2016年06月19日

彼岸の生物学B 危機回避のためのOSアップデート


どの宗教のベースにも変性意識がある

 20160618-Williams2.jpgデヴィッド・ルイス=ウィリアムス(James David Lewis-Williams,1934年〜)教授は、どの宗教にもその基盤には変性意識状態があると主張する。私たちの祖先は「幻覚」を価値あるものとして位置づけ、同じリズムを繰り返すドラムや踊り、過呼吸、飢餓、自傷行為、幻覚植物を用いることで「幻覚」を体験してきた。幻覚植物の利用は後期石器時代にまで遡る。そして、狩猟採集社会においては、幻覚体験をする役割を担うのがシャーマンであった(2p56)。狩猟採集社会においては、シャーマンはコミュニティのリーダーであり、死者の魂の導き手であり、予言者であり、病気の治療者だった(1p50)

20160619krippner.jpg 米国の心理学者スタンリー・クリップナー(Stanley Krippner, 1932年〜)セイブルック大学教授は、進化心理学の立場から、変性意識に入る能力は、全人類が狩猟採集生活を送っていた時代に適応進化させたものだと主張する(1p28)。現代の都市化社会では、この能力が抑圧されて社会的に開発されていないだけであって、誰もが潜在的にはシャーマンになれる能力を持っていることになる(1p29)。けれども、超越的な変性意識に入る能力をホモ・サピエンスが適応進化させてきたとすれば、それにはどのような意味があったのだろうか(1p50)

リスク回避のために生物は感覚器官を進化させた

 どの生物も外部から情報をキャッチすることで行動している。単細胞生物は特定の物質濃度を「受容体」で感知して、その濃度勾配によって行動する。これを「走化性」と呼ぶ。けれども、走化性に見られるようなシンプルな行動だけでは絶滅するリスクが高い。そこで、多くの情報をキャッチし、それに応じて多様な行動が取れるように感覚回路を進化させてきた(10)

 まず、生きていくのに安全な食べものかどうかを「毒見」する接触刺激器官として「味覚器」が発達した。一方、遠方にある敵や獲物を感知する「遠隔刺激」の「感覚器」が嗅覚器である。もともと味と臭いを感知する器官は分化せず、ひとつの化学受容器で感知していた。その後、眼を獲得することで、動物は遠方から敵や餌をはっきりと認識できるようになっていく(10)

左脳はパターン化された補食行動を調整している

 長らく、言語や利き腕、空間関係等の脳内での処理能力の偏りは、人間だけに見られる特徴であって、それ以外の動物では右脳や左脳の機能には差がないと考えられてきた。けれども、数々の観察や実験から、かなり初期の段階から右脳と左脳の機能分化が始まっていることがわかってきた(7)

 脊椎動物の多くは神経回路が左右で交叉しているため、右半身を左脳が、左半身を右脳がコントロールしているが、左脳が日常的な行動の制御に特化していることを裏づける証拠として、魚類、爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類等、すべての脊椎動物が、日常的な摂食行動を右側に偏って行っていることがあげられる(7)

 音声言語や非音声言語も、人類が出現するはるか以前から存在していた動物に生じた大脳半球の機能差に由来し、鳥類の研究からは、左脳が歌を制御していることが明らかになっている。また、アシカやイヌ、サルでも、左脳が同種の仲間の泣き声を認知している。そして、サルの一種であるコモンマーモセットは、仲間に向けて友好的な鳴き声を出すときには、口の左側よりも右側を広く開ける。ヒトも話すときには口の右側を左側より大きく開く傾向がある。日常行動のひとつである発声機能や言語では、身体的な右側、すなわち、左脳の優位性が認められる(7)

リスクを回避する右脳の機能は魚類段階から進化した

 生物の脳は、一塊の神経節から発生しており、いわゆる「中枢神経」が誕生した段階では、脳の左右分化はまだ見られない(8)。けれども、約5億年前に脊椎動物が出現した時点では、右脳と左脳の分化が既に認められ(6,7)、脳の基本構造や右脳左脳の機能差の原型が誕生する(7)。魚類は、視覚、聴覚、側線感覚をたよりに、振動や音といった外部刺激をキャッチして、逃避行動を起こすことができるが(10)、明確な左右分化が始まるのは、この魚類の段階からである。そして、爬虫類、両生類、哺乳類、霊長類へと進化して「新しい脳」が塗り重ねられる毎に左右分化が進んでいく(8)。魚類、両生類、鳥類、哺乳類と、いずれも左視野(脳の右側)に捕食者(天敵)が入った方が、右視野(脳の左側)に入ったよりも大きな回避反応を示すことが、様々な動物の捕食反応を調べた研究からわかってきた(8,12)

