2016年03月17日

慈悲の瞑想の神経科学P〜慈悲の瞑想で人は健康で幸せになれる

Bethany.jpgコック・ベサニ(Bethany E. Kok)博士は、チャペルヒル(Chapel Hill)のノース・カロライナ大学(University of North Carolina)で、ウィリア.R.ケナン(William R. Kenan)の下で学んだ後、ライプチヒにあるマックス・プランク認知神経科学研究所(Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences)で博士号を取得した。社会的なつながり感とポジティブ感情と自律神経の調節の相互関係性の論文で、2010年にクリストファーR.アグニュー研究革新賞(Christopher R. Agnew Research Innovation Award)とパーソナリティと社会心理学会(Society for Personality and Social Psychology)から傑出した研究賞(Outstanding Research Award)を受賞している。副交感神経系を調整するメカニズムとして、社会的な絆を学際的に研究している(p494)

主観的な経験は身体と心に影響する

 いったい慈悲的な暮らしとはどのようなものなのだろうか。裸の皮膚にあたる最初の数滴の雨のショック。最初のキスの幸せ感。鉛のような孤独の重さ。つまるところ、人生とは、主観的なレンズを通じて経験されるものだ。そして、多くの科学者たちは、主観的な経験は、免疫系や視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis=hypothalamic-pituitary-adrenal axis)に変化を及ぼすほど実質的なものだと主張している。したがって、主観的な慈悲経験を規則的にすることは、内分泌系や免疫、エピジェネティック・システム(epigenetic systems)の変化が付随する。

 それでは、慈悲の瞑想は、どのように主観的な経験の変化を引き起こし、それは、神経学、生理学的な機能の変化につながるのだろうか。まず、慈悲経験を特徴づける二つの主観的な経験、ポジティブな感情と他者へのつながり感が、身体や脳にどのようなインパクトを及ぼすのかを見てみよう(p315)

ポジティブ感情は人を健康にする

 ポジティブな感情は人を健康にする。実際に自分が書き記したポジティブな感情の量が多い上位4分の1は最も低い4分の1よりも10年も寿命が長かったという研究結果もある。健康な人々の場合、ポジティブな感情の頻度が多いと風邪にかかりにくく、患者の場合では死亡率が低下する。愛情、感謝、満足、喜び等、個人的なポジティブ感情の影響を調べた約300もの研究のメタ分析からは、ポジティブ感情は、免疫機能を高め、生理的に人を健康にするだけでなく、自尊心、問題解決力の改善、人間関係での満足、利他的な行動といった恩恵ももたらされると結論づけられている。ただし、重要なことは、効果をもたらすものは、具体的なポジティブな感情の内容よりも、その感情の「経験頻度」であることがわかっている。

04barbara fredrickson.jpg それでは、なぜポジティブ感情の頻度が健康につながるのだろうか。その説明には、ノースカロライナ大学のバーバラ・フレドリクソン(Barbara Lee Fredrickson, 1964年〜)教授の「拡張−形成理論(broaden-and-build theory)」が役立つ(p316)

 恐怖、嫌悪といったネガティブな感情は、人々の意識を狭め、生きのびるための策略(例えば、闘争・逃避、敵意)につながるが、喜び、興味、静けさ、愛といったポジティブな感情は、人々の意識を広げることで、生きのびるための資源(例えば、道を見つけるスキル、レジリアンス、社会的な絆、生理的なフィットネス)を育む。そして、行動や目の動き、脳活動を評価する実験からは、ポジティブな感情が実際に意識を広げることが立証されている。そして、慈悲には、愛や喜びといった感情が伴う(15章、18章)。すなわち、結果として、より創造的で柔軟性があるアプローチを人生に取れるし、それが成長や健康を促進するのだ(p316)

社会的なつながり感が最も人を健康にする

 飲み食いして、眠るのと同じほど、社会的なつながり感が、生理的機能でも必要なことが、最近の研究からは判明している。メタアナリシスからは、社会的なつながり感があると全死亡リスクが50〜91%も下がることが見出されている。これは、運動をしたり体重を健全に維持するよりも3倍も大きく、喫煙に匹敵する効果だ。社会的関係のつながりの中にいるとい自覚があると、心臓病、いくつかの癌、様々な感染症にかかりにくい。

 では、なぜ社会的なつながり感は人を健康にするのだろうか。研究者たちは、8週間以上の実験的な研究によって、社会的なつながり感を高めた参加者たちの迷走神経(vagal tone)が対照群よりも高まっていることを見出した。確かに自律神経が調節されれば、それは、ポジティブな健康結果とつながる。逆に言えば、社会的な孤立感は、ネガティブな健康結果をもたらすことになる。孤立感は、寂しさ(loneliness)とも呼ばれ、生理機能に強力に影響する。このため、心臓病、高血圧、疲労感、浅い睡眠、運動活動の減少、認知機能の低下といったリスクも高まる(p315)

 そして、社会的なつながり感は、慈悲の決定的な要素であって(15章)、慈悲は他者とのつながり感を経験させる(p316)。慈悲は、さほど孤独ではないと人に感じさせ、自分が他者や世界ともっとつながっていると気づかせる。そこで、健康な生理的機能をもたらすことにもなる(p315)

