2016年06月21日

彼岸の生物学D 狩猟採集社会の脱魂型シャーマンから農業祭司社会の憑依型シャーマン

狩猟採集部族社会から農耕社会へ

 20万年前にアフリカで誕生したホモ・サピエンス型人類が5万年前の出アフリカ以降、長き放浪のライフスタイルを捨て、定住を始めるのは、1万5000年前のことである。人類史上においては、定住の方が農業の始まりよりも約5000年も早かったし、はるかに重要だった(9)

 狩猟採集民たちは私有財産を持たず、冨の格差もなく、だれもが平等な社会だった。だが、定住化と農耕社会の発展によってこれが変わる(3)

 狩猟採集の部族社会では、シャーマンたちが「聖なるもの」と直接交流し、その豊穣な世界を話し言葉でコミュニティの構成員とわかちあうことで、誰もが密接なつながりを感じることができた(2p48)。各個人が「聖なるもの」に直接的にコンタクトすることも認められていた(2p49)。こうした狩猟採集民の社会におけるシャーマンの権力は、個人的な能力に依存していた。マックス・ヴェーバーの支配類型では「カリスマ支配」にあたる(1p77)。けれども、定住的な農耕社会では、祭司宗教が中央集権的な政治権力と結びつく。神主や神父等は、個人的な霊能力ではなく、世襲的な儀礼執行権であり、ヴェーバーの論理では伝統支配になっていく(1p77)

農耕社会では儀式が日常化する

 これには理由がある。社会の規模が拡大し、社会制度が複雑化すると、狩猟採集社会においては適応的であった脳の情報処理は適応できない(1p81)。例えば、播種した種がやがて実りをもたらすことを信じなければ農業はやれない。数字を記した紙切れや円盤が食料と交換できることを信じなければ貨幣経済は成立しない(1p82)。このため、シャーマン的な意識はより社会の周辺に追いやられてしまうことになる(1p56,1p82)

 狩猟採集社会における儀式は、必要に応じて不定期になされるものである。けれども、農耕社会、とりわけ、雨季や乾季が周期的にめぐる社会では農耕儀礼が大きな役割を果たすようになっていく(1p55)

 農耕社会の日常では収穫を期待して禁欲的に労働する「俗なる」時間が流れているが、収穫を祝う祭りでは日常的な社会秩序が呈しし、「聖なる」時間が出現する。こうして共同体全体がリセットされ、再び俗なる時間のサイクルが始まる。けれども、こうした円環的な時間が支配する社会においては、過剰な欲望は祭りによって蕩尽されるが、差し迫った必要性がなく定期的になされる儀礼は形骸化しやすく、現在の日本の盆踊りのようにトランスを伴わないものに変容してしまう。このため、原初のシャーマニズムが持っていた日常性を破壊する力強いエネルギーは形骸化して衰える(1p56)

変性意識を伴わない祭司を憑霊型シャーマニズムがサポート

20160203Michael Winkelman.jpg アリゾナ州立大学の人類学者、マイケル・ウィンケルマン(Michael Winkelman)教授の調査では、17社会では「憑依型」のシャーマニズムが見出されたが、南北アメリカを除いて、すべてが、アフリカ、ユーラシア、オセアニアとの農耕・牧畜社会で(1p70,1p216)、かつ、ほとんどの場合が祭司とセットになっていた(1p70)。中南米先住民の農耕社会では、男性の脱魂型シャーマンが祭司的な役割も兼ねながら、社会の中心的な地位を占めているのだが(1p84)、それ以外の農耕・牧畜社会においては、祭司が社会の中心に位置し、シャーマニズムは憑霊型シャーマニズムという形で社会の周辺に追いやられていることがわかる(1p70)

