして、サルの一種であるコモンマーモセットは、仲間に向けて友好的な鳴き声を出すときには、口の左側よりも右側を広く開ける。ヒトも話すときには口の右側を左側より大きく開く傾向がある(4)

 このように、日常行動のひとつである発声機能や言語でも身体的な右側、すなわち、左脳の優位性が認められる(4)

リスクを回避するために生物は感覚器官を進化させた

 どの生物も外部環境から情報をキャッチすることで行動している。単細胞生物も「受容体」で特定の物質濃度を感知して、その濃度勾配によって行動する。これを「走化性」と呼ぶ。ただし、走化性に見られるようなシンプルな行動では絶滅してしまうリスクも高い。そこで、多くの情報をキャッチし、それに応じて多様な行動が取れるように生物は感覚回路を進化させてきた(6)

 まず、最初にできた「感覚器」は嗅覚器である。もともと味と臭いを感知する器官は分化せず、ひとつの化学受容器で感知していた。「味覚器」は生きていくのに安全な食べものかどうかを「毒見」する接触刺激器官である。一方、遠方にある敵や獲物を感知する「遠隔刺激」の器官が嗅覚器である。さらに、眼を獲得した動物達は、さらに世界や他の動物を遠方からはっきりと認識するようになっていく(6)

リスクを回避する右脳の機能は魚類段階から進化した

 魚類は、視覚、聴覚、側線感覚をたよりに、振動や音といった外部刺激をキャッチして、逃避行動を起こせる。延髄が感じた興奮が脊髄に伝わり、筋肉を収縮させて、反射的に刺激とは反対の方向へと進む(6)。そして、魚類、両生類、鳥類、哺乳類は、いずれも左視野(脳の右側)に捕食者(天敵)が入った方が、右視野(脳の左側)に入ったよりも大きな回避反応を示すことが、様々な動物の捕食者に対する反応を調べた研究から論拠が得られている。このことから、脊椎動物の進化の初期に、想定外の刺激を感知し、それに反応する機能を脳の右半球が受け持つようになったことがわかる(5,7)

 人間でも、即時的な行動が必要となる想定外の刺激に対しては、右利きでも左手(右脳)の方が早く反応する。ワシントン大学のフォックスらは、こうした研究から、ヒトの警戒システムは右脳にあり、想定外のリスクを回避する機能は右脳が担っていると結論づけている(5,7)

顔を見分けて仲間を認識するのも右脳の力

 けれども、魚類は、危機に対応してただ反射的な逃避行動をするだけではない。さらに、高度な進化形態である「群集行動」も取れる(6)。想定外の天敵から逃避する以外に、初期の脊椎動物がすばやく反応する必要があったのは、同種の仲間との出会いであった(5,7)

 魚類や鳥類では仲間の群れを認識し、すぐに反応する社会行動が見られるが、これをコントロールしているのも右脳である。ケンブリッジ大学のケンドリックは、ヒツジも顔の記憶から他のヒツジを認識でき、この認識は右脳がかかわっていることを明らかにした。すなわち、相手の顔を認識する右脳の能力は、比較的初期の脊椎動物が手にした同種の仲間の外見を認識する能力に由来する(5,7)

 人間でも、相手の顔を認識できなくなる「相貌失認」は右脳の障害に原因があることから、顔を認識する機能は右脳にあることがわかっている(5,7)

左脳は部分に着目し、右脳は全体のパターンを認識している

 イスラエルのハイファ大学のナボンの実験から、人の全体と部分の認識力に関して驚くべき事実が明らかになった。脳にダメージのある患者に、約20個の小さなAが大きなHを形づくるように並べた図を見せ、その図を描かせたところ、左脳にダメージがあっても右脳が正常な患者は、小さなAの文字をまったく含まない単純なHを書くことが多い一方で、右脳にダメージがあって左脳が健全な患者は、小さなAの文字を紙全体にばらばらと書いたのである(5,7)

 このことから、左脳は部分に着目する一方で、右脳は詳細な特徴にはあまり注目せず、全体状況に注意を向けていることがわかる。すなわち、右脳は個々の要素ではなく、つながりの全体パターンとして空間を捉えていることがわかる(5,7)

右脳の全体把握と危機回避力、仲間認識力はシャーマンの能力と関係する

 「右脳」の役割をまとめると@危機回避機能、A全体把握機能、B顔認識機能(同類認識)であることがわかる(5)

