セロトニンは脳の安定化装置のネジを外す
シャーマンたちは踊りや歌で、トランス状態に入っていくが、なぜ、踊りによって変性意識に入れるのであろうか(8)。
人類の脳は、それ以外の動物に比較して大脳新皮質が極端に肥大化し「不安定化」している。このため、脳に外部から流入する情報を取捨選択することで脳の安定化が図られている。したがって、幻覚トランス状態に入るための鍵を握るのが「脳の安定化装置」を緩めて外すことにある(7)。そして、セロトニンやその受容体であるセロトニン・レセプターと呼ばれる脳神経伝達物質の働きが強まると脳の安定化装置の「ネジ」が緩んで外界情報が次々と流入してくる(7,9)。このため、普段はゲットされない自然界の微細な動きや人の肉体の微細な変化、心の変化と言った膨大な外部情報が脳内に流れ込む(7)。シャーマンは、こうした通常では掴み取れない微細な外界情報をゲットする(8)。この外部情報と潜在意識に記憶されている情報とが組み合わされたときに、人は「幻覚」を見るとされている(10)。

太鼓のリズムもセロトニンを活性化させる
踊りや歌等による単純なリズム運動もセロトニン神経を活性化させることがわかっている(7)。あらゆる自然現象にはリズムがある。呼吸や心臓の鼓動、脳や生殖もリズムを持つ。私たちがリズムに心地よさを見出すのは、進化の過程で身に付けて来た生命のリズムが自然と共鳴するからだ。リズムをあわせることとは、太古の昔から生命が継承してきた「振動する身体」を確かめている瞬間だともいえる(9)。
また、太鼓も、おそらく人類最古の楽器で、シャーマンがトランス状態に入るためには、なくてはならない道具だった(2p235,8)。太鼓のリズムは心拍数に近い100〜120BPMでリズムを刻む。現代でもトランス音楽等で100〜120BPMのリズムを長時間聞き続けるとトランス状態に近い意識になれることがわかっている(8)。太鼓からはじき出される単調なリズムは、日常的な時間の流れを停止させ、永遠の「今」を刻み続ける(2p235)。シャーマンが叩く太鼓のリズムは、身体に内包されている自然のリズムの記憶を呼び覚まし、増幅させるアンプのような役割を持つ(9)。
シャーマンにとって、太鼓は重要な意味を持つ。太鼓を「魂」の乗り物と位置づけている地域すらある(8)。そして、中世ヨーロッパやモンゴルにおいては太鼓を所持することそのものが「麻薬」を所持するかのように禁止されていた(2p235)。
中南米のシャーマンは幻覚植物を利用する
アジアのシャーマンたちが踊りや祈り歌を通じて変性意識に入っていくのに対して、南米、とりわけ、中南米の原住民たちは、1万年以上も前から幻覚植物を利用してきた(6,7)。幻覚物質はアマゾン流域では何千年も先住民たちの重要な文化の一部となっている(3p61)。
幻覚植物ペヨーテとメスカリン
1901年に哲学者、心理学者、ウィリアム・ジェームズ(William James, 1842〜1910年)は、亜酸化窒素ガスを吸引することでトランス状態に入り、意識と現実との関わりについて形而上学的な洞察を得た(3p149)。

LSDはセロトニンの抑制を外し超越体験を引き起こす
1950〜1960年代にかけては、LSDの臨床実験や研究がなされたが、LSDで経験される「変性意識状態」が、宗教で言われてきた神秘体験と極めて類似していることが明らかになって来た(5p53)。
そのメカニズムの中核には、やはりセロトニンを神経伝達物質とする神経回路がある(5p53)。アーノルド・マンデル(Arnold J Mandell)博士によれば、セロトニンが生産される「縫線核」は原始的な脳の部位や脳幹にまたがっているが、LSDをはじめとする幻覚物質は、セロトニンと拮抗的に働く。このため、海馬のCA3細胞へのセロトニンの抑制が失われる。このため、CA3細胞の活動は活発化し、海馬−中隔において、ゆっくりとしたアルファー波やシーター波の脳波が発生する。さらに、海馬−中隔で同期化が起こり、前頭葉においても同期化が起きていく。結果として、LSDは左脳と右脳の融合を通じて超越体験がもたらされる(5p54)。
マジック・マッシュルーム(シロシビン)もセロトニンの抑制を外す
1960〜1970年代のサイケデリックの黄金時代にLSDと並んで着目されたのが(2p268)、マジック・マッシュルームとそこからアルバート・ホフマンが分離したシロシビンである(2p268,5p54)。シロシビンも、セロトニンとよく似た分子構造を持つ。このため、セロトニン・レセプターの働きを強める(7)。そこで、セロトニンの抑制作用が抑えられ、海馬に影響し、側頭葉が刺激される。その結果、情動や視覚中枢のブロックが解放され、抑圧されていた無意識の情動が浮上して幻覚体験が生れる(5p56)。