 このことから、想定外の刺激を感知し、それに反応する機能は、かなり古い時期から脳の右半球が受け持つようになってきたことがわかる。人間でも、即時的な行動が必要となる想定外の刺激に対しては、右利きでも左手(右脳)の方が早く反応する。ワシントン大学のフォックスらは、こうした研究から、ヒトの警戒システムは右脳にあり、想定外のリスクを回避する機能は右脳が担っていると結論づけている(8,12)

顔を見分けて仲間を認識するのも右脳の力

 けれども、魚類は、危機に対応してただ反射的な逃避行動をするだけではなく、さらに、高度な進化形態である「群集行動」をとることもできる(10)。想定外の天敵から逃避する以外に、初期の脊椎動物が反応する必要があったのは、同種の仲間との出会いであった(8,12)

 20160619Keith kendrick.jpg魚類や鳥類では仲間の群れを認識し、すぐに反応する社会行動が見られるが、これをコントロールしているのも右脳である。ケンブリッジ大学のケイス・ケンドリック(Keith Kendrick)教授は、ヒツジも顔の記憶から他のヒツジを認識でき、この認識は右脳がかかわっていることを明らかにした。すなわち、相手の顔を認識する右脳の能力は、比較的初期の脊椎動物が手にした同種の仲間の外見を認識する能力に由来する。人間でも、相手の顔を認識できなくなる「相貌失認」は右脳の障害に原因があることから、顔を認識する機能は右脳にあることがわかっている(8,12)

左脳は部分に着目し、右脳は全体のパターンを認識している

 20160619David Navon.jpgイスラエルのハイファ大学のナボン(Emeritus David Navon)教授は、脳にダメージのある患者に、約20個の小さなAが大きなHを形づくるように並べた図を見せ、その図を描かせるという実験を行ってみた。このことから、全体と部分の認識力に関する驚くべき事実が明らかになった。左脳にダメージがあり右脳が正常な患者は、小さなAの文字をまったく含まない単純なHを書くことが多い。一方、右脳にダメージがあり左脳が正常な患者は、小さなAの文字を紙全体にばらばらと書いたのである。このことから、左脳が部分に着目する一方で、右脳は詳細な個々の要素にはあまり注目せず、全体状況に注意を向け、つながりの全体パターンとして空間を捉えていることがわかる(8,12)

右脳は、全体把握、危機回避力、仲間認識力を司る

 以上のように、長い生物の進化史を見れば、脳がない時代から、生物たちは身体感覚を用いて情報を得て判断してきたことがわかる(9)。また、多くの生物実験の研究結果から、「パターン化した日常的な行動」を担うのが左脳で、「天敵に出くわすなど突然の場面での行動」をコントロールするのが右脳と役割分化してきたことがわかってきた(6,7,8)

 すなわち、「右脳」の役割は、@危機回避機能、A全体把握機能、B顔認識機能(同類認識)であることがわかる(8)

 危機を察知して対応するための感覚回路との結びつきは、右脳の方が左脳よりも強い(5)。直感力は一般的に右脳の特徴とされるが、右脳と強く結びついた感覚回路が危機察知のために働くからだ(6)

日常性のシンキング・マインドでは危機対応ができない

 人類は急速に大脳新皮質、とりわけ、前頭葉が発達させることで「観念機能」を進化させてきた(5,10)。さらに、250万年前に言語が発明され、言語情報が共有されることで、環境適応度はさらに高まり、人類は逆境を生き延びることができてきた(5,9)。けれども、急速な進化を遂げた大脳新皮質が脳をコントロールすることで、それ以前の脳(脳幹、小脳、大脳辺縁系)の機能が制御・抑制されてしまっている(5)。すなわち、このことで、逆に無意識から情報を引き出す能力は弱まった。脳内の顕在意識だけを処理する、言わば「観念病」に侵されているともいえる(9)。これは、逆にいえば、大脳新皮質の思考機能を抑えることで、脳の基底的役割(生命維持、運動機能、情動)を開花させ、無意識の領域から情報を引き出し、観念レベルを超えた判断が得られることを意味する(5,9)

 コンピュータのOSがコンフリクトを起こしてフリーズしてしまったときには、リセットしてシステムを再起動する必要がある(1p55)。これと同じように、日常的なものの見方の枠組みでは解決できない問題に直面したときには、自動処理されてきた常識的な情報処理を一旦中断し、作業を再点検する必要がある(1p54)

自動化したシンキング・マインドを抜け出ればシンクロする?