神の統合と神話の形成

 事例を見てみよう。例えば、紀元前3500年前から古代メソポタミアでは、シュメール人たちが20余りの都市国家を建設するが、それぞれの国家にはそれぞれの守護神があった。けれども、紀元前1700年前に、バビロンのハムラビ王が全土を統一する。同時に、バビロンの守護神マルズクが各都市国家の守護神の中での最高神となる。その後、前1350年頃からアッシリアがオリエントを統一する。すると、今度は、都市国家アッシュルの守護神であったアッシュルが最高神にひきあげられた(2p52)

 横並びの諸部族が民族国家として統一されていくにつれて(2p51)、神々の間にヒエラルキーが生じ、武力で勝利した部族が自分たちの神を権威化し、他の部族の神をその下に据えたことがわかる(2p52)

 国家の誕生によって社会の規模が巨大化すると、従来の「手づくり」の方法はできなくなる(2p48)。ここで、話し言葉から書かれた文字への変化が起き、「神話」が意図的に編集される。すなわち、文字の発明によって、人々の抽象化能力が高まり、巨大集団に対する帰属意識を持てるようになる(2p49)。民族神話によって王権は正当化され、祭司が宗教的権威を独占してゆく(2p85)

祭司を補完する憑依型のシャーマンの登場

 キリスト教や仏教等の超越性宗教は、根源的な世界観を与えることで、救済や解放をもたらす。とはいえ、人間が生きるなかでぶつかるドロドロとした現実的な問題には手が届かないことが多い。高尚な哲学が生活者の生々しい悩みにうまく応えられないのと同じである。祭祀型宗教も形式的な教義や儀式も個々の人の悩みに答えることが弱い(2p15)

 そこで、憑依型のシャーマンが、これを補完し、人々の切実な悩みに憑依霊の助けを借りて答える(2p16)。なお、完全に自我が霊にのっとられる場合には、別の一人の人物が審神(さにわ)として媒介の役割を果たすこともある(2p15)

 戦闘集団の長である男性が部族長となる。戦争の果てに古代初期に王国が誕生すれば、その武装勢力を率いてきた部族長が王となっていく。こうして、元々は祭祀長が部族長であったのが、戦闘隊長が部族長へと昇格し、その下や横並びに祭祀長(シャーマン)が控えるという形に逆転した(7)。すなわち、より社会の分業化が進むにつれ、政治を行なう首長、公的儀礼を司る祭司、占いや病気治療等の私的領域をサポートする憑霊型シャーマンへと役割が分化する(1p50)

シャーマニズムと祭司宗教は対立する

 国家の祭祀による宗教儀式には「変性意識」を伴う必要がない。それどころか、国家神話を再現する形式的な神話儀式を安定的に行うためには、変性意識はノイズになりかねない(2p50)。そこで、草の根のシャーマニズムは「国家宗教」によって抑圧されてゆく。祭祀権力を一極集中させ、「天につながれるのは我だけだ」とする必要があったからである(2p49,2p85)。そこで、「宗教性」の名のもとに「宗教性」を抑圧するというパラドックスが生じる。脱魂体験を有していたシャーマンたちが、儀礼的な祭祀を行う祭司へとかわるにつれて「シャーマニズム」は死んでいくことになる(2p50)

 もはや、各個人が「聖なるもの」に直接つながることは許されない(2p85)。もちろん、祭司が権力を持つ社会においても、シャーマン的な人物は出現する。イエスやムハンマドもシャーマン的なカリスマと言えるが、異端として弾圧されることが多い(1p79)。シャーマン的な能力を持つ人々は邪教によって人々を惑わすとして処刑された(2p85)。この状況は、とりわけ、西洋で顕著だった。古代国家から中世にかけて武力戦争の皆殺しにより、共同体が完全に解体され、国家をまとめるための観念(宗教)が構築され、大衆まで浸透していったからである(7)

モンゴルではシャーマンは弾圧された

 モンゴルではシャーマンのことを「ボー」と呼ぶ。古来からのシャーマニズム文化は、辺境の森林地帯タイガ、最北端のフブスグル県に居住するダルハト・モンゴル人たちが最もよく継承してきた(1p162)。モンゴルのボーたちは、鳥の羽飾りを付けて儀式を行い、その中で天界(テンゲル)へと飛翔し霊(オンゴット)たちと出会い、知識を得て戻ってくる(1p164)