セロトニンと類似したジメチルトリプタミンで幻覚を起こすアヤワスカ
そして、第三の波がアヤワスカ(Ayawaska)である。アヤワスカは1960年代に最強のサイケデリックスを探し求めていた作家、W・バロウズがすでに記述しているが、熱帯雨林からやってきた神秘的なハーブというイメージが、エコロジーやアーバン・シャーマニズムと重なって人々の心を捉え、流行し始めたのは1990年代に入ってからである(2p269)。
幻覚植物アヤワスカとは、インカのケチュア語で『魂の蔦』あるいは「死者のツタ」を意味する(3p60,4p80)。
アマゾン川流域に自生するキントラノオ科のつる植物バニステリオプシス・カーピ(アワヤスカ)に、ジメチルトリプタミン(DMT)を含む植物、プシコトリア・ウィリディス(チャクルーナ)の葉を加えて煮出して作られた飲料である(3p62〜63,2p156,6,7)。
アヤスワカの有効成分DMTは、脳内の神経伝達物質セロトニンと類似した構造を持つ。このため、脳に作用して意識を変容させる(4p46)。DMTは、ある種のヒキガエルやヒトの血球等にも存在する物質で(10)、DMTは幻覚を引き起こすが、普通は、胃の中に存在する酵素、モノアミン・オキシダーゼがこれを分解し、不活性化している。けれども、ツタには、この酵素の阻害化学物質が含まれているため、DMTをうまく作用させるのである(3p62〜63,3p156)。人類学者、ジェレミー・ナービーはこう述べる。
「アマゾンには8万種もの植物がある。うち、幻覚をもたらす低木の葉を選び取り、幻覚作用を妨げる酵素を不活性化する物質を含むツタと組み合わせている。どうして、こういうことを知っていたのかと尋ねると『幻覚性植物から直接この知識をもらった』と彼らは言うのである(3p62〜63)。
民族植物学者、リチャード・エバンス・シュルツも驚いている。
「化学や生理学の知識がない原始社会の人々がなぜ、モノアミン・オキシターゼ阻害成分でアルカイドを活性化する解決策に出会ったのか不思議と言わざるを得ない。実験の繰り返し。おそらく違うだろう。組み合わせの数があまりにも多すぎる」(3p64)。
アヤワスカでUFOによる拉致体験ができる
1991年に全米で実施された世論調査から、成人の約2%がUFOによる拉致体験をしていることが判明したが(3p162)が、拉致されたと信じる人々が最も頻繁に報告している事例が、エイリアンから異物を体内に挿入されたという体験である。1961年に車で走行中に宇宙人に誘拐されたことで知られるベティとバーニー・ヒル夫妻の事例でも、長い針をヘソから挿入されたと述べている(3p165)。奇妙なことに、狩猟採集社会の民族史や人類学の研究からは、頭部や身体に水晶を挿入されたり、四肢を切断されたり、脳や目を摘出されるといった体験が記述されている(3p158)。オーストラリアでは、精霊がやってきて内蔵を入れ替える手術を施した後、呪力を持つ石や蛇を体内に埋め込んでシャーマンに変身させる伝説が各地の先住民社会に見られる(2p101)。
UFO拉致体験では、空に引き上げられる体験が多いが(3p190)、シャーマンの入門儀礼でも、神々や精霊の領域は空にあるために空の旅の体験事例が多い(3p186)。オーストラリアの北西部のシャーマンは「空気のロープを使って空にいく」と語り、クン・サン族も「紐やロープを用いて空の旅を行う」と主張し、クリン族やクルナイ族のシャーマンは「身体からクモの巣のように細い糸が出て、それを伝って天界に昇る」と述べている(3p190)。
明治大学の蛭川立准教授は、ペルー・アマゾンのシピボ族のシャーマン、マテオ・アレバロ氏から、アヤワスカの儀式の中で、緑色をした小人の異星人に誘致された経験を聞いているが(2p100)、アメリカのグレート・ベーズンの先住民のシャーマンは「小さな緑色の人」を守護霊として持つ(2p101)。そして、ハート型の頭を持つ小柄な宇宙人グレーとそっくりのイメージは、後期旧石器時代のヨーロッパの洞窟壁画やクン・サン族も描いている(3p199)。
同時に、エイリアンは、動物やエイリアンと動物の両方の特徴を持つ姿で出現することが多い(3p200)。ブラジルのイピフマ族のシャーマン、ベルナルド・ペイホト博士は人類学の研究者でもあるが、UFOに拉致された体験も持ち、グレイは、イブヒマ族がフクロウの姿をした「イクヤ」と呼ぶ精霊だと明言している(3p204)。


