はじめに

インド人からヨーガを教わることで健康になる
佐保田博士は、1899年に福井に生まれ、第三高等学校を経て、1922年に京都帝国大学文学部哲学科卒業。その後、立命館大学、大阪大学で30数年間教授生活を送るが、若い頃から虚弱体質で、第三高等学校時代には結核にもなった(4p6,4p96)。その後も、あらゆる健康法を試してみたが効果がなく満足な健康感を味わったことがなかった(1p161,4p7,4p96)。
佐保田博士は61歳の時に京大図書館で英語で書かれたヨーガのテキスト見つけ、それを元に独習する。頭で立てるようにもなったが効果がなかった(4p7,4p97)。しかし、大学を退官する前年、62歳の夏にクリヤンという素人のインドからの留学生にヨーガのやり方の手ほどきを受け、試みてみると効果があった(1p161,3p164,4p7,4p97)。それまでは、70歳までしか生きられないと思っていたのに、65歳の時にはいままでにはない爽快感を覚え、70歳になると50歳に若返るような気がしてきた。そこで、健康になった佐保田に周囲が関心を持ち(4p8)、それ以降、88歳で世を去るまでヨーガを広めることになるのである(5)。
1967年69歳ではインドに4ヶ月ほど滞在してヨーガ道場を訪ねたり、いろんな人の意見を聞いた。1973年75歳ではにはヨーガ道場を作り宗教法人にした(4p11)。1974年の正月にはインド南部のポンディチェリーにあるシュリ・オーロビンド・ゴーシュ(Sri Aurobindo Ghose , 1872〜1950年)のアシュラムで瞑想をした。その後継者であったマザーこと、ミラ・アルファサ(Mirra Alfassa,1878〜1973年)の墓の前で瞑想をして気持ちよかったと語る(3p7)。その後も80歳をすぎてからNHKのヨーガ番組に出演し、80歳すぎでレギュラーとなったのは初めてだといわれたりしている(3p126)。佐保田博士は、神様の命令によってヨーガを広めているのだと語っている(4p9)。
自律神経を整えるためのハタ・ヨーガの四原則
我流のヨーガには、効果がなかったのに、インド人から教わったヨーガにはなぜ効果があったのだろうか。佐保田博士は、形は同じでもやり方が違っていた。四つの原則を踏まえたところ、効果があったという(4p97)。
@ できるだけゆっくりやる。
A 呼吸と動作を結びつける。
B 意識と動作を結びつける
C 緊張よりも弛緩の方を重視する
この4条件が守られなければ何年やっても期待する効果は得られない(1p146,1p149,3p159,4p176,4p191)。例えば、シャバ・アーサナは13分以上続けないと役に立たないという人もいるほどである(1p146)。また、ひとつのポーズを20秒から1分、呼吸をしながら持続することは普通の体操にはない(4p177)。インドにも普通の体操はあり、「ヴィヤーヤーマ」といわれている(4p176)。
けれども、普通の体操とヨーガの目的は正反対である(4p95)。普通の体操は筋肉を鍛錬するため緊張の方が主だが、ヨーガは身体を緩めるために緊張するのである(4p95,4p191)。例えば、インドの本にはコブラのポーズで反ったときには「背の緊張が首から尾骶骨にまで伝わることを考えながら行なう」と書かれている。運動神経だけでなく、身体を動かすことで起きた興奮、「気持ちよい」とか「痛い」とかが頭に戻る知覚神経の興奮をじっくりと味わうのがアーサナなのである(4p181)。
瞑想のための準備として誕生したハタ・ヨーガ
ヨーガは歴史的には紀元前5〜6世紀にはひとつの行法として成立しているが、最初のヨーガはディヤーナ、瞑想を中心としたラージャ・ヨーガであった(1p115,1p149)。