慈愛の瞑想はポジティブ感とつながり感を高め人を健康にする

 社会的なつながり感とポジティブ感情の文献からは、「暖かく愛情深い感情」を慈悲の瞑想の一部として経験すれば、これが心や身体の双方に作用することがわかる。それでは、こうした主観的な経験は、慈悲行動の潜在的なメカニズムになるのであろうか(p316)。すなわち、自己や他者に対するポジティブな意図を持つことが、他者に関心を向けることとなり、それが、結果として、行動的な変化を生じるのであろうか(p315)

(a)慈悲の瞑想がポジティブ感情や社会的なつながり感を引き起こすのかどうか

(b)ポジティブ感情や社会的なつながり感は、健康上の変化や慈悲の修行と関係するのかどうか

 これを確かめるには、主観的な経験や生理的機能の変化を時間をかけて追跡しつつ、実験的に慈悲を引き起こしてみることであろう。二つの慈悲の瞑想の研究で、研究者たちは、この二つの問題に対処した。

 慈悲の瞑想、メッタ(metta)とは、仏教の瞑想伝統から引き出された感情の修行法で「生けとし生けるすべてのものが幸せでありますように。安全でありますように。安らかでありますように(May all beings live with ease)」といったフレーズを唱える。

 同時に、瞑想のターゲットに向けて、ポジティブな愛の感情を育み、ターゲットに向けて送る感情を視覚化する。他者が喜びや平和を感じることを願う。そして、意識的に他者のための暖かさや深い愛情感を産み出すプロセスを通じて、メンタル面や生理面での健康とともに、ポジティブ感情や社会的つながり感を日々育むのである(p316)

17-1.jpg ある縦断的研究(longitudinal study)で、参加者たちは9週間の瞑想を行いポジティブな感情を日誌につけるよう依頼された。まず、経験豊かな教師の指導で一週間のワークショップに参加し、約1時間の慈悲のグループ瞑想を行なった。その後は一人で実践するように、瞑想CDを受け取った。一方、対照群(waitlist control condition)はまったくトレーニングを受けず、研究の終了後にトレーニングを受けることとされた。この結果をご覧いただきたい。7週間以上の慈悲の瞑想の修行によって、ポジティブ感情が増えたことがわかるだろう。そして、その効果は修行を止めた後の1週間後になされた測定でも持続していた。さらに、ポジティブな感情は瞑想に費やされた時間に応じて増えた。すなわち、瞑想に多くの時間を費やしたと報告した参加者は、ポジティブな感情が大きく増えていた。一方で、対照群の参加者はなんら変化を示さなかった。

 このことは、慈悲の恩恵は、グループや教師からの学びに使われた時間といった文脈上の要因ではなく、瞑想そのものに起因することを示唆している。 さらに、日常でもポジティブ感情が増えることは、ポジティブな社会や環境との関係、そして、生理的な健康が高まり、憂鬱感が減り、人生に対する満足度も高まることを意味する(p317)

 二番目の慈悲の瞑想の縦断的研究では、参加者たちは、9週の瞑想修行と日誌を書くことを依頼された。今回は、参加者は毎日、ポジティブ感情と社会的なつながり感の双方を報告した。さらに、被験者は、研究の最初と終わりに自律神経の調節指標、迷走神経のトーンが測定された。迷走神経のトーンは、変化する状況に対して、柔軟かつ急速に適応する身体能力を表し、免疫機能や心臓血管系の健康とも関連する。この結果、やはり、慈悲の瞑想のポジティブ感情への効果が表れ(図1)、社会的なつながり感と迷走神経のトーンも高まっていた(p320)。神経系活動と副交感神経(parasympathetic nervous system)のバランスを調節する肉体の能力が改善されていたのだ(p321)

 すなわち、慈悲の瞑想は、ポジティブ感情の経験頻度や強度を高め、社会的なつながり感も高め、両者が変わることが、迷走神経のトーン、自律神経の調節にも影響し、メンタル面と生理面で健康を改善できるのである(p317,p320)。このことは、慈悲が主観的な経験が、ただ自分が楽しさを感じるだけでなく、メンタル面でも生理的でも健康を改善することを意味している(p320,p321)

慈悲の瞑想で健康になれば、人は慈悲的行動を取るようになる

 17-2.jpg要するに、主観的な経験と生理的な状態との関係性は両方向である(2p315)。興味深いことだが、健康が改善されることは、将来、慈悲を経験する可能性も高める。すなわち、慈悲の瞑想をすることによって、ポジティブ感情や社会的なつながり感を経験することが、健康につながり、結果として、慈悲的行為の主観的なインパクトを増やす。慈悲を経験すれば、将来、さらに多くの慈悲を経験する可能性をもった身体に変わっていく(図2)。要するに、このらせん状のプロセスを通じて、慈悲は努力しなくても自ずから維持されていく実践となっていく(2p320)。慈悲的な暮らしは、ポジティブな感情や社会的なつながり感に満たされている(2p321)。そして、慈悲がもたらす主観的なつながり感が、慈悲的行動へと人々を促す生理的な原動力となっていたのである(2p316)

フレドリクソン教授の画像はこのサイトより

【引用文献】
Bethany E. Kok,“Chapter 17 The Science of Subjective Experience, Positive Emotions and Social Closeness Influence Autonomic Functioning”