 20160619Deikman.jpg変性意識状態というと、日常的な意識状態よりも覚醒水準が下がるイメージがある。けれども、逆なのだ。カリフォルニア大学デービス校のチャールズ・タート(Charles T. Tart,1937年〜)教授によれば、むしろ日常の方が、自分自身が所属する文化からの反復的な暗示によって文化的な催眠状態・自動運転状態におかれている(1p54)。そして、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の心理学者アーサー・ダイクマン(Arthur J. Deikman, 1929〜2013年)教授は、変性意識状態を認知の「脱自動化」として捉える(1p54)

イギリスの社会人類学者、ジェームズ・ジョージ・フレイザー(James George Frazer, 1854〜1941年)卿は、大著『金枝篇』において、正しいものを科学、誤ったものを呪術と定義した。以来、誤った認識に基づく実践が「呪術」と称され、なぜ、人々は誤った因果関係を信じるようになるのかを文化人類学者や社会心理学者たちは研究するようになった(1p53)

 けれども、正しい因果関係といった時点において、そこには科学的思考が伴っている。近代社会は因果性の原則に基づいて科学技術を高度に発展させてきたが、それは因果性の原理が正しいからではなく、近代社会のイデオロギーには因果性の原則の方が親和性があっただけにすぎない。また、「呪術」は共時性という因果性とは独立した原理に基づく実践かもしないのである(1p注10)

本能、情動、知性が統合されたシャーマンの変性意識が意識を進化させる

 シャーマンの脳は、左半球の前頭葉・大脳新皮質(=言語野)の働きが抑えられ、言語以前の空間把握を司る右半球の働きが活発化している。思考の集中時に見られるベータ波に、通常では見られないピーク波が現れる一方で、通常眠っている時にだけ見られるデルタ波も現れる(4,9)。いずれも、通常の脳の活動状況には見られない現象だが、シャーマンの脳は、デルタ波が示す睡眠時と同じ無意識下で情報を処理すると同時に、ベータ波が示す無意識領域から何らかの情報をゲットしていると考えられる(9)。ここにシャーマン脳のヒントがある(5)

20160203Michael Winkelman.jpg 哺乳類の旧脳、とりわけ、記憶の海馬や快楽に関わる海馬―中隔、視床下部が、情動や自律神経のバランスを制御する領域が活性化し(3p55)、旧脳からの徐波で前頭葉両半球でも徐波のコヒーレンスの増大が起きることで、認知と情動、直観と分析的知性の高次な統合がもたらされる(3p56)

 アリゾナ州立大学の人類学者、マイケル・ウィンケルマン(Michael Winkelman)教授は、この変性意識状態を「統合意識モード」と呼び、この統合こそが、宗教や人類の進化において決定的な役割を担ったとウィンケルマン教授は考える(3p54,3p55)

松果体から分泌されるジメチルトリプタミンの働きで臨死体験が起きる

 松果体は、脳の中心付近の脳幹や小脳上部に位置し、2つの視床体が結合する溝にはさみ込まれた約8mmの赤灰色の内分泌器官である。扁桃体が形成される以前から存在する古い器官で、脳幹等の古い脳とより密接に関係している(11)

 松果体は、ヨガのチャクラ、神に通じる「第三の眼」としてスピリチュアリズムが重視してきた。松果体は、超心理学の分野でも研究が進められているが、その本当の機能がほとんどわかっていない謎の器官である。ヨガでは、アジナ・チャクラ、仏教では、釈迦の額にある白毫(びゃくこう)として知られ、古代エジプトでは、精神の覚醒の象徴のシンボリズムとして使われ「万物を見通す目」のデザインもこの松果体の形を表している(13)

 スピリチュアルなカルチャーの多くは、この松果体が「悟り、啓蒙、霊性」で重要な役割を果たし、その機能が発揮されることで宇宙意識とつながると考えている(13)

33Rick Strassman.jpg アヤスワカの有効成分は脳内の神経伝達物質セロトニンと類似した構造を持つ「ジメチルトリプタミン(DMT)」だが、生死に関わる危機にさらされると、松果体からも、幻覚を引き起こす幻覚物質「DMT」が分泌されることがわかっている(11,14)。未開部族らが祭りや踊りを通じてトランス状態に陥り、非日常的世界を経験するのは、ある種のリズムや運動でDMT等の脳内物質が放出されるためだとも言われる(11)。ニューメキシコ大学の精神医学者リック・ストラスマン(Rick Strassman, 1952年〜)教授は、宗教的な神秘体験や臨死体験は、松果体で生産されるDMTが関係すると考えている(14)