その後、10世紀に呼吸とアーサナを中心としたハタ・ヨーガが成立する(1p149)。人里離れた山奥で一日何十時間も座ったままで瞑想するためには健康でなければならない(1p150)。日本の禅宗の僧侶も若いときから猛烈に修行したひとはたいがい結核にかかって若死にしてしまう(1p118,1p150)。このため、ハタ・ヨーガが作られた(1p118,1p150)。すなわち、ハタ・ヨーガはラージャ・ヨーガの準備とされていて(1p124,1p150,1p154,4p99)、本来の教育を受ける準備として幼稚園にはいったようなものである(4p99)。
けれども、瞑想だけで解脱するにはかなりの才能が必要でたいがい失敗する(1p150)。一般に心を変えるため、言葉を使って知性に訴え、納得させることで生活を変えようとしてもほとんどの場合成功しない(1p162)。人からいい話を聞いたり、聖書を読んだりするだけでスパッと変われる人は千人に一人もいない(3p68,4p99)。坐るだけで瞑想ができる人は本当に偉い人で凡人にはできにくい。初心者は身体を動かしながら瞑想をした方がよい(4p178)。頭から入ったものはすぐに抜けていくが身体から入ったものは身体が覚えてしまうために抜けない(3p75)。そこで、ハタ・ヨーガを発明したゴーラクシャ・ナータ(Gorakshanath)は、ヴェーダーンタにも精通していたが(4p86)、普通の人でもやれることを考えた(4p87)。
ハタ・ヨーガは宗教であって健康体操ではない
日本人は、ヨーガを単なる美容体操や健康体操と考えるが、ヨーガは宗教である(1p114)。健康になるとか、美人になるとかだけをモットーとしているヨーガ教室はいかがわしい(3p69)。ハタ・ヨーガのアーサナは、体操ではなく、実は座禅なのである(4p176)。
ハタ・ヨーガもヴェーダーンタの思想を基礎としているため、三昧の境地に達することを目的としている(4p85)。そして、ハタ・ヨーガだけでも悟りに近いところに行けると書いてある(4p100)。体操だけで宗教的な悟りにまでいけるのかと佐保田博士は非常に驚いた(4p100)。世界の宗教の中で体操を取り入れているのはヨーガだけであろう(2p39)。すなわち、ハタ・ヨーガが身体の重要性に気づいたことは大変に偉大な仕事といえる(2p40)。肉体を使うことで宗教性を開発できると気づいたことが重要なのである(1p120)。ハタ・ヨーガは健康になったり美容のためではなく、宇宙に偏在する神と自分の身体を通じて心を通じさせることなのである(4p142)。
身体を重視するのはヨーガだけ
キリスト教は身体と心のうち、心を重んじて身体を軽蔑する。つまり、身体に対する認識が足りない(2p39)。儒教では「知行合一」とし、仏教では「行学ニ道」と述べて来た(2p12)。仏教は身体を軽蔑したりはせず、両方を同等に見ている。とはいえ、とくに身体に注意することはない(2p40)。
例えば、禅の修業では、調身、調息、調心の三つがあげられているが、実際には調心と瞑想だけが行なわれ、調身と調息の方法は放置されている。ヨーガでは調身にあたる体操、調息にあたる呼吸法が瞑想とともに三位一体で溶け合っている(3p154,4p95)。したがって、肉体と感情と頭をよくするのにはヨーガが最も優れている(2p13)。
ハタ・ヨーガはまず、身体を整え、呼吸によって神経を整え、さらに、心を整える(1p140)。すなわち、精神面ではなく生理面から心を整えていく(1p151)。このため、自律神経を調和させることがポイントとなる(1p151,4p96)。
道元禅師も身体の重要性を指摘している
道元禅師(1200〜1253年)が語った言葉を弟子の孤雲懐奘(こうんえじょう, 1198〜1280年)が記録した『正法眼蔵隋聞記』では、道元は「人間は心で悟るのではなく身体で悟るのだ」と述べている。言葉や心を使って悟ったのではなく、身体を使って悟ったと道元も言っているのである(1p120)。けれども、いま、禅宗の僧侶に身体の使い方を聞いてもわからない。そこで、佐保田博士は禅からこの伝統がなくなったのだと考えている(1p121)。
小食が大切だが、ヨーガは断食を勧めていない
意外なことだが断食はヨーガでは禁止事項になっている(2p52)。断食はうまくすれば非常に良い効果がある。けれども、ヨーガとは無関係なのである(2p53)。ヨーガが重視するのは節食である(2p52,2p53)。
