2016年03月07日

慈悲の瞑想の神経科学7〜生物進化から見た慈悲

07Paul Girbert.jpg ポール・ギルバート博士は、ダービー大学(University of Derby)の臨床心理学の教授で、精神衛生研究ユニットの代表である。1973年にウルヴァーハンプトン(Wolverhampton)で経済学士となり、1975年にサセックス大(Sussex)で実験心理学で修士号、1980年にエジンバラ大学(Edinburgh)で臨床心理学で学位を得た。1980年には、英国臨床心理学会から、臨床心理学で表彰されている。

 博士は1993年には心理学的な知識への寄与で英国心理学会のフェロー(fellow of the British Psychological Society)となり、2003年には英国認知行動精神療法学会(British Association for Cognitive and Behavioural Psychotherapy)の代表となっている。博士は、政府の不況NICEガイドライン委員会(government depression NICE guideline committee)も勤め、100以上の学究論文、39冊の著作の章、そして21冊の著作を出版している。博士は現在「人生の困難への慈悲的アプローチシリーズ(Compassionate Approaches to Life Difficulties' series)」の編集者である。恥辱の背後にあるプロセスや精神病理学(psychopathologies)上でのその役割を探究した後、いま、博士は、セラピーに重点をおいて神経生理学と慈悲の治療効果を探究している(p519)

人は欲望に流されて生きている

 多くの物事は、私たちのマインドの中で起こる「動機づけ」によって進んでいく。そして、多くの人たちは、遺伝的・社会的な文脈のスクリプトに流され、ただ生きて死んでいく。このリアリティをほとんど洞察もしないし、コントロールしようともしない。持って産まれてきた気性や恐怖、あるいは食に対する欲望をコントロールできない。あるいは、過去の悪い出来事を思い出したり、個人的な恥辱で苦しんでいる。つまり、マインドフルではなく、正しいやり方で考えることができてはいない(p127)

私たちの苦しみを理解することが慈悲の出発点

 慈悲は、私たちが考えている「自己」が現実には、どれほど気まぐれ(arbitrary)なものであるのかを理解することから始まる(第9章)。例えば、多くの人たちは、心の病や貧困、あるいは戦争といった人生の悲劇のドラマに巻き込まれる。この悲劇を認めることから慈悲は始まる。つまり、このこの洞察をすることが「慈悲中心療法(CFT= Compassion Focused Therapy)」と呼ばれるセラピーの鍵となる(p127)。進化で継承してきたマインドの種類がどのようなもので、どのような仕組みになっているのかを理解し、よりマインドフルになれば、多くの問題は進化によって作られたものであり、それは、私たちにとって障害ではないことがわかる。そこで慈悲的にもなれる(p127,p143)

感情は遺伝子が生きのびるための行動を決めている

 進化論でみれば、最初の生命、単細胞生物が出現したことで、環境から物質的に切り離された自己は始まった。その後、三葉虫、魚類、哺乳類、最終的には人間へと複雑な有機体が進化していく。切り離された自己の感覚は幻覚であると言われることがある。けれども、切り離された物質的な自己がなければ、生物は形態も持てなければ、進化もマインドの進化もまったくないであろう(p130)

 進化とは、各個体が直面する挑戦に適応した変化のプロセスである(p130)。そして、進化論的にみれば、私たちは『遺伝子の乗り物』である。親の遺伝子の組合せによって誕生し、しばらくの間だけ繁栄し、新たな『乗り物』、すなわち、再生産された遺伝子を残し、それから、死んでいく存在である(p127)

 さらに、この人生という短い旅の中には、病気や挑戦、難題を伴う。この中で、生き残り、かつ、血縁者を支援するには、危険なものを見抜いて防衛行動を取る必要がある。同時に食料、性的パートナー、同盟者、快適さ等、生きのびるために役立つモノを捜す必要がある。進化心理学からみれば、こうしたタスクや動機づけは、喜び、愛情、慈悲(compassion)、不安、恐怖、パラノイア、怒り、熱望等、人生の旅の途上で表れる様々な感情によってファシリテートされている(p127)。したがって、私たちは、その内側に天使にも悪魔にもなる「種子」を持っているといえる。なぜなら、文脈に応じて別の動機や感情を始動させるシステムを進化は作り出しているからである(p143)