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2016年03月16日

慈悲の瞑想の神経科学16〜自分への慈悲瞑想で幸せになる

16Kristin Neff.jpgクリスティン・ネフ(Kristin Neff)博士は、カリフォルニア大学バークレー校で1997年に人間開発で学位をえた。博士は、オースティンのテキサス大学(University of Texas)の人間開発と文化の准教授である。博士は、自己への慈しみの分野のパイオニアで、10年以上も自己への慈しみへの最初の経験的研究を実施してきた。数多くの学術論文に加え、2011年にウィリアムモロー(William Morrow)から出版された「自己への慈しみ(Self- Compassion)」の著者である。博士の仕事は、ニューヨーク・タイムズ、MSNBC、ナショナル・パブリック・ラジオ、サイエンティフィック・アメリカン、サイコロジー・トゥディを含め、幅広くメディアから受け入れられている。同僚であるクリストファー・ゲルマー(Christopher Germer)博士と連携して「マインドフル・セルフ・コンパッション(MSC= Mindful Self-Compassion)」と呼ばれる8週間の教育プログラムを開発し、世界中で自己への慈しみのワークショップを提供する。ビデオ、ガイド瞑想、エクササイズ、研究論文、自分自身の自己への慈しみレベルのテスト方法を含めて、自己への慈しみについての情報は-www.self-compassion.orgで入手可能である。博士は、彼女の自閉症の息子を癒すため、馬の背でモンゴルを旅した彼女の家族の旅の記録、ベストセラー本、受賞したドキュメンタリー『馬の少年(The Horse Boy) 』でも知られる(p509)

16Christopher Germer.jpgクリストファー・ゲルマー(Christopher Germer)博士は、マインドフルネス、受容、慈悲ベースの精神療法を専門とする民間の臨床心理学者である。博士は、瞑想・精神療法研究所(Institute for Meditation and Psychotherapy)の設立メンバーで、過去27年、ほぼハーバード・メディカル・スクールの心理学の臨床インストラクターであった。ゲルマー博士は、『自己への慈しみへのマインドフルな道(The Mindful Path to Self-Compassion)』の著者であり、『Mindfulness and Psychotherapy』『Wisdom and Compassion in Psychotherapy: Deepening Mindfulness in Clinical Practice』の共著者である。博士はマインドフルネスと自己への慈しみで国際的に講義やワークショップを行っている(p499)

自分を責めるネガティブ思考に陥りがち

 人から拒否され、物理的にも問題を抱え、仕事上でも大失敗を犯す。こうした人生での難題やストレスにどう対応されているだろうか。私たちはネガティブな経験には本能的に戦うようにできている。そこで、大半の人たちは、状況が悪化すると自分を咎める。

 西洋文化は、悩み苦しむ友人や家族、隣人に対して親切であることを重視する。けれども、こと自分自身のこととなるとそうではない。ミスを犯したり、失敗をしたときには、まず自分を責めてしまう。トラウマ的な出来事や事故等、自分のコントロール力を超えたことに対してさえ、自分を慰めるよりも問題解決に重点をおきがちである。けれども、残念ながら、この傾向はさらに傷を深めるだけなのだ(p291)

自尊心を維持するためにはポジティブ思考が必要

 精神の健康には自尊心(self-esteem)は欠かせない。自尊心を欠いていると、不安を抱えて憂鬱となり、幸せになれないことは広く認められている(p298)。自尊心とは、自分自身をポジティブに評価する度合のことだ。とりわけ、米国文化では、高い自尊心を持つことが求められる(p295)

 けれども、この自尊心には問題がある。自尊心を維持し続けることが、先入観を抱いたり、ナルシシズムに耽ったり、他人を虐げたりといった問題行動につながることが研究からわかっているからだ。おまけに、こうした自尊心は、自分がスマートで魅力的であったり、人気を得ているといったことが条件となりがちだ。そこで、成功しているかどうかでたえずゆれうごく。また、ポジティブな自己評価にも依存する(p298)

悪いことが起きたとき自分自身に優しくする

 けれども、もし、何かが悪いと感じた時に、一瞬心を静めて、自分自身を慰めてみたとしたらどうなるだろうか。自分の欠点に気づいた時も、厳しく自己批判をするのではなく、自分自身にもっと優しくしてみたらどうなるだろうか。

 苦しみに対して敏感となり、苦しみから救い出したいと深く願う。これが「慈悲」だ。そして、この「慈悲心」を内なる自分自身に対して向けたものが「自己への慈しみ(self-compassion)」である。

 自分の犯したミスや失敗を考える時も、不十分な自分をけなしてみたり、叱りつけたりといった残酷な態度を取るかわりに、無条件の受容と暖かさを持って情け深く自分を励ます。耐え難い外的状況に直面したときも、自分ではコントロールできない辛い人生の状況に対して自分をなぐさめる。これが自己への慈しみだ(p291)

自尊心と同じく自己への慈しみも幸せ感情につながる

 研究からは、自尊心も自己への慈しみも幸せな感情と関連し、心配事や憂鬱が減り、より幸せで、楽天主義で、人生に満足できることがわかっている。そして、自己への慈しみが自尊心と関係していることもわかっている。いずれも自分に対するポジティブな感情から構成することからこれは驚くべきことではない(p298)

 例えば、デューク大学のマーク・リチャード・レアリー(Mark Richard Leary, 1954年~)教授らの研究によれば、スポーツ競技でチームが敗北した場合にも、自己への慈しみが大きい場合は、悲しさや屈辱感といったネガティブな感情がさほど報告されず、より平静でイラつきもなかったことがわかっている(p298)。そこで、自尊心と自己への慈しみは表面的には同様なものと思われがちだ。けれども、両者を区別することが重要である(p295)

