環境や他者とつながっていた先住民は見事に死を迎えられた
フォレスト・カーターの『リトル・トリー』(2001)めるくまーるには、こんなシーンが出ている。
「祖父の顔に笑みが広がった。今生も悪くはなかったよ。次にうまれてくるときは、もっといいじゃろ。また会おうな。そして、祖父は吸い込まれるように急速に遠くにいった」

現在では、このような見事な死を迎えることがきわめて難しくなっている。現代人は死に対してきわめて未熟である(10p111)。
ふつう、死後の世界の観念は、誰にとっても避けられない「死」という不条理を回避するために産まれたと考えられている。身体が死んでも「自分」が残って生き続けると考えれば、この不条理を避けられるからだ。けれども、かけがえのない「自分」という発想や、刻々と迫りくる死という不安は、過去・現在・未来という直線的な時間に捉われた近代人特有のものであって、太古の人々はそうした不安はあまり感じていなかった(1p20)。

個人が明確な輪郭を持った「自我」として経験されず、部族や氏族の仲間や人間以外の環境とつながったものとして経験される神話的なリアリティの中では、死は意味をもたない。個人の輪郭がはっきりしていなければ、死の輪郭もはっきりしない(10p99)。
すなわち、自然や他者と切り離されていなかったことによって、太古の人々はまっとうに死ぬことができたのではあるまいか。そこで、まず、狩猟採集民たちの世界観を見ていこう。
太古から人類はシャーマニズムを持っていた
ネアンデルタール人の埋葬跡やクロマニヨン人の残した壁画等、人類の精神文化史をたどっていくと「シャーマニズム」が見られる。その初源的な姿のヒントとなるのが、先住民社会等に残される「シャーマニズム」の伝統だ(3p11)。
シャーマンは世界各地域に事例が見られ、その歴史は長い(7)。「シャーマン」という言葉は、東シベリアのアルタイ系先住民、ツングース族の「エヴェンキ語」の「シャマン」に由来し、「暗がりの中で見える人」「知識と知恵のある人」(1p161,6)。したがって、シャーマニズムは、アルタイ語系諸民族の宗教的伝統と言える(1p161)。
アリゾナ州立大学の人類学者、マイケル・ウィンケルマン(Michael Winkelman)教授は、ランダムにサンプリングした47民族社会に存在する115もの呪術的・宗教的な職能者を統計的に分析してみた。すると、シャーマン、霊媒、呪医(ヒーラー)、祭司の4種類に分類できることがわかった(1p26)。

エクスタシーの語源は体外離脱体験
そもそも、シャーマンとは、自ら変性意識に入って聖なる源にコンタクトする者をいう(3p13)。シャーマンたちの他界への旅を人類学では「脱魂」「呪的飛翔」「エクスタシー」と呼ぶ。宗教学者のミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade,1907〜1986年)は、シャーマニズムを「エクスタシーの技術」と定義する。なお、エクスタシーという言葉は、気持ちいいというニュアンスで使われているが、もともとのギリシア語「エクスタス」は「外側に立つ」という意味で体外離脱体験を示唆している。体外離脱体験は、深遠な法悦感を伴うことからそういう感覚がエクスタシーと称されるようになったのであろう(1p24〜25)。
脱魂型シャーマン文化が最も基礎
シャーマンの変性意識は、「脱魂型」と「憑霊型・憑依型」とにわけられるが(1p27,1p69,3p14)、体外離脱体験によって、自我への執着を瓦解させる狭義の「脱魂型」のシャーマンは、全世界の4分の1の社会にしか存在しない。その大半は、カラハリ砂漠や極東シベリアやアメリカ先住民で、狩猟採集生活をおくってきた人々の社会だ(1p27,3p14)。そして、脱魂型のシャーマニズムには、魂の解放そのものをもたらす深さがあり、旧大陸でキリスト教や仏教が果たしていた世界観を与える役割も果たしている(3p16)。このことから、脱魂型シャーマンが最も普遍的な宗教実践の基本形であることをうかがわせる(1p27)。
最古の人類クン・サン族にも微細な身体の概念がある