進化論的に見れば人間の動機づけは哺乳類と共通する

 約600万年前のチンパンジーと共通する祖先の身体や感情や動機づけの特徴を継承している。そして、人間の基本的な動機づけシステムの多くは非常に古く、その多くをそれ以外の哺乳類と共有している。したがって、食料や繁殖にかかわる性的なパートナーを見つけ、安全を望み、他者の子孫よりも自分の子孫に愛着を持つ。また、社会集団内でのステータスやポジションにこだわり、社会的に無視されたり拒絶されることを嫌い、とても部族的で外部集団には攻撃的である(第15章)(p130)

 私たちは進化によって、「親族バイアス(kin biases)」をビルトインされている。自分の子どもに食べものを与えても、世界の他の場所で飢えた子どもたちにはほとんど与えないのはそのためである(p143)。他国の人たちが爆撃されていたとしても、さほど不安を感じないが、そこに自分の子どもがいたとすれば話は別である。すなわち、脅威強迫システムも自分の血縁者を重視する(p142)。このように人は、ジェンダー、宗教、人種を含めた種々なファクターからグループを作り、自分たちのグループに特権を与える(p143)

感情システムは脅威・模索・親和の三つからなる

 慈悲を理解するためには、基本的な動機づけのシステムがどのようなものであり、それをいかにマインドが管理しているのかを理解することが重要である(p130)

 10Jaak Panksepp.jpg感情には様々なタイプがあるが、ワシントン州立大学のヤーク・パンクセップ(Jaak Panksepp,1943年〜)教授は、神経生理学的に感情を機能毎に以下のように整理してみせた。

(1)模索システム(A seeking system)

 生き残りに必要なことを達成するための外的活動につながる感情

(2)怒り・激怒システム(anger/rage system)

動機や活動が妨げられるときに立ち上げる感情

(3)恐怖システム(fear system)

危害を受けたり、モノを損失する脅威下にいるときに生じる感情

(4)セクシュアリティ・熱望システム(sexuality/lust system)

具体的な目標のために適応した具体的な行動を産みだす感情

(5)ケアと母の慈しみシステム(maternal nurturance system)

(6)悲嘆システム

抗議的な絶望と結びついた感情

(7) 喜びとつながった遊びシステム(p134)

 要するに、感情システムを機能的にみれば、以下の三つに分類できる。

(1)脅威と自己防衛に重点をおくシステム(Threat and self-protection focused systems)

 これは、脅威を見つけ、それに気づき、処理・反応する。怒り、心配(anxiety)、嫌悪(disgust)等の感情のベースとなり、闘争、逃避、提出(submission)、凍結等の防御用の行動を起こす。

(2)移動・模索・獲得に重点をおくシステム(Drive, seeking and acquisition focused system)

 生き残りに有利な資源に注意を払い、それを追求・確保することで喜びを経験する。達成・獲得のポジティブな感情を産む(p135)。模索・獲得の動機づけは、遺伝子複製に有利なように、自分や血縁関係に焦点をあわせ、そこで喜びを得られるように進化している(p143)

(3)満足・なだめ・親和に重点をおくシステム(Contentment, soothing and affiliative focused system)

 脅威に重点をおいたり、資源を探索することなく、個体が満足すれば、平和と開れた状態が可能となる。これは幸せの感情と結び付く(p135)