 けれども、シャーマニズムはモンゴル史の繰り返し排斥されてきた。チンギス・カーンの時代にはまだ社会的に重要な地位を占めて来たが、13世紀にチベット仏教が伝わり、その後、国教とされると、土着のシャーマニズムは政治権力と結びついた仏教勢力から排斥された。仏教僧は貴族階級と結びついて特権を享受してきた。政治権力と結びついた祭司宗教とシャーマニズムの対立という図式がここには見られる(1p162)

 けれども、1930年代には、スターリンの後押しを受けたチョイバルサン政権下で「共産主義」が「国教」となる。シャーマニズムも仏教も、人民に非科学的な迷信を流布するものとして弾圧された。この時期に粛清された僧とボーの数は2万人とも3万人とも言われているが、その正確な数はわかっていない(1p162)

アニミズムが残る沖縄とユタ

 日本社会は、もともと女性的なものを抑圧して周辺化することがあまりない社会であった(1p72)。本土では男性中心主義的な仏教が浸透し、それに対抗する形で「神道」が整備されていったが、沖縄はそうした宗教的な影響をさほど受けなかった(1p73)。だから、沖縄には古き良き日本の文化が残されている(1p72)。山や森は御獄(ウタキ)、鍾乳洞はガマと呼ばれアニミズム的な信仰対象となっている(1p73)。沖縄のガジュマルの木には、赤い神の子どもの姿の「キジムナー」という精霊が住む(4p30)

臨死体験と類似したシャーマンのユタ

 沖縄本島や周辺離島、奄美諸島等に古来から存在する民間の祈祷師「ユタ」は、日本の伝統的なシャーマンである。神とつながる霊的な資質、霊能力を持ち、沖縄の言葉では「カミンチュ(神の人)」と称されている(5)。沖縄のユタも東北のイタコと同じで、別の霊的な存在が取りついてメッセージを告げる「憑依型」である(2p16)。沖縄のユタは、「カンカカリャー(神懸かり屋)」「カミダーリ(神垂り)」「カンダーリィ(神ダーリィ)」「カミブリ(神触れ)」という様々な心身異常「巫病」を経験する(1p72,1p210,5)。神の姿を見たり神の声を聞くといった神秘体験をする(1p210)。「巫病」とは、熱にうなされたり、寝込んだり、錯乱状態になる等の精神疾患状態を一定期間体験することである。これはユタとなるための通過儀礼で(5)、守護霊的な存在が特定され、それを拝むようになるとカミダーリはおさまり、霊能力が覚醒し、必要に応じて先祖や神のメッセージを受け取ったり病気を治したりできるようになる(1p211,5)。統合失調症では、幻聴が多く被害妄想等ネガティブな体験が多いが、カミダーリは幻視が多く、かつ、崇高な体験を伴うことが多く(1p211)、臨死体験と類似する。治癒能力が高まることも、シャーマンとの類似性をうかがわせる(1p212)

イタコやユタは右脳が活発化している

 脳波測定装置でイタコの脳波を測定してみると驚くべきことがわかる。依頼者の話を聞いているときには左側の前頭葉が活発に活動して、右半球の活動は目立たないが、死者がのり移って語りだす「口寄せ」が始まると、右半球の前頭葉の活動が優勢になる(8)

 イタコほど急激ではないものの、日本古来のシャーマン、ユタの脳波も、歌が始まると30秒ほどで左半球の前頭葉の活動が抑えられ、右半球の前頭葉では、ベータ波(活発な思考や集中と関連する脳波)が高まり、神様と話しているときには、右半球の前頭葉がはっきり優位となっている。通常ではまったく見られないベータ波の20〜30ヘルツで強いピークが認められ、通常では深く寝入っているときにしか認められない非常に低い周波数のデルタ波が、歌が始まり4〜5分が経過すると右脳で強く出はじめる(8)