もちろん、レヴィ・ストロース(Lévi-Strauss, 1908〜2009年)に言わせれば、現在存在している部族社会は、「退行現象」を起こした社会であって、そのまま歴史上の原始社会と同一ではない。現在の部族社会に見られるシャーマニズムを太古のシャーマニズムとすることには無理がある。とはいえ、史実と異なるとしても、それを参考としていくしかない(3p12)。

『ンム』には病を癒す霊力があると考えられているが、この力は特別な人が手にしているだけではない。このため、男性の大半と女性の3人に1人は霊力を持つことを試みる。けれども、成功するのは男性の半数、女性では10人に一人にすぎない。体内の『ンム』が活性化すると身体中が沸騰したような恐ろしい体験『キア』が起こり、それをコントロールすることが難しいためだ(1p25)。
鍵となるのは、踊りであり、長時間踊っていると、臍の下にある生命エネルギーが熱くなり、脳天を突きぬけて上昇する。中国では、人間を「気」や生命エネルギーの場としての「微細な身体」として捉えてきた。けれども、興味深いことに、これを見れば、「気」やインドのプラーナに相当する概念が、最古の狩猟採集民、クン・サン族にもあり、クンダリニーの覚醒とほぼ同一の体験をダンスを通じてしていることがわかる(9p23)。
シャーマニズムでは動物の精霊が重要な地位を占める
太古のシャーマニズムでは、動物の精霊が聖なる象徴で、熊や鷲は特別重要な存在とされていた(3p22〜25)。旧石器時代の壁画が、現在の狩猟採集部族が、共通して動物霊を聖なる存在として重視していることからも、そのことがわかる(3p26)。
動物霊と交信する宗教は、アニミズムと呼ばれ、原始的とされがちである(3p26)。けれども、アニミズムが多神教に発展し、多神教が一神教へと発展していくとする図式はかなり怪しい。現存する部族社会においても至高神信仰が多くあり、狩猟採集社会の最初の神の観念も至高神であったとの主張もある(3p28)。
とはいえ、部族社会の至高神の観念には、地球生態系への深い感謝や祈りが付随する。動物の精霊が重要な地位を占めていて、上から人格神が支配するといった観念は見出せない(3p30)。
外から見る人類学から自ら体験する人類学へ
1960年代後半から1970年代にかけて、宗教人類学では大変な変化が起きた(8p52)。それまで人類学者たちは、「儀礼」を外から観察して、神話の構造分析や社会・政治組織とつなげて論じて来た。けれども、この時期から人類学者たちはシャーマンや呪術師に直接弟子入りして、自分の体験をベースに内側から儀礼の内容を語るようになったのである。この変化の背景には環境問題や戦争等、近代技術や合理主義がもたらした限界が明らかになったことがある(8p53)。