自尊心が高い人は無理をしてもポジティブ評価を求める

 テキサス大学のウィリアム・スワン(William B. Swann, 1952年〜)教授は、趣味や将来の夢等を簡単に自己紹介してもらい、そのうえで、オブザーバーからこの自己紹介についてポジティブやネガティブなフィードバックを下すという実験をしてみた。

 すると、自己への慈しみが高い個人は、評価がポジティブであってもネガティブであっても、自分のパーソナリティに対するそのフィードバックを同じように受け入れた。けれども、自己への慈しみが低い個人は、フィードバックがネガティブな時には防衛的となり、ポジティブだったときにのみ、それが自分の個性なのだとオブザーバーの評価を認めた。

 一方、自尊心ではこれとは逆のパターンが見出された。評価がポジティブであってもネガティブであっても、そのフィードバックを同じように受け入れたのは、自尊心が低い個人だった。そして、自尊心が高い個人は、フィードバックがポジティブであったときにのみ、それが自分自身のパーソナリティなのだとして受け入れたのである(p298)

この研究は、自己への慈しみがあれば、自分のパーソナリティのポジティブな面だけでなくネガティブな面でも、それを認めて受け入れられる一方で(p298)、高い自尊心を維持するためには、ポジティブな自己評価に依存しなければならず、ポジティブな自己評価を守るために認識の歪みがもたらされてしまうことを示唆している(p299)

自尊心は他者の評価が必要だが自己への慈しみはいらない

 一方、自己への慈しみは、ポジティブな判断や評価には基づかない。自分が特別な存在であったり、平均以上であるからではなく、ただ人間であることから、自分自身に慈しみを感じる(p298)

 自尊心がナルシシズムと大きく関連するのに対して、自己への慈しみは、ナルシシズムとはまったく関連性がない(p299)。世界でトップであるときも落ち込んでいるときも関係ない(p298)。このことは、自己への慈しみが高ければ、無理に自分を高く評価したり、他者よりも自分が優れているといった感覚をいだく必要がないことを意味する(p298,p299)。すなわち、他人と較べて自分の方が上だとか、ある基準を満たしているとかいった自分に対するポジティブ評価に依存しない。ここが、自己への慈しみが、自尊心と決定的に違う点なのだ(p298)。他人が自分をどう評価するのかも気にしない。そこで、無理に自己防衛をしたり、怒って反発して悩んだりする必要がない(p299)

 ネフ博士らがオランダで行った大規模な調査では、自分を良いと感じるうえでは自己への慈しみの方が自尊心よりも健全なことが明らかとなった。そして、自己への慈しみは、自尊心よりも暖かい感情が8カ月間も安定していた(p299)。つまり、自己への慈しみは、自尊心よりも感情的により安定性をもたらし(p298)、感情的なレジリアンスをもたらすことができる(p291,p298)。傷ついても急速に回復して立ち上がるすることが可能なのだ(p291)。そして、自己への慈しみは誰でも学べる。たとえ、幼少期に十分な愛情を受けられなかった人でも、自分に優しくあることを躊躇する人でも学べる(p291)

まず不健全な自分を認める思いやりが慈悲の中心

 様々な仏教の老師たちの言葉を活用して、ネフ博士は、自己への慈しみが主に三要素からなっていると判断する。

@優しさ、Aあたりまえの人間感(sense of common humanity)、Bマインドフルネスだ。そして、この三要素が相互作用することによって自己への慈しみの枠組みは作り出されていくという(p291)

 自己への慈しみの中心となるのが、思いやりである。これは、どの人間も傷のある作品であって、完璧ではなく(p294)、誰もが失敗し、誤りを犯すことを認めることから始まる(p291,p294)。例えば、毎日、私たちは、非現実的な完璧なスタンダードを掲げ、それを達成できない自分に鞭打っている(p291)。とかく、苦しんでいたり、自分の欠点を考えていると、自分自身を弱く無価値な人間だと考えることに夢中になって、孤立しがちだ。同じく、外的状況が悪化すれば、自分にとくにトラブルが起きていなくても、他の人たちはもっと楽に過ごしていると羨むことが多い。そして、健全で幸せな暮らしを送っている人たちとは自分は別なのだと孤立感を覚えてしまう。けれども、これは、論理的ではなく、より大きな視野を失ったある種の視野狭窄(tunnel vision)状態にいることに他ならない。けれども、自己への慈しみがあれば、視野は広がり、人生の難題や個人的な失敗も、人間の一部であることだと認められる。これは、私たちが苦しいときに、他者とつながり、孤立していないと感じる助けになる(p294)

マインドフルネスによって自己への慈しみが育める

判断をしないマインドフルネスでは辛い感情から逃避しないことが可能となる

 人生の難題に対峙している時には、まず立ち止まって、どれだけ自分が苦しんでいるのかを確かめることが必要だ。けれども、まっしぐらに問題解決を目指して露頭に迷ってしまうことが多い。そこで、こうした苦しい思考や感情から逃避する傾向に対抗して、たとえ不愉快な時であっても、真実を経験することが必要である。そして、それを可能にするのが、マインドフルネスなのである。

 マインドフルネスとは、いまの瞬間に「気づく」ことを意味する。いまの瞬間の経験に判断を下さず、逃避したり抑制せずに「オープン」に受け入れる。こうすることで、どのような思考、感情、感覚にも「気づく」ことが可能となる(p294)

マインドフルネスでネガティブ思考と感情の反芻から抜け出せる

 また、私たちは、「私が失敗した」ではなく「私は失敗者である」。「私は失望している」ではなく「私の人生は失敗である」とネガティブな思考や感情をを反芻しがちである。これは私たちの視野を狭める。けれども、自分の痛みをマインドフルに観察すれば、苦しみを誇張することなく認めることができる。自分自身や自分の人生に対してより賢く、より客観的な視点を持てる(p294)