脅威感情システム

人類は他者の苦しみを理解しケアを始めた

 ほとんどの哺乳動物は、基本的な認識や感情にしたがって動機づけられている。自分の子どもの世話をやく動物は多い。けれども、年老いたり、病気にかかったり、血がつながらない個体までケアする動物は、ごくわずかの例外を除いて稀だ。けれども、約100万年前の人類の化石からは、重い傷や病気を負った個体も生きのびていたことがわかる。これは、ケアを受けたからであろう。すなわち、人間は、思考力や創造力といった人間が持つ能力を利用することで他者に対して共感等を抱き、他者の苦しみを理解し、何をすべきかを理解するようになったのである(p139)

人間は未来を予想できる脳を手にした

 化石の記録からは、約200万年前の霊長類にこうした変化があったことがわかる。頭蓋骨の厚さが変化し、脳が成長し、喉頭が動くようになり、皮質(cortex)の肥大やスピーチを可能にしたのである。

 チンパンジーとヒトのDNAを比較した最近の研究からは、チンパンジーや他の霊長類とはまったく異なる新たな方法で情報を分析処理できるニュータイプの脳をもたらすことにつながった遺伝変化が見出されている。

 私たちはSuddendorf & Whittenが「照合精神(collating mind)」と称するものを手にしている。シンボルを使い、驚異的な量の情報を統合できる。欲望を生み出し、それを実現するやり方を創造的に見つけ出せるし、セクシュアリティと再生とのつながりも理解し、避妊することでそれを意図的に妨げる。同時に、武器を開発するように残酷さのためにもこの知能を使える。すなわち、人類は、心の中でシミュレーションすることによって、未来をイメージし、予想・計画できる脳を手にしたのである(p139)

未来を予想できる脳が苦や死の恐怖心を産んだ

 動機づけは未来をイメージして、予想して計画するという新たな能力よりも、はるか以前に進化した古いシステムである(p142)

 例えば、ライオンから逃走するシマウマのことを考えてみよう。安全圏へと逃げ切れれば、シマウマは生理的にすぐに落ち着く。「瞬間のタスク」に再順応する。つまり、必要がなくなれば、未来へのシミュレーションは直ちに止まる。けれども、人間は違う。人間も助かったとは感じる。けれども、同時に「ライオンにつかまり、生きたまま喰われるかもしれない」と実現していない未来を予想できる。そして、この恐怖のイメージが心を占める。そこで、死の恐怖で真夜中に目覚めたり、翌朝には、自分の子どもがライオンに襲われる不安をいだいたりする。ヒトの脳は絶えず「もし…であったならば」と考えることができる。要するに、それ以外の動物ができないやり方で、苦痛、恐怖、苦しみ、死の可能性をイメージできるのが人間なのである(p142)

脅威心に対して人は脆弱であることを自覚しよう

 この未来をイメージし、予想し、計画を立て、反芻する能力は、私たちの創造性の源である。けれども、それは、非常にシビアな「苦を作るループ」へと私たちの心を追いやる。私たちは心配することできる。それは、不安に気づきを集中させる。そして、これのループに閉じ込められてしまう。

 多くの人たちは、不安をいだいたり、怒ったり、復讐したり、利己的な欲望を抱くといったループに巻き込まれている。例えば、ある暴力集団が常に敵に対してどのように残虐に攻撃をするかを考え続け、それを実施するとすればこれは悲劇である。部族間の暴力は、人間だけでなく、チンパンジーを含めたそれ以外の霊長類でも観察されているが、人間は実際に恐ろしい事を行うために、新たに進化した思考能力を用いることができる(p142)

 人間は、とりわけ、脅威システムにおいてマインド内でループを作り出すことに脆弱である。そして、ひとたびこのループに捉われると、そこから抜け出すことが難しい(p142)。このループは、脅威に意識を集中させ、不安や恐怖、パラノイア、攻撃性を産み出すが、これは、脅威防御システムが進化したものである(p143)

