テーラワーダもチベット、禅にも共通する四つの気づきのメソッド
ヴィパッサナという言葉は「洞察」を意味する。自分の身体、感覚、心、そして、心の内容と四つに「気づく」こと、「四念処(しねんじょ)」することが、ヴィパッサナ瞑想である。そもそも、ここで言う「気づき」とは、パーリ語の「サティ」、サンスクリット語の「スムリティ」に相当する。すなわち、物事を執着することなく観察することだと言えるだろう(p146)。
四つの気づきは、悟りに至るための37の方法(菩提三十七分法)のひとつであり、テーラワーダ仏教においても、大乗仏教においても共通して実践されている。チベットでは、仏教修行の基本である戒律、禅定、智慧の三学を学ぶときに四つの気づきが実践されるし、中国や日本の禅の修行にも、四つの気づきと共通する内容が含まれている(p147)。
テーラワーダ仏教で発展したヴィパッサナ瞑想では波動が感じられる

僧院からメソッドは解き放たれた


刑務所の受刑囚たちの心を幸せにする
ヴィパッサナ瞑想は1975年に刑務所において初めて行われる。ラジャースターン州のジャイプールの刑務所で当時の州政府の内務大臣で自ら瞑想を実践するラム・シンが、ゴエンカ氏を招いてコースを設けたのである(p150)。刑務所における瞑想の効果は画期的なもので犯罪者たちは自分の罪を反省し始める(p151)。瞑想は米国の刑務所においても行われ、犯罪者たちの自己や人生に対する肯定感が高まり、幸せ度が大きくなる成果をあげていく(p154)。
2005年、瞑想で脳の物理構造が変化することが明らかになる

瞑想によって、ホメオスタシスと関係する右の島皮質が発達する
島皮質は、内臓や身体感覚と深く関係する部位で、様々な情動や感情ネットワークの一部をなしている。例えば、悲しみや怒りを感じると左右両方の島皮質の後ろ部分が活性化するし、恐怖を覚えると右の島皮質が活性化する(p157)。

また、島皮質は年齢が高くなるにつれて縮小していく。けれども、ラザーの研究から、瞑想者では体積減少が止まり、かつ、島皮質の体積が増大していることがわかった(p158)。
要するに、ヴィパッサナ瞑想を行うことで、ホメオスタシスや認知と情動の統合を行う前頭前野の部分のネットワークが一体的に働くと、右前島皮質が発達・分化すると考えられるのである(p161)。
長期記憶は新たなシナプス形成によって作られている

瞑想は無意識領域に押し込められた過去の記憶を呼び起こし神経回路を作り変える
実は、人間が学習した内容を作り変え、それから自由になる「脱学習」においても同じ化学的なプロセスが働いている。意図的に注意を注ぐことがトップダウン的な分子カスケードの引き金を起こす(p163)。
犯罪者の大半は、虐待や暴力、剥奪といった苛烈な経験をしている。それは強い情動とともに記憶されているが、最も強烈な体験は無意識領域に追いやられている。けれども、瞑想は、この「忘れていた記憶」を呼び覚ます。同時に、記憶に供給されている情動エネルギーが変化する。すなわち、記憶の解放と書き換えによって人格が変化する(p162)。
ジークムント・フロイト(Sigmund Freud, 1856〜1939年)は、自由連想のプロセスを通じて無意識に押し込められていた記憶に気づくことで、思考の連鎖パターンを組み替えることが精神分析療法だと考えたが、このプロセスは、無意識に押し込められていた記憶が解放される精神分析と同じである(p163)。
10日のリトリートに4回参加すると脳は変化する
監獄での実践事例では、10日間のリトリートを4回繰り返すと、出獄後も後戻りしないですむようになるという。これは、ラミナ1に象徴される神経構造をベースに元からあった回路が強化されたり、新たな回路が産み出されるためではあるまいか(p161)。
すなわち、東南アジアの僧院であれ、インドであれ、米国の刑務所内の受刑者たちであれ、瞑想に専念する人々は、微細なやり方で脳内のタンパク質合成遺伝子にスイッチを入れ、脳内の化学を変え、シナプスの接続回路を物理的に変えることで、記憶の書き換えと過去の記憶からの解放という同じ作業をしていたのである(p163)。
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【引用文献】
永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