ネオ・シャーマニズムの変性意識では動物と出会える
明治大学の蛭川立准教授は、カリフォルニア大学バークリー校において、ハーナー博士等が行ったワークショップに参加したところ、沖縄のガマのビジョンが見え、その中でミュウミュウと鳴く茶色い毛むくじゃらのアザラシのような動物に出会ったという(1p234)。
長澤靖浩氏も、1999年にエサレン研究所で指導を受けた濱田秀樹氏の指導するワークショップに参加した。イメージの中で洞窟をくぐり抜けてバンビと出会い(3p32)、その後、年老いたカモシカと出会う。そして、そのカモシカの胸に飛び込んだ(3p33)。また、竜宮場のような場所に案内され、援助霊であるカモシカから、大地が巨大な亀であることを教えられているという(3p34)。
ホモ・サピエンスはなぜ15万年、文化を持たなかったのか
現在、最古されるホモ・サピエンスは、エチオピアで発見された19万6000年前のものである(4p49)。彼らは、解剖学的には現代人とまったく同じ肉体に進化し、現代人と同じ高度な脳も手にしていた。にもかかわらず、象徴化の能力が示され始めるのは10万年前からであり、かつ、アフリカでしか起きていない(4p42〜4p43,4p49)。
「シンボル化」の最古の事例は約11〜9万年前に南アフリカに出現した骨で作られた道具である(4p45)。また、約7万7000年前には、南アフリカのケープ州のブロンボス洞窟で、幾何学模様が付いた赤色のオーカーや小さな貝殻に穴を開けたビーズのセットが発見されている(4p45〜46)。
オーストラリアにも古くから人類が移住している。その年代は6万年前とされるが、大洋を航海するためには高度な抽象化の能力が必要であろう。そこで、ブロンボスのオーカーの年代に近い7万5000万年前にまで遡るとする意見もある(4p47)。
4〜5万年前に意識革命が起きた
フランスのラスコーやスペインのアルタミラ等の洞窟には世界最古の芸術が残されているが、これまで発見されているヨーロッパ最古の洞窟壁画は3万5000年前のものだ(4p42)。すなわち、4〜3万年以降に突如として洞窟芸術の爆発が怒り、約1万2000年前まで続いている(4p14)。
すなわち、洞窟芸術の爆発が起こり、人類の意識革命が起きたのは4〜5万年前のことでしかない(8p57)。約25万年前に出現したネアンデルタール人は、象徴化の能力を欠いており(4p45)、ホモ・サピエンスも15万年は文化を持たなかった。すなわち、原生人類の脳の肉体構造と精神との間にギャップがあることを意味している(4p50)。
変性意識状態から洞窟壁画と宗教は産まれた
古代サン族が描いた格子、網目、梯子、ジグザグ模様の幾何学パターンは、現在のボランティアの被験者たちが幻覚物質で体験した「内視現象」やヨーロッパの洞窟壁画と似ている。そのことに南アフリカのウィットウォータースランド大学のデヴィッド・ルイス=ウィリアムス(James David Lewis-Williams,1934年〜)教授は気づき(4p105,4p108)、1988年に「現代人類学」で、洞窟壁画と宗教の起源に関して神経心理モデルを提唱している(4p57)。
洞窟壁画に登場する動物は変性意識で出会った

後期旧石器時代に起きたこの精神革命は宗教につながるが、洞窟や岩絵に描かれたモチーフは、現代人が変性意識で体験する光のビジョンと共通する。すなわち、その背景にシャーマニズム的な呪術的実践で生れた変性意識状態があったことは間違いない(8p58)。
壁画のほとんどは馬、野牛、マンモス等を描いている。このため、狩猟の対象となる動物を支配するための魔術のためだと考えられた(4p101)。けれども、洞窟に残された骨から祖先が食べていたものを知ることができるが、それは壁画に描かれたものとは一致しない(4p102)。

アフリカのナミビアの洞窟でも約2万7000年前の下半身が人間でライオンの頭部をもつ絵が発見されている。南アフリカには下半身が人間で上半身がカマキリである絵もある(P103)。南アフリカのサン族は、カマキリのイメージを含めて、自分たちの祖先が残した洞窟壁画について説明しているが、彼らによれば、壁画は部族のための情報を得るために霊界を旅したシャーマンによって書かれたという(4p107)。ヨーロッパ南西部にある300程の洞窟壁画はビジョン芸術だったのである(4p57)。
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【引用文献】
(1) 蛭川立『彼岸の時間〜意識の人類学』(2002)春秋社
(2) ジェームズ・レッドフィード『進化する魂』(2004)角川書店
(3) 長澤靖浩『魂の螺旋ダンス』(2004)第三書館
(4) グラハム・ハンコック『異次元の刻印(上)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源』(2008)バジリコ
(5) 蛭川立『精神の星座』(2011)サンガ
(6) 2011年10月27日「君もシャーマンになれるシリーズ2―シャーマンとは?予言者とは?」生物史から自然の摂理を読み解く
(7) 2011年11月17日「君もシャーマンになれるシリーズ3〜シャーマンとは?予言者とは?」生物史から自然の摂理を読み解く
(8) 永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ
(9) 永沢哲『日本トランスパーソナル心理学/精神医学会第12回学術大会基調講演:惑星的思考へ』トランスパーソナル心理学/ 精神医学vol.12, No.1, Sept, 2012 p.10-p.29
(10) 片山恭一『死を見つめ、生をひらく』(2013)NHK出版新書