取り入れたものを全部消化できれば健康になるが、あまった栄養は身体を害するからである(2p53)。たくさん栄養を取ったからといってスタミナが出てくるわけではない(2p56)。動物性のものは植物性のものの半分以下にし(4p196)、空腹感があってから食べる。そして、腹がいっぱいにならない、満腹感が起こらないうちに腹八分目で止める。これが健康を維持するための秘訣である(2p54,2p57,4p196)。玄米を食べ、野菜を食べていると便の太さも変わってくる(4p185)。そして、栄養を消化するためには酸素も必要である(2p56)。そして、ヨーガの体操は酸素の心身代謝を非常に高める(2p57)。
ハタ・ヨーガをやれば健康になり癌にもかからない
ヨーガを続けると、身体が非常に軽快になって病気をせず、風邪もひかず(4p197)、姿勢がよくなり血色もよく、脂肪が減って動作がなめらかになる(1p162,4p197)。20歳からヨーガを始めれば、50歳になっても普通の人の35歳、60歳になっても40歳くらいである(2p184)。65〜70歳で恍惚の人になってしまうのは病気であって、ヨーガをやっていれば、90歳までは持つ。それもさほど人様に迷惑をかけることはない(1p129)。お釈迦様も病で死んだため、人間は死ぬ。けれども、癌は悲惨な死に方である。けれども、インドのヨーガの文献を読むと癌が治ったという実例もたくさんある(3p123)。ハタ・ヨーガがうまくできれば癌なにかにはかからない(4p96)。ヨーガの真髄を極めれば癌になっても直ることができると佐保田博士は考えている(4p176)。
そもそも、健康とはなにか。人間は絶えず外界から病気の原因に脅かされている(3p195)。瞬間、瞬間、外からもたらされる死の原因を打ち伏せている。これが、健康な状態といえる。すなわち、内外から押し寄せる死に対抗してそれを打ち伏せる力が絶え間なく働いている。そして、この力が弱まると死の原因となる力が相対的に強くなり病に伏せることになる(3p196)。
そして、ヨーガも太極拳と同じで「気」が大切である(3p63)。ハタ・ヨーガはみかけは体操だが、身体のプラーナを養う方法ある(3p110)。そして、ハタ・ヨーガで心と身体とが調和した状態となると、生命エネルギーである「生気(プラーナ)」が入りやすい状態となる(4p181)。
本当の健康とは心も健康であること
WHOによれば、健康とは病気でないだけでなく、何事にも前向きの姿勢で取り組む意欲の状態だとしている。引っ込み事案で社会的な適応性がない人は本当に健康とはいえない(2p153)。けれども、精神科医が医薬品を用い、精神分析等のカウンセリングを行なったとしても、80%しか健康は回復しない(2p154)。
健康とはもりもりとした健康感があり、社会的に活躍し、家庭でも機嫌が良く家族に対して優しく、生きがいを感じるところまでいかないと本当に健康とはいえない(1p123,2p154)。そこで、残りの20%の最後の部分はヨーガしかないと多くの精神科医が認めている(2p154)。
ハタ・ヨーガは幸せな人生を作る
精神と肉体とのバランスが取れ、食事もバランスが取れ、生活全体で調和した状態が持続する(3p44)。そして、毎日ヨーガを続けていると、ヨーガ的なライフ・スタイルができてくる(3p49)。ヨーガをやる以上は、ライフ・スタイルが変わるところまでやらなければいけない(3p44)。すなわち、身体を健康とし、精神を安定させ(1p104,1p154)、それによって幸せな人生を作るものである(1p154)。
【引用文献】
(1) 佐保田鶴治『般若心経の真実』(1982)人文書院
(2) 佐保田鶴治『ヨーガ禅道話』(1982)人文書院
(3) 佐保田鶴治『続ヨーガ禅道話』(1983)人文書院
(4) 佐保田鶴治『八十八歳を生きる』(1986)人文書院
(5) 日本ヨーガ禅同友会ホームページ
佐保田博士の画像はこのサイトから