 さて、人類は観念回路を獲得したことで、様々な現象のつながりを見出したり、想像力を働かせることで、感覚回路で捉えるよりも早い危機察知を可能にした。そして、こうした能力も本能的な右脳の危機察知回路の上に形成されてきた(3)。危機を察知して対応するために、感覚回路との結びつきは、右脳の方が左脳よりも強い(2)。直感力は一般的に右脳の特徴とされるが、これは、危機察知のために右脳と強く結びついた感覚回路と観念回路による想像力・観察力の結果であろう(3)。したがって、トランス状態に入って右脳が活性化しているシャーマンは、右脳の危機察知回路と結びついた感覚回路・観念回路から、その未来予知・予言能力を得ているのであろう(3,5)

 最も高度な能力が必要とされるのは「未来予測」で、全体を見据えた上での総合的判断が必要となる。これも、右脳の持つ、全体把握能力が生きている(5)

 さらに、顔の認識力も、同類の判断と共に相手の表情から、相手への同化を行う上で最も重要なファクターといえる(5)。そして、対象への深い同化には、βエンドルフィンの分泌で活性化も関係している(3)。以上のように、右脳の役割はシャーマンの能力と深く関係する(5)

サヴァン症候群でも右脳が活発化している

 シャーマン以外で大脳の右半球の活動が活発化する「症例」には、「サヴァン症候群」がある。サヴァン症候群とは、言語・論理的には知的障害であっても、膨大な書籍を一度見ただけで記憶したり、10桁以上の素数を言えたり、初めて聞いたチャイコフスキーの曲をいきなりピアノで再現できる等、特定分野で超常的な能力を発揮する人々のことである。

 サヴァン症候群は、言語野のある左脳の損傷が原因で、それを補完するために右脳が能力を発揮していると言われている。あるいは、通常は何らかの形で左脳が右脳を制御しているのが、左脳がダメージを受けたことで、その抑制が取り払われ、右脳の能力が全面的に発揮されているとの仮説もある(1)

 このサヴァン症候群のように、右脳だけが強く働く事例もある。けれども、これは極めて特異であって、全体からすれば、右脳と左脳とは一体となって全体的に機能していて、それぞれは単独では機能しない(7)

左脳は分析的、右脳は直観的だが右脳開発論は間違っている

 世の中には直感力に優れた人もいれば、論理能力に長けた人もいるが、右脳と左脳が機能分化しているといっても、右脳型の人は右脳ばかりが働き、左脳型の人は左脳ばかりが働いているわけではない(7)

 例えば、脳の両半球の機能差に焦点をあてた研究は以前から数多くなされている。その代表的なものにガザニガとルドゥー、スプリンガーとドイッチュ、ブライデン、ヤングらの研究がある。こうした研究からは、一部の例外を除き、左脳と右脳の機能差は予想に反して小さいことがわかっている。脳機能の観点からは、重要だがいわれたほどの違いはない。より正確に言えば、ある特定の知的作業に関してはいずれの半球も行えるが、一方の半球の方が他方よりも優れているという連続的な機能差しかない。

 脳にダメージを受けた被験者を調べることから、言語情報関しては、左脳の方が右脳よりも優れていることが判明している。左脳の特定部分の言語野がダメージを受けると、失語症という機能障害にかかるからである。普通の人間を被験者にして研究からも、左脳の方が言語処理では適して早いことがわかっている。とはいえ、その反応時間差は微々たるもので、100ミリ秒単位の違いでしかない。すなわち、左脳の方が優れているが、右脳にも言語情報を処理する能力はある(8)

 一般的に、左脳は分析的・合理的・論理的な脳、右脳は創造的・芸術的・直感的な脳であると言われる。そこで、教育論やビジネス能力開発では、論理的な「左脳中心」の現在教育で直感力や創造力に優れたこの「右脳」の能力が封じ込められているため、天才脳を育てるためには右脳の能力を伸ばす「右脳教育」を重視すべきだといった「右脳信仰」とも言える主張がなされている(7)。けれども、脳腫瘍や脳卒中等の疾患で脳にダメージを受けた患者の創造力や芸術性の変化を調べることから、絵や音楽の創造性が右脳に宿っているという俗説はまったくのでたらめであることが判明している。左脳をオフにして、右脳で自由な発想をしようという手法「ブレーンストーミング」もまったく効果的でも効率的でもないことが明らかになってきている(8)

 流行する教育論のように右脳だけを鍛えることなど出来ないし、そうした偏ったトレーニングで、「右脳教育」を推し進めた結果、様々な障害が生じているケースさえあり、それは危険なのである(7)

【引用文献】
posted by la semilla de la fortuna at 20:00| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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