ユタを補完するノロと支配

 沖縄の巫女は、ユタと別にノロ(祝女)、ツカサ(司)と呼ばれる祭司系の人たちもいる(1p72)。いずれも、超自然的な世界に関わることから、その起源は同じであり、いまも離島部では両方を兼ねている人が少なくない(1p74)

 けれども、ノロは、その後、王権の支配組織に積極的に組み込まれる。琉球王国は王の姉妹である聞得大君(きこえおおきみ)を頂点とするヒエラルキー的な神女組織を整備し、末端の村々への中央集権的な支配体制を確立した(1p74)。沖縄には男性よりも女性の方が強い霊力を持ち、男性を霊的に庇護するという観念があるが、聞得大君は王の姉妹から選ばれ王を霊的にサポートする役割を担っていた(1p139)。その一方で、琉球王国は、ユタを危険なサブカルチャーとして弾圧した(1p74)

 大日本帝国も特高警察を使って片っ端から検挙していった。ユタは自分の他界的な経験から新たな神話を勝手に作り出してしまうからである。その後、琉球王国を併合した大日本帝国は、ウタキに鳥居を建て、神女組織を国家神道の下請け組織に改組しようとした(1p75)

日本の神道は国家宗教である

 さて、最近、ニューエイジ思想等では、縄文以来として「神道」を過剰評価する動きがある(2p55)。ラフカディオ・ハーン、アーノルド・トインビー、レヴィ・ストロース等の学者もエキゾチズム的にこうした捉え方をしている。けれども、これは部族シャーマニズムと国家宗教である「神道」を混同した誤りである。「神道」はよくも悪くも、部族シャーマニズムではなく、民族国家宗教である(2p56)

 民族国家宗教では「聖なるもの」への個人的な回路を抑圧し、祭司が宗教的権威を独占し、国王の祭司を正当化する「書かれた民族神話」が有され、血縁を離れた抽象的な大集団への帰属意識が生まれている。この三条件のすべてが神道では満たされている(2p57)。そのことを踏まえないと、アイヌや琉球、北米ネーティブ・ピープルの復興運動と天皇制に本のナショナリズムが結びつくという奇怪な現象まで起きうる(2p56)

日本神話は男性優位・障害者差別を含んでいる

 農耕の成立、富の蓄積、国家の台頭によって、聖なる対象は動物から人間の女性、豊穣の女神へ、そして、男性へと移り変わっていく(2p26,2p61)。『古事記』には、猿の要素、サルタヒコや女神アマテラスが登場する。このため、世界の神話の中では比較的古層を多く残存させているとの見方も可能である。けれども、きちんと分析すれば、男性的な天空神の支配という典型的な国家宗教としての役割を備えている(2p61)。例えば、『古事記』の冒頭では、イザナギとイザナミが交わることで国が産み出されるが、イザナミが先に声をかけて交わった結果、蛭子が誕生したため葦船に乗せて流す下りがある(2p62)。すなわち、日本神話は、男性優位思想と障害者差別から始まっている(2p63)

日本は7世紀に国家統一イデオロギーとして誕生した

「神道」というタームは8世紀に成立した『日本書記』において文献上初出する。「神道」とはもともと道教の用語である。同じく、「天皇」という用語も登場する。「天皇」も北極星を神格化するための道教の用語で、宇宙の最高神を指す。また、「天孫が天上世界から地上世界へと降臨する」という概念も中国の『詩経』に原型が見られ、その後道教に取り入れられている(2p59)

 すなわち、7世紀の天武朝の時期に、強力な中国の影響力の下、各部族間の争いを抑え、強力な神話によって国家を統一することが求められていた(2p58)。そこで、中国思想をベースに「天皇を中心とした神の国=日本」という古代国家デザインが誕生した(2p59)。「神話」「天皇」「日本」は、国家統一のためのセット理念として発明されたイデオロギーなのである(2p59,2p76)