ジメチルトリプタミンは集合無意識から情報を引き出す

 けれども、危機や死に直面するとDMTが放出されるのは、危機や死に対する恐怖心を和らげるためではない。DMTは、神経細胞であるニューロンの感受性や反応に影響を与え、例えば、電磁波のように普段は認知できない外界刺激を感知できる可能性もある。すなわち、日常的にはフィルターがかかった情報を認識し、危機に対処するための過去の記憶を呼び起こし、危機に対する突破口を切り開くためなのである(14)

 DMTで目にされる幻覚が誰しも似た内容であることは、こうした幻覚が、人類が過去に経験して蓄積して共通に持つ古い記憶『集団的記憶(集団無意識)』に由来する可能性が高いことを示唆する(9)

「未来予測」は最も高度な能力が必要とし、全体を見据えた上での総合的判断が必要となる。そこで、右脳の全体把握能力が必要となる(8)。シャーマンがトランス状態に入ってその能力を発揮している時には右脳が活性化しているが、その時、シャーマンは、右脳の危機察知回路を発揮させ、その未来予知・予言能力を得ているのであろう(6,7,8)。すなわち、シャーマンは、表層意識ではなく、無意識領域に蓄積された集団的記憶から、情報を意識的に収集することで、直感的に物事の方向性を決定し、危機に直面した際に生存の可能性を高めてきたが、この能力は、人類が生き残るうえで欠かせなかった(9,11)

 人類はその歴史の大半を、狩猟採集民として生きてきたが、そのごく初期の時代から人類は徹夜で踊ってきたが、それは、ダンスのトランスが、脳のなかに潜在している回路を開き、通常とは違う意識状態、光に満ちた体験をもたらしたからなのである(3p23)。

ウィリアムス教授の画像はこのサイトから
クリップナー教授の画像はこのサイトから
ナボン教授の画像はこのサイトから
ケンドリッジ教授の画像はこのサイトから
ダイクマン教授の画像はこのサイトから
ウィンケルマン教授の画像はこのサイトから
ストラスマン教授の画像はこのサイトから

【引用文献】
(1) 蛭川立『彼岸の時間〜意識の人類学』(2002)春秋社
(2) グラハム・ハンコック『異次元の刻印(上)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源』(2008)バジリコ
(3) 永沢哲『瞑想する脳科学』(2011)講談社選書メチエ
(4) 2012年8月2日「君もシャーマンになれるシリーズ12―シャーマン(予知・予言能力)の脳回路」生物史から自然の摂理を読み解く
(5) 2012年8月22日「君もシャーマンになれるシリーズ13〜脳は「生命維持」「運動」「情動」「思考」の4層から成る」生物史から自然の摂理を読み解く
(6) 2012年9月22日「君もシャーマンになれるシリーズ14〜【シャーマン脳仮説】脳構造と右脳・左脳分化」生物史から自然の摂理を読み解く
(7) 2012年9月29日「君もシャーマンになれるシリーズ15〜脳はなぜ左右で分業したのか【日常行動の左脳】」生物史から自然の摂理を読み解く
(8) 2012年10月4日「君もシャーマンになれるシリーズ16〜脳はなぜ左右で分業したのか【危機察知の右脳】」生物史から自然の摂理を読み解く
(9) 2012年11月1日「君もシャーマンになれるシリーズ17〜【シャーマン脳仮説】シャーマンは無意識領域から情報を引き出している」生物史から自然の摂理を読み解く
(10) 2012年12月30日「君もシャーマンになれるシリーズ18―危機察知⇒予測思考を可能にする第一歩は、外圧の変化(自然、種間、同類)に適応すること」生物史から自然の摂理を読み解く
(11) 2013年5月2日「君もシャーマンになれるシリーズ22〜松果体がシャーマン能力を開花させる「鍵」か?」生物史から自然の摂理を読み解く
(12) 2013年12月30日「右脳・左脳―機能分化の真実を探るその1」生物史から自然の摂理を読み解く
(13) 2014年3月11日「核サミットで世界の指導者が身に付けた邪悪なピラミッド形」カレイドスコープ
(14) 2013年5月2日「君もシャーマンになれるシリーズ22〜松果体がシャーマン能力を開花させる「鍵」か?」生物史から自然の摂理を読み解く
posted by la semilla de la fortuna at 07:00| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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