マインドフルネスは自己への慈しみに欠かせない

 自己を慈しむには、苦しんでいる自分を認めることが必要である。そして、自分が苦しんでいることは自明のことのように思える。けれども、その苦しみが内なる自己批判から生じている時には、たいがい、自分がどれだけ苦しんでいるのかを認めない。したがって、マインドフルネスは、自己への慈しみを経験するうえで欠かせない要素なのである(p294)

 けれども、マインドフルネスと自己への慈しみは同じではない。

 第一に、自己への慈しみを伴うマインドフルネスのタイプは、一般的なマインフルネスに比べて、そのスコープが狭い。一般のマインドフルネスでは、受容と平静さ(equanimity)をもって、ポジティブであれ、ネガティブであれ、ニュートラルであれ、どのような経験にも気づける能力のことである。これに対して、自己への慈しみのマインドフルネスでは、ネガティブ思考や感情に巻き込まれた自己がバランスがとれていることを意味する。

 第二の、違いはそのターゲットにある。一般のマインドフルネスは、経験者としての自己よりも、内なる体験(感覚、感情、思考)に焦点をおく傾向がある。これに対して、自己への慈しみは苦しむ自己に向けられる(14章)(p294)

マインドフルネスでも自己の慈しみが高まる

 自己に対する親切さVS自己批判、共通する人間性VS孤立、マインドフルネスVS自意識過剰等、様々な自己への慈しみのディメンジョンを測定する26項目の尺度が開発されている(p295)

 そして、ジョン・カバット・ジン(Jon Kabat-Zinn)が開発した「マインドフルネスストレス軽減プログラム(MBSR= Mindfulness-Based Stress Reduction)」も自己への慈しみを伸ばすうえで効果的である。マインドフルネスとは、いまの瞬間に思い浮かぶ困難な考えや感情に気づいたうえで、それを判断せずに受け入れるテクニックである。実際、マインドフルネスによって自己への慈しみがかなり高まることが研究から明らかになっている。また、マインドフルネスで幸せ感が高まる鍵は、自己への慈しみにあると示唆する研究者もいる(p306)

マインドフル・セルフコンパッション・プログラムではさらに自己の慈しみが高まる

16-2.jpg とはいえ、マインドフルネスのプログラムは、マインドフルネスを強化するテクニックを教えることに重点がおかれているため、自己への慈しみのスキルに費やされる時間は相対的に少ない。そこで、クリストファー・ゲルマー(Christopher Germer)とクリスティン・ネフ(Kristin Neff)は「マインドフル・セルフコンパッション(MSC= Mindful Self-Compassion)」と称されるスキルを教える短期プログラムを開発した(詳細はボックスI)。

 マインドフルネスストレス軽減プログラム(MBSR)を研究した5つの文献によれば「自己への慈しみ尺度(SCS=Self-Compassion Scale)」で平均0.44ポイント(範囲0.11〜0.61)増え、別の3つのマインドフルネス認知セラピー(MBCT=mindfulness-based cognitive therapy)の研究では、平均0.30ポイント(0.22〜0.38)増えた。一方「マインドフル・セルフコンパッション(MSC= Mindful Self-Compassion)」では、5ポイント尺度で1.13ポイントも増えた。

 図をご覧いただきたい。自己の慈しみ(self-compassion)、マインドフルネス(mindfulness)、他者に対する慈悲(compassion for others)の割合の増加を示したものだ。このランダム化実験では、対象群(N = 27、82%女性、平均年齢49.11歳)に対して、実験群(N = 24;78%女性、平均年齢=51.21歳)では自己への慈しみのレベルを43%も増やしていることがわかる。このことから、「マインドフル・セルフコンパッション・プログラム」の具体的なスキルの教えで、自己への慈しみレベルが効果的に高まることがわかる(p307)

自己への慈しみで憂鬱は減らせる

 当初は、マインドフルネスと自己への慈しみのいずれもが、ストレスを減らし、人生への満足感を高めるのではないか、と予測されていた。また、自己の慈しみではなく、マインドフルネスの増加が、感情的な逃避(emotional avoidance)を減らすと予想されていた。けれども、さらに、「マインドフル・セルフコンパッション」プログラムと関連して、不安や憂鬱が減るのは、マインドフルネスのためではなく自己への慈しみが高まることによることもわかってきた(P308)

 多くの研究から、自己への慈しみがあると不安や憂鬱が少ないことが見出されている。不安や憂鬱をもたらすのは自己批判だが、自己への慈しみによって、この自己批判が減るからである。そして、ネフ博士ら(Neff, Kirkpatrick and Rude)の調査によれば、自己への慈しみレベルが高い人は、それを欠く人たちに比べて、反芻も少ない。この反芻が減ることが自己への慈しみのメリットの鍵である。自分の欠点を受け入れることで、ネガティブ・サイクルを壊せるからである(p295)

 臨床分野における自己への慈しみの研究はエキサイティングである。批判的な母親を持ち、アタッチメント・パターンが不安定な障害のある家庭出身であると、自己への慈しみを欠くケースが多い。心理セラピーの患者は、家族環境に問題があることが多いことから、自己への慈しみを伸ばすことで恩恵を得るであろう。