 例えば、クリスマスの買い物にいったとしてみよう。10店舗のうち9のショップはアシスタントが本当に親切でプレゼントを買って満足もした。けれども、1つの店舗だけはアシスタントは非常に無作法で、本当には欲しくはないモノも買わされた。さて、帰宅したときに誰について話すだろうか。出会った人たちの90%がよかった事実にもかかわらず、それ以外の怒りやいらだちを中心に話すことであろう。このように脅威システムは、私たちが出るに出られない思考、予測、イメージ等のループに閉じ込める。すなわち、人は脅威を重視しがちで、その脅威がマインド内でループを創り出すように脳がデザインされていることを自覚することが大切である(p142)。すなわち、怒り、激怒(rage)、不安、恐怖、パラノイア、憂鬱、妄想等は、すべて障害ではなく脳の進化の一部なのである。このことを洞察すれば、私たちは自己非難や自己嫌悪から解放される(p127)

模索・獲得感情システム

ポジティブ感情とネガティブ感情は好き嫌いから判断されている

 感情のタイプは、動機のタイプと結びついている。誰かに親切であろうと動機づけられれていて、誰かが傷つけられれば悲しい感情を抱く。一方、誰かに復讐しようと動機づけられていれば、その誰かが傷つくのを見ていい感情を抱くであろう。したがって、社会的関係や動機を与える文脈を抜きにして、単一のプロセスとして感情を考えることには問題がある(p134)

 一方、感情は、ポジティブなものかネガティブなものかとして記述されることが多いが、これはミスリーディングである。心配事が人生を危機を救うことにつながればそれはネガティブではないし、ドライブや食事でポジティブな感情を抱いたとしても、それが肥満につながれば、その結果はポジティブとはいえない。「ポジティブ」や「ネガティブ」は、それらを好きか嫌いかで判断されるが、これでさえトリッキーである。パラシュートでジャンプするときのある程度の不安は、興奮や喜びの一部として経験されるし、性的なサド・マゾヒズムで経験される痛みも異なる(第18章)(p134)

目的が達成されればポジティブ感情は収まる

 コーネル大学のリチャード・アレン(richard allen depue )教授とアリゾナ神経心理サービス(Arizona Neuropsychological Services)のジニー・モローネ(Jeannine Morrone-Strupinsky)博士は、ポジティブ感情は、生理学的には、動機づけ、模索、競争とつながり、宝くじが当たればポジティブ感情が活性化するが、食料や資源が得られたり、脅威がなくなるといった目標が達成されれば、このポジティブ感情は次第に静まり、静かで『平和な幸せ』という別な形に変わると指摘する(p134)

 エネルギー支出のバランスを産み出すため、動機づけシステムは『ターンオフ』される必要があり、それは、『安全と満足(safe and content)』の感情によって果たされる。したがって、刺激的でエキサイトするポジティブな感情と満足した静けさの感情は、神経伝達物質や神経生理学的パターンでも区別できる(p134)

満足と親和感情システム

進化論的にみれば哺乳類の子育てから親和的な感情が生れた

 そして、慈悲には、この感情調節システムがある。そして、その鍵は、親が、悲しむ幼児を静めることができる「アタッチメント(attachment)」が進化に組み入れられている事実にある(p138)。例えば、ほとんどの哺乳類は、一定期間を子育てに費やすが(p130)、母親の存在がストレスを減らす安全さや穏やかさを作り出し、母親は物理的に近づいて快適さを与えることで子どもの脅威システムを静めるのである(p135,p138)。そして、母親は子どもの泣き声に注意深く、それにケアや保護的な行動で反応する。これが、悩みに対して敏感となり、それに何らかの行動をおこす動機づけへの最初の進化なのかもしれない(p135)

 すなわち、爬虫類からの哺乳類へのシフトがこの大きな変化をもたらした。爬虫類までは互いに近接すると闘争・逃避の脅威システム(fight/flight threat systems)が発動してきた。けれども、哺乳類は互いに緊密でいられるやり方を見出したのである。そのためには、お互いが安全さや穏やかを感じるメカニズムを進化させる必要があった。これが、親和的な社会的メンタリティになってゆく(p135)