幻覚物質を用いて手術を行っていた古代人

けれども、アリュート族はただ外科手術を行うだけでなく、中国とよく似た「気」の概念を持ち、鍼で多くの病気が治療できることを知っていた。また、マッサージも行い、格闘技も発達させている。鍼、気、そして、武術にまで共通するとなるとただ事ではない(1p176〜177)。このため、ラフリン教授は、伝統医療は、アリュート族が独自に発達させたのではなく、北東アジアのモンゴロイドをルーツとする先史時代にあるのではないか、と考えている(1p178)。
世界の各地の先住民社会では、儀式としての人体の変形がごくあたりまえのように行われている。顔面や頭部の変形も各地でなされ、コロンブス自然のチリには顔面を変形させるための器具さえあった。古代ペルーでは、頭蓋骨に穴をあける穿頭術も発達していた(1p173)。T・D・スチュアートが214の頭蓋骨を調べた結果、完全に治癒したものが55.6%、治癒の初期段階にあるのが16.4%で、治癒痕跡が見られないものは28%だった。別の400の頭蓋骨の同様の調査でも62.5%が治癒している。
実はこれは、驚くべき治癒率である。ヨーロッパで近代的な麻酔法や消毒法が導入され、死亡率が43%から14%に下がったのは19世紀半ば以降のことで、それ以前の18世紀には致死率が100%に近い難手術だった。このことから、穿頭術にかけては、古代ペルーは、ヨーロッパよりも優れていた(1p192)。
これも、精神活性物質が関係している。例えば、チョウセンアサガオには強力な薬効や精神作用があるが、ニューメキシコ州の先住民、ズーニー族は、様々な外科処理の前にこの薬草を用い麻酔に使っているのである(1p180)。
農業は幻覚物質を得るために始まった?
人類は石器時代にすでに酒を発明しているが、それよりもさらに古くから使われていた植物がある。近東の新石器時代のイェリコ遺跡では、ベラドンナ(ナス科の有毒植物)、マンドレーク、ヒヨス等、麻酔作用のある植物が最初に栽培されている(1p201,1p205)。
ケシも地中海西部では8000年前から栽培されている。また、中央アジア原産のカンナビスも5000年前に、ケシを用いた儀式がなされており、ルーマニアのクルガン文化の墓地からは焦げた大麻の種子が残っている。前5世紀にギリシアの歴史家ヘロトドスは、黒海北部の遊牧民スキュタイがカンビタスを使っていることを記録しているが、ソビエトの考古学者がアルタイ山脈にあるスキタイの古墳からカンビタスの種子を発見している。カンビタスは、中国にも及んだ。古代中国にはカンビタスを使う道士(シャーマン)の話が頻繁に登場する(1p202〜203)。
東南アジアでは精神活性物質として、コショウ属のキンマが知られるが、やはり9000〜7500前のタイ北西部のスピリット洞窟遺跡からはキンマの実が見つかっている(1p204)。
オーストラリアの先住民たちは農業をしていないにも関わらず、草の実を挽く食品加工は少なくとも3万年前から行っていた(1p239)。そして、ニコチンを含む植物ピチュリを用い、ピチュリからニコチンを引き出すため、アルカリ成分が非常に多いブロートン・アカシアを使っていた。彼らも食用植物よりも、精神作用のある植物の方を重視していた(1p205)。
北米の先住民、ブラックフット族は、農業を軽蔑して行わないが、唯一の例外がタバコである。タバコの原産地は、パタゴニア低地、パンパス、グランチャコ等、南米南部で、アメリカ大陸からヨーロッパに伝えられたものだが、8000年前に彼らが農業を始めたのは、「食料」ではなく「タバコ」を確保するためであった(1p205)。

どうも、農業も腹を満たすためよりは、心を満たす、すなわち、精神活性物質を確保するために始まったらしい。けれども、だとすれば、なぜ、古代人たちはこれほど、トリップすることにこだわっていたのだろうか。
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【引用文献】
(1) リチャード・ラジリー『石器時代文明の驚異』(1999)河出書房新社
(2) 蛭川立『彼岸の時間〜意識の人類学』(2002)春秋社
(3) グラハム・ハンコック『異次元の刻印(上)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源』(2008)バジリコ
(4) 蛭川立『精神の星座』(2011)サンガ
(5) 永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ
(6) 2011年12月15日「君もシャーマンになれるシリーズ5〜南米のシャーマンは何を見ているのか?」生物史から自然の摂理を読み解く
(7) 2012年1月5日「君もシャーマンになれるシリーズ6〜シャーマニズムと幻覚回路」生物史から自然の摂理を読み解く
(8) 2012年2月23日「君もシャーマンになれるシリーズ8―リズムを合わせるとは?その1」生物史から自然の摂理を読み解く
(9) 2012年3月15日「君もシャーマンになれるシリーズ8―リズムを合わせるとは?その2」生物史から自然の摂理を読み解く
(10) 2012年8月2日「君もシャーマンになれるシリーズ12―シャーマン(予知・予言能力)の脳回路」生物史から自然の摂理を読み解く
(11) 2013年5月2日「君もシャーマンになれるシリーズ22〜松果体がシャーマン能力を開花させる「鍵」か?」生物史から自然の摂理を読み解く