 自己への慈しみは精神療法とも関係し、精神療法によって自己への慈しみが産み出されるとすれば、それは、療法を理解するうえでた重要な意味を持つ。ネフ、カークパトリックとルード(Neff, Kirkpatrick and Rude)は、1カ月以上の間隔をおいて自己への慈しみの変化を患者がどのように経験したのか、その変化を追ってみた。クライアントが自己批判を減らし、自己への慈しみを抱ける支援としては、「ゲシュタルトの二つの椅子テクニック(Gestalt two-chair technique)」が用いられた。

 自己への慈しみのレベルが高まることで、自己批判、憂鬱、反芻(rumination)、思考抑圧(thought suppression)、不安が減ることがわかった。

 ポール・ギルバート(Paul Gilbert)は「慈悲心修業(CMT=Compassionate Mind Training)」と呼ばれるグループ・セラピー介入を開発している(第3章)。慈悲心修行は、とりわけ、自虐習慣が身に着いた人々が自己への慈しみを開発できるようにデザインされたスキルである。このパイトット研究でも、慈悲心修行プログラムを参加した後、患者の憂鬱、自虐、恥辱、劣等感はかなり減り、研究の終わりにはほぼ全員が、病院から退院できると感じていた(p303)

 自己への慈しみは、難しい感情に対応する際にも効果的な方法である。例えば、Sbarra, Smith & Mehlは、離婚経験者を対象に対話内容にどれだけ自己への慈しみがあるのかどうかを評価する研究を行い、離婚後の心理的なケアに役立つことを見出している。自分たちの破綻を話す際に、自己への慈しみを表した人たちは、心理的に調整力が高く、その効果が9カ月以上も持続することを見出している。

 また、自己への慈しみは、幼少期のトラウマ解消にも役立つ。Vettese, Dyer, Li and Wekerleは、自己への慈しみの報告レベルと、幼年期の虐待やその後の感情失調症(emotional dysregulation)と関連があることを見出している。これは、自己への慈しみによって、トラウマを持った人々もより生産的に人生をやり直せることを示唆している(p307)

自己への慈しみは動機づけに効果的でより成長できる

 多くの人たちは、動機づけのためには自己批判が必要だと考えている。自己を慈しみすぎれば、自己満足し怠惰となってしまうというわけだ。建設的な自己批判は確かに必要である。けれども、厳格すぎる自己批判は、人を憂鬱にし、自信(self-confidence)を失わせてしまう。

 研究からも、人が学び成長していくうえでは、自己への慈しみが動機づけを強化することにつながることが示されている。例えば、ネフ博士たちは、「自己への慈しみと学習目標の研究」で、パフォーマンスとしての目標よりも自己への慈しみのほうが重要なことに気づく。

 学ぶことそのものを重視する学生たちは、新たなスキルを学ぶことに対する好奇心や要望で動機づけられ、誤りを犯すことも学習プロセスの一部とみなす傾向がある。けれども、パフォーマンス志向の学生たちにとっては、成功は自分の自尊心を守ったり、強化する手段であるため、失敗を恐れる傾向がある。

 ネフ博士らは、最近中間の試験に失敗した学生たちの反応も調査し、自己を慈しむ場合は、自己批判を減らすことと関連して、失敗に対する恐れが少なく、自分の失敗を学習経験として、より受け入れられることを明らかにした(p299)。つまり、ネガティブな感情に圧倒されず、困難な感情を経験し、有効で重要なものとしてそれを快く認められるかだ(p295)

 自己を慈しむ人たちも、自己への慈しみを欠く人たちと同じほど高い目標を目指している。けれども、たとえ目標を満たせなくても、悲しんだり、イラついたりせず、また起き上がり、再び挑戦していく。

 すなわち、自己を慈しむ場合は、自己満足して、ただ現状を受け入れるのではなく、失敗を自分の価値とつなげないため、失敗からも成長できるのである(p299)

 また、自己を慈しむ人たちは、ダイエット]、禁煙等、健康と関連する行動にも従事することが見出されている。自分自身をケアし、幸せで、健康でありたいため、自分の人生に生産的な変化を起こすことに動機づけられているのである(p299)

自己への慈しみと対人関係

 このように自己への慈しみは個人の心理面で役立つが、対人関係も良好にする。例えば、カップルの研究からは、自己への慈しみがある方が、よりパートナーに感情的につながり、暴力や口論が少なく、より相手を受け入れて相手の自律をサポートすることがわかっている。

 また、自己に慈しむ人たちは、過去の誤りの責任を負って誰かを傷づけたときには謝罪もする。例えば ブレイネスとチェン(Breines and Chen)による最近の研究によれば、自己に慈しむインストラクションを受けたグループは、起きた失敗を悔やむよりも、結果を修復し再び失敗を繰り返さないよう動機づけられることを明らかにしている。自己受容があれば、誠実に自分の非を認めることが容易になるからである。

 また、自己を慈しむ人々は、他者に対しても多くの慈悲心を抱く。ネフ博士ら(Neff and Pommier)による最近の研究では、自己に慈しみのある人は、他者をより思いやり、許し、利他的であることがわかっている。そのうえ、他者の苦しみを考慮する際にも、さほど個人的な悩みを経験しなかった。このことから、自己への慈しみが、ケア業務じ従事する人たちをバーンアウトから救ううえで重要なスキルであることがわかる(p307)