慈悲では副交感神経系とオキシトシンが大きな役割を果たす

 人間の基本的なホルモン、テストステロン(testosterone)やエストロゲン(oestrogen)も他の動物と同じように作動するし、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質のほとんども他の動物と共有している(13章)(p130)が、慈悲を進化的に理解するためには、アタッチメント、ケア、信頼や親和行動(affiliative behaviour)を推進するエンドルフィン・オキシトシン・システム(endorphin-oxytocin systems)が最も重要である(第13章)。オキシトシンは、長期的にカップルを結びつけ、ストレスを弱め、愛情や信頼感を育む効果があることが知られている(p135)

 また、イリノイ大学精神医学科大学のスティーブン・ポージェス(Stephen W.Poges,1945年〜)名誉教授は、脅威を調節し、緊密で親和的で愛情深い関係を可能にするうえで、副交感神経系(myelinated parasympathetic nervous system)の進化が重要であったと指摘する(p135)

慈悲は利他主義のメリットから進化してきた

 さて、社会関係には、競争、協力、ケアと種々なタイプがあるが、各個人が社会的な関係性を創り出すためには、そのコアに動機づけシステムがなければならない。こうした関係性を創り出す動機づけを「社会的メンタリティ」と呼ぶ。そして、社会的メンタリティは、注意(attention)、認識(cognition)、行動、感覚からなる(p130)。動機づけがなければ、注意(attention)、思考、感情、行動はまったく引き起こされない。そして、「他者の立場に立つ」ことを意味する「視点取得(perspective taking)」、イマジネーション、共感といった様々な認知能力の進化によって、こうした社会的な動機づけや行動はより複雑化していく。

 このうち、他者に関心を持ち、他者のメンタルな状態やニーズを共感・理解し、わかちあうことから喜び感じ、他者が助けを必要としているときに他者を助けることで喜びを感じることを「向社会的行動」という。例えば、別の子どもの宿題を手伝う子どもがこれにあたる(p131)

「慈悲」も外部世界からのシグナルによって生じ、動機づけや社会的行動の引き金となることから、明らかに「社会的なメンタリティ」のタイプである。そして、慈悲はこの「向社会的な動機づけ(pro-social motivation)」をもたらすものとされている。他者に関心をいだき、他者を支援し、他者の幸せを願う動機づけをもたらすからである。

 進化論的にみれば、慈悲は、親のケア、わかちあい、相互援助、親和的きずな(affiliative bonding)のメリットから発展した利他主義の進化とリンクしている(p131)

慈悲は親切な感情ではなく動機づけである

 一般に慈悲は、愛情深く親切な感情と結び付けられている(p139)。確かに、慈悲は、ケアと最も結びつく。また、遊び心や親切の能力が最も重要であろう(p134)。そして、親和感情(Affiliative emotions)がなければ親切心も生じない。すなわち、親和感情は慈悲にとって重要である(第3章)(p138)。けれども、親和感情と慈悲とはイコールではない(p138,p139)。というのも、慈悲と関連する感情は状況に応じてまったく異なるからである(p138)。すなわち、慈悲は、どのような単独のディメンジョンでもマップ化できない(p134)

 例えば、子どもを救うために家事になった家に走るといった慈悲的行動を産み出すのは恐怖心からであろう(p139)。消防のようにかなりの勇気や行動力が求められる救出サービスに従事する人たちが慈悲的行動をするときの感情も精神療法の間に生じる慈悲とは全く異なっている(p138)。親切さで暖かい人は勇敢ではないかもしれず、勇敢な人たちは個人的には不親切ではあったり、暖かくないかもしれない。正しい世界を創造するために道徳的に行動することは明らかに慈悲と結び付くが、ここでの感情も複雑である(p139)。慈悲のコアが動機づけであるとされるのはそのためである(p138)