 この7世紀以前には、「大王」はいたが「天皇」は存在しなかった(2p74)。さらに、日本も存在しなかった。網野善彦は「『日本』とはなにか」で、このあたりまえの事実を次のように述べている。

「日本が地球上にはじめて現れ、日本人が姿を見せるのは、ヤマトの支配者たち、『壬申の乱』に勝利した天武朝廷が「倭国」から『日本』へとその国名を変えた時である」(2p75)

 すなわち、それ以前には、オホーツク文化圏、東北文化圏、日本海文化圏、太平洋文化圏、朝鮮九州文化圏、南西諸島文化圏等があっただけであった(2p76)

 平城京後の奈良文化財研究所には発掘された「隼人の盾」が展示されている。征服された異民族である「隼人」たちは、天皇の前でこの盾を持って整列させられ、服属儀礼としての「土人の踊り」をさせられたという。また、犬の遠吠えの真似もさせられたという。もともと「まつり」とは天皇への服属儀礼を意味する言葉である。天皇への服属を拒否し続ける部族が「まつろわぬ民」と言われるのはそのためなのである(2p58)

復活するシャーマニズム

 19世紀の米国の人類学者、ルイス・ヘンリー・モーガン(Lewis Henry Morgan, 1818〜1881年)は『古代社会(en:Ancient Society)』』(1877)において、人類は、野蛮(狩猟採集)、未開(自給農業)、文明へと進歩していくと主張した。モーガンによれば、人類の目標はヨーロッパのような先進型文明に到達することであった(9)。このモーガンの理論を受け継いだエンゲルスの社会進化論によれば、狩猟採集経済は最も原始的な社会形態であり、共産主義社会が最も進んだ社会形態のあるはずである。シャーマニズムや呪術は、宗教に取って代わられ、宗教も唯物論的な科学思想に取って代わられるはずである。けれども、21世紀の地球では、エンゲルスの理論と逆方向の変化が起きているように見える(1p169)

20160621mongolia12.jpg その後、モンゴルでは人民革命党による一党独裁が終わり、国立中央図書館前に立っていたスターリン像が撤去された。1997年には、ソ連が持ち去り行方不明になっていた、モンゴル仏教総本山ガンダン寺の「大観音像」が再建される(1p168)

 現在のモンゴルでは、コミュニズムとキャピタリズム、シャーマニズムとブッディズムという四つのイデオロギーが交錯している。そのような中で、街を捨てて遊牧生活に戻っていく人も少なくない。モンゴルよりもさらに北のロシアのサハでは、昔ながらの狩猟が再び盛んになりつつあるという(1p169)

ウィンケルマン教授の画像はこのサイトから
ガンダン寺の「大観音像」の画像はこのサイトから

【引用文献】
(1) 蛭川立『彼岸の時間〜意識の人類学』(2002)春秋社
(2) 長澤靖浩『魂の螺旋ダンス』(2004)第三書館
(3) ニコラス・ウェイド『5万年前』(2007)イースト・プレス
(4) 蛭川立『精神の星座』(2011)サンガ
(5) 2011年10月27日「君もシャーマンになれるシリーズ2―シャーマンとは?予言者とは?」生物史から自然の摂理を読み解く
(6) 2011年11月17日「君もシャーマンになれるシリーズ3〜シャーマンとは?予言者とは?」生物史から自然の摂理を読み解く
(7) 2011年11月25日「君もシャーマンになれるシリーズ4―シャーマンの誕生の背景」生物史から自然の摂理を読み解く
(8) 2011年12月15日「君もシャーマンになれるシリーズ5〜南米のシャーマンは何を見ているのか?」生物史から自然の摂理を読み解く国家神話と祭司の登場
(9) スペンサー・ウェルズ『パンドラの種』(2012)化学同人


posted by la semilla de la fortuna at 07:00| Comment(0) | 脳と神経科学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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