自己への慈しみはよりよい人生を可能とする

 また、自己への慈しみには生理学上の効果もある。ブリストル大学のヘレン・ロックリフ(Helen Rockliff)博士らは、自己への慈しみを高めるエクササイズによって、ストレスホルモン、コルチゾルが減らせることを見出している。これは、ストレスを受けたときに、自分をなだめる能力が大きいことと関連している(p295)

 要するに、マインドフルネスも慈悲(compassion)も、いずれも心の健康を高めるうえでは重要な手段だと言える。そして、心理学的な機能からみると、双方にオーバーラップする効果がある(P308)
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図は、総合的な人生への満足度と幸せを表したものだ。頭をご覧いただきたい。このプログラムは、憂鬱、不安、ストレス、感情的な逃避をかなり減らし、人生の満足をかなり増やすことがわかるだろう(p307)。自己への慈しみが、幸せ、人生への満足、楽天主義、好奇心、熱狂、興味、インスピレーション、興奮といったポジティブな感情と強く結び付くことは驚くことではない(p295)。さらに、自己への慈しみは、ネガティブな感情をポジティブな感情に置き換えるのではなく、新たなケアやつながりというポジティブな感情がネガティブな感情を抱擁することによって、双方を同時経験できるようにするのである(15章)(p295)。また、どの研究結果も、成果が半年や1年後のフォローアップでも維持された。さらに「マインドフル・セルフコンパッション・プログラム」の1年のフォローアップ以降に生活の満足度は増加している。これは、自己への慈しみの修行を続けることで、人生の質を高め続けられることを示唆する(P308)

 自己への慈しみは、人々が慢性的な苦しみに対処することを助け、日常生活において感情のバランスを維持し、幸せを強化し、より健康的でいることを可能にするのである(p307,p308)

【引用文献】
Kristin Neff, Christopher Germer, “Chapter 16 Being Kind to Yourself The Science of Self- Compassion”



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2016年03月15日

慈悲の瞑想の神経科学15〜慈悲の修行を積めば自分で悩まず相手の苦に対処できる

15 Olga Klmecki.jpgオルガ・クリメッキ(Olga Klimecki)博士は、スイスのジュネーブ大学(University of Geneva)で働く神経科医である。2012年に、彼女はドイツのライプチヒのマックス・プランク認知神経科学研究所(Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences)でタニア・シンガー教授の下で博士号を完成した。彼女は、3年、ドイツのマインツ大学(University of Mainz)で心理学を学び、2007年にロンドン大学(University College London)で神経科学で修士号を得た。その後、彼女はチューリッヒ大学(University of Zurich)でタニア・シンガー博士とともに博士号の主題を始めた。オルガ博士は、いかに慈悲や共感の修行が、感情的な経験、神経の活性化、向社会的な行動を形づくるかを研究している(p517)

15Matthieu Ricard.jpgマチウ・リカール(Matthieu Ricard)博士は過去40年、ヒマラヤで暮らしている。フランスのサボア・エクスレバン(Aix-les-Bains, Savoie)生まれ。哲学者ジーンフランソワルベル(Jean-François Revel)、抽象画家、Yahne Le Toumelinの息子である。彼は、ノーベル賞を受賞したフランソワ・ジャコブ(Francois Jacob)の下でパスツール研究所で細胞遺伝学で博士号を得た。1972年以来、彼は、インド、ブータン、ネパールに住んでいる。リカール博士は仏教僧であり、1989年以来のダライ・ラマのフランス語の通訳を務めている。彼は多産な作者と写真家である。マチウは、精神訓練と瞑想の脳への効果で科学者と仏教学者と瞑想者の協力的な研究することに専門する組織、精神と生命研究所(Mind and Life Institute)のメンバーである。彼はマディソン・ウィスコンシン、プリンストン、バークレーでこれらの研究に従事している。彼は、彼の本からの収益をすべて寄付し、彼の時間の多くをネパール、インド、チベットの40の人道主義プロジェクト(クリニック、学校、孤児院、年配の人々の家、橋、職業訓練)に捧げている。彼は人道主義の仕事のためのフランス国民オーダーオブメリット(French National Order of Merit)を受賞した(p514)。

15 Tania Singer.jpgタニア・シンガー(Tania Singer)博士は、2010年以来、ライプチヒにあるマックス・プランク認知神経科学研究所の社会的神経科学部(Department of Social Neuroscience)の所長である。2000年に心理学で博士号を取得した後、ベルリンにある人間開発のためのマックス・プランク研究所(Max Planck Institute for Human Development)とロンドンにある認識神経科学の研究所(Institute of Cognitive Neuroscience)のWellcome Department of Imaging Neuroscienceで、ポスドクのフェローとなった。2006年にチューリッヒ大学(University of Zurich)の助教授のポストを受けその後、彼女は、社会神経科学と神経経済学(Social Neuroscience and Neuroeconomics)の開設ポジションに就任。社会と神経システム研究所(Laboratory for Social and Neural Systems Research)の共同ディレクタとなった。

 チューリヒでは、ダライ・ラマと精神&ライフ研究所会議(Mind & Life Institute Conference)を主催し、精神&ライフ研究所の取締役会メンバーとなった。博士の研究は、社会的な認識と感情の根底にある社会的行動、ニューロン、発達的な、ホルモンのメカニズムの基礎に重点がおかれている(例えば、共感、慈悲、公正さ)。慈悲と瞑想修行の心理学的・神経科学的な効果を調査し、サイエンスやネーチャー等にも投稿している。縦断的研究(longitudinal mental training study)、リソース・プロジェクト(ReSource Project)の第一調査者である。博士は生物学や心理学が、どのように経済的な意思決定につながるのかも研究し、世界経済フォーラムとグローバル経済シンポジウムに「ケアのエコノミー」を提案することで、グローバルな懸念を示した(p523)。

他人の痛みを目にするだけで脳内の痛み領域は活動する

 15-1.jpgタニア・シンガー博士たちは、自分自身が痛みの刺激を経験したり、別の人が痛みの刺激を受けているのを観察しながら、参加者の脳活動を機能的磁気共鳴診断装置(fMRI=functional magnetic resonance imaging)で測定する方法を考え出す(図1)。「痛みの共感の実験」である(p273)。そして、痛みを経験しているときも、痛みを経験する他人の姿を観察するときも、前部島皮質(AI= anterior insula)と前部帯状皮質(aMCC=anterior medial cingulate cortex)がいずれも活動していることを見出す。

 それ以降、ほぼ10年。世界各地の様々な研究所で実施されてきた共感の研究では、苦痛に共感すると、それが、愛する人であれ、まったくなじみのない人であれ、相手とは無関係に前部島皮質(AI)と前部帯状皮質(aMCC)とが一貫して活性化することが見出されている。これは、痛みを感じているビデオや写真を見る時でもあてはまる。図2をご覧いただきたい。これは、9種類の独立した研究の結果をメタ分析したもので、他者の苦に感情移入した場合に、前部島皮質(AI)、前部帯状皮質(aMCC)、下前頭回((IFG= inferior frontal gyrus)が活性化していることを示している(p274)

 15-2.jpg前部島皮質(AI)と前部帯状皮質(aMCC)という二カ所の脳領域は、不愉快さの主観的なリポートとも関連する。「共感の共有ネットワーク仮説(shared network hypothesis of empathy)」と並んで、この結果は、自分の経験の根にあるニューロンを活動させ、自分の感情をベースに他者の感情を共有していることを示唆する(p274)

修行によって共感力が高まれば社会的感情には可塑性がある

 チューリッヒ大学に移ったタニア・シンガー博士は、社会的感情に可塑性(plasticity of social emotions)があるのかどうかの研究に着手する。それは、修行によって共感が育まれるのかどうかをテストすればよい。幸いなことに、タニア博士らが可塑性(plasticity)の研究に乗り出したときに、レイナー・ゲーベル(Rainer Goebel)やベッティーナ・ソルガー(Bettina Sorger)ら、マーストリヒト大学(University of Maastricht)では、興味深いテクノロジー、リアルタイムのfMRIを用いるプロジェクトが始まっていた。この斬新なテクノロジーを使えば、被験者が別の精神活動に従事するとき、脳活動の変化をオンラインで視覚化することができる。

 瞑想の達人が慈悲の瞑想をしたときに、その神経はどうなるのであろうか。シンガー博士の興味は、向社会的な感情を育むことに長年努力してきた熟練した瞑想者の脳に、どれだけ共感がエンコードされたているのかを見出すことにあった(p274)

瞑想達人マウチ・リカールの登場

 幸いなことに、シンガー博士は、ロンドンにある画像処理神経科学部門(Wellcome Department of Imaging Neuroscience)で、元科学者であるフランス人の仏教徒、マチウ・リカール(Matthieu Ricard)博士と出会う(p273,p274)。リカール博士は、心と生命研究所(Mind and Life Institute)で数多くの神経科学的な研究プロジェクトにかかわっていた(p274)。例えば、アントワーヌ・ルッツ(Antoine Lutz)博士やリチャード・デビッドソン(Richard Davidson)博士が行う瞑想の初心者と熟練者との比較プロジェクトに協力している(p275)。このため、こうした研究にオープンだった(p274)

 例えば、こうした研究のひとつに、慈悲の状態に浸りながら人の悲しみの声を聞くとき、初心者とは違って熟練した瞑想者では島皮質(insula)が大きく活性化されることが見出されている。ルッツ博士は、島皮質(medial insula)の活性化が、心臓迷走神経反射(heart rate responses)と関連し、この関連が初心者よりも熟練者で強いことを見出している(p275)

 そして、リカール博士の主観的な体験から得られた「第一人称」の知識と、シンガー博士やクリメッキ博士たちが神経科学的な研究から得た客観的な発見、「第三人称」の知識とを組み合わせることで(p273)、共感と慈悲とがまったく異なる感情をもたらすことが明らかになってきた(p273, p284)。とりわけ、リカール博士の自己報告やその脳の状態を初心者と比較することが、重要な洞察につながった(p284)

共感と慈悲とでは活性化する脳領域が異なる

 シンガー博士らは、リカール博士に、愛する人への慈悲(loving-kindness)、苦しむ人への慈悲(compassion for the suffering of others)、そして、対象のない慈悲(nonreferential compassion)と異なる慈悲の瞑想状態に入ってもらうように依頼した。驚くべきことに、このすべてがほぼ同様のネットワークを活性化させた。けれども、慈悲と関連するこのネットワークは、上で説明した苦痛に対する共感のネットワークとは似ても似つかなかった。

 この結果は研究者たちを混乱させた。試験が終わった後に、研究者たちは、異なる慈悲の状態に携わっていたときに、何をしていたのかをリカール博士と議論した。そして、リカール博士は、苦痛を共感することは、ネガティブな悲しみの状態と関連するが、慈悲は、より向社会的な動機づけと関連した暖かでポジティブな状態にあると語った(p275)

共感は人をバーンアウトさせるリスクがある

 