2016年02月04日

瞑想と脳の科学F ポスト3.11の哲学〜惑星的思考と伝統の知恵・上

LSDは左脳と右脳の融合によって超越体験を引き起こす

 1950〜1960年代にかけて、LSDの臨床実験や研究がなされたが、LSDで経験される「変性意識状態」が、宗教で言われてきた神秘体験と極めて類似していることが明らかになって来た(1p53)

 20160204arnold-mandell.jpgそのメカニズムの中核には、セロトニンを神経伝達物質とする神経回路がある(1p53)。アーノルド・マンデル(Arnold J Mandell)博士によれば、セロトニンが生産される「縫線核」は原始的な脳の部位や脳幹にまたがっているが、LSDをはじめとする幻覚物質は、セロトニンと拮抗的に働く。このため、海馬のCA3細胞へのセロトニンの抑制が失われる。このため、CA3細胞の活動は活発化し、海馬−中隔において、ゆっくりとしたアルファー波やシーター波の脳波が発生する。さらに、海馬−中隔で同期化が起こり、前頭葉においても同期化が起きていく。結果として、LSDは左脳と右脳の融合を通じて超越体験がもたらされるのである(1p54)

外から見る人類学から自ら体験する人類学へ

 1960年代後半から1970年代にかけて、宗教人類学では大変な変化が起きた(1p52)。それまで人類学者たちは、「儀礼」を外から観察して、神話の構造分析や社会・政治組織とつなげて論じて来た。けれども、この時期から人類学者たちはシャーマンや呪術師に直接弟子入りして、自分の体験をベースに内側から儀礼の内容を語るようになったのである。この変化の背景には環境問題や戦争等、近代技術や合理主義がもたらした限界が明らかになったことがある(1p53)

変性意識状態から洞窟壁画と宗教は産まれた

2016204Paul MacLean.jpg かつて、ポール・マクリーン(Paul MacLean, 1913〜2007年)博士は、人間の脳の構造と行動様式を「生物の進化の過程」と「原始的な本能」から説明することを試み、本能に関わる脳幹、情動に関わる辺縁系、知性に関わる大脳皮質と系統進化のプロセスで脳が発展してきたと考え、『脳の三層構造仮説』を提唱した。実際の脳の構造がマックリーン博士が考えたよりもはるかに複雑であることが明らかになるとともに博士の説は否定される(1p54)

 けれども、アリゾナ州立大学マイケル・ウィンケルマン教授(Michael Winkelman)によれば、機能面からみれば、本能、情動、知性という区別は意味を失ってはいない(1p55)。教授は、ペンシルバニア大学のユージーン・ダギリ(Eugene G. d'Aquili,1940年〜)博士や人類学者ウィリアム・ラフリン(William S. Laughlin, 1919〜2001年)博士が提唱する「神経現象学」をさらに深め、脳科学とシャーマニズムの研究をつなげようと試みている(1p53)

 原生人類の認知革命は4〜5万年前にさかのぼる。この時期、ラスコーをはじめ洞窟芸術の爆発が起こる(1p57)。後期旧石器時代に起きたこの精神革命は宗教につながるが、洞窟や岩絵に描かれたモチーフは、現代人が変性意識で体験する光のビジョンと共通する。すなわち、その背景にシャーマニズム的な呪術的実践で生れた変性意識状態があったことは間違いない(1p58)

ダンスは変性意識状態をもたらす

 マジック・マッシュルームの主成分であるサイロシン、サイロシビン等(1p54)、幻覚物質を用いるとセロトニンの抑制作用が抑えられ、海馬に影響し、側頭葉が刺激される。その結果、情動や視覚中枢のブロックが解放され、抑圧されていた無意識の情動が浮上して幻覚体験が生れる(1p56)。一方、また、踊り、神話の詠唱等で脳が同時共鳴していくとダギリが示したように副交感神経が活性化する(1p56)

 人類はその歴史の大半を、狩猟採集民として生きてきた。その最初の時代から人類はダンスしてきた。そもそも、人間は、なぜ、徹夜で踊って、身体の痙攣するトランスに入ろうとしてきたのだろうか。それは、ダンスのトランスは、通常とは違う意識状態、光に満ちた体験をもたらすからである。ダンスは脳のなかに潜在している回路を開き、大きな統合をもたらす。 

 中国では、人間を「気」や生命エネルギーの場としての「微細な身体」として捉えてきたが、興味深いことに、「気」に相当する概念は狩猟採集民のなかにもある。最近のDNA 人類学の発達から、人類の発生と分化、移動については、かなり理解が進んできたが、カラハリ砂漠で生きるサン人、いわゆるブッシュマンが、もっとも古い原型を現代に保っている民族である。そして、彼らは、中国の気やインドにおけるプラーナやクンダリニーをめぐる思考と、ほぼ同一の生命理論をもっている。

 そして、その鍵となるのは、踊りである。長時間踊っていると、臍の下にある生命エネルギーが熱くなり、脳天を突きぬけて上昇する。インドでクンダリニーの覚醒と言われるような体験が、狩猟採集民のヒーリングダンスのトランスにおいても、生まれてくるのである(2p23)

本能、情動、知性が統合された変性意識状態が意識を進化させる

 20160203Michael Winkelman.jpgこうして、古哺乳類脳、とりわけ、記憶の海馬や快楽に関わる海馬―中隔、視床下部が、情動や自律神経のバランスを制御する領域が活性化し(1p55)、深い脳の層からの徐波によって前頭葉両半球でも徐波のコヒーレンスの増大が起き、認知と情動、直観と分析的知性の高次な統合がもたらされる(1p56)。すなわち、三位一体の脳の統合が起きる。この統合こそが、宗教と人類の進化の鍵をなすと教授は考える(1p55)。ウィンケルマン教授は、この変性意識状態を「統合意識モード」と呼び、人類進化において決定的な役割を担ったと考える(1p54)

 そして、こうした統合意識モードによって、自他の心の様々な面を観察する「メタ意識」仏教でいう「憶念(おくねん)」も誕生した(1p56〜57)。とはいえ、幻覚物質は変性意識状態をもたらしたとしても、それ以上の意味をもたないという反省がさらなる宗教の進化を促したのではないだろうか(1p57)。そう永沢准教授は考える。

マンデル博士の画像はこのサイトから
マクリーン博士の画像はこのサイトから
ウィンケルマン教授の画像はこのサイトから

【引用文献】
(1) 永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ
(2) 永沢哲『日本トランスパーソナル心理学/精神医学会第12回学術大会基調講演:惑星的思考へ』トランスパーソナル心理学/ 精神医学vol.12, No.1, Sept, 2012 p.10-p.29
posted by la semilla de la fortuna at 20:57| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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