人間は社会的な動物であるため競争・孤独で心は病む

 人間は、哺乳類として、とりわけ、性的に成熟した青年になると協力しあう仲間を求める。仲間は楽しみや信頼、安全さの源である(p135)。すなわち、人類は哺乳動物として、社会的な生物種として進化してきた。このため、相手からの親切さやケアを検知し、それに反応するために適応した神経生理システムを持つ(p143)

 親和的な経験や安全さの感覚は、特定の生理学的なシステムによって支えられている(p135)。それが、友情を育み、同盟することで安全さを感じる重要な源となっている(p143)。そこで、社会的に安全な仲間とつながっていると感じることは、社会的な支援が得られる以上に精神衛生上もポジティブ影響がある(p135)

 私たちの経済システムは、人間同士を競争させ、自己中心的になるように追いやる。ここでイメージされるのは、対立、孤独、恐れや混乱した感情である。けれども、コミュニティや相互支援が失われ、唯物論的で自己中心的な価値観にシフトしたことが、精神衛生上の問題の増加と結びついていることが認められている(p131)

 慈悲(Compassion)は、一般には『自己や他の苦しみを緩和し防ぐ望みをもった、それへの敏感さ』として理解されている(第8章・第9章)。これは心理学的には、二つのタイプがあることを意味する。まず、苦しみに気づき、それに感情的につながって、かつ、それに圧倒されずに理解する能力である。そして、次は、その苦しみをどのように緩和し、防ぐかを知る知恵と関連する能力である(15章)(p127)。慈悲のコアには、個人が他者の幸せに関心を抱き、他者の感情やニーズを理解し、他者の悩みを減らし、幸せを増やすために行動するというスタイルを進化が創り出した事実にある(p139)

人間は未来への責任がある

 あるタスクに従事すれば、ある感情を経験するように、私たちの脳は作られている。けれども、それだけではない。私たちの脳は非常に柔軟で、ある社会的な文脈やニッチに適応するために適応していく。例えば、生育環境は、脳や神経生理学的な成熟に影響する。敵対的な環境の中で無視されて育った人よりも、愛されてケアされた人たちの方が慈悲深いではないか(p127)

 つまり、私たちの多くは暗い可能性を持つ。けれども、自分自身や他者に対して深い慈悲が開かれるとき、喜ばしい経験ができる可能性もある(第16章)(p127)。私たちの基本的な性質は、残虐で暴力的なものではなく、愛情深く慈悲的である(p146)

 そして、人間は、他者のマインドのことを考えることができる。他者のマインドも感情や動機を持ち、ダメージを受けることを理解できるスマートな脳を進化させてきた。慈悲はケア以上のもので、他者の経験を理解する能力なのである(p143)

すなわち、人間は大きな責任も負っている。というのは、人類は、この洞察力を手にし、マインドを覚醒させることができ、どのような自分になりたく、この物質的な現実世界の中で、どのような世界をもたらしたいのかの本物の選択を始められる唯一の生物種だからである(p127)。質が低いマインドを管理し、望む世界や社会的な条件をいかにして育んでいくのかという選択ができるからである(p143)

 愛されていないと感じるよりも愛を感じ、無関心か憎悪よりも愛することで、ストレスホルモンが減り、免疫系機能が高まり、前頭葉の働きでより幸せになれることがわかってきている(第13章)(P143)

 自分自身に対する慈悲や他者からの慈悲を経験する能力は、愛としての親和感情(affiliative emotions)の能力と結び付いている(p143)。私たちは、若者たちやまだ誕生していない子どもたちのことを考えられる(p143)。私たちが人生と呼ぶこの短い苦闘での中で、慈悲は、私たちに『ベスト』なものをもたらし、本物の親切さやつながりの感情を見出すことを支援する。そして、より調和し、公正な社会的な世界を創造するとき、私たち誰しもが利益を得るのである(p146)

パンクセップ教授の画像はこのサイトから

【引用文献】
Paul Gilbert, “Chapter 7 The Flow of Life An Evolutionary Model of Compassion”

posted by la semilla de la fortuna at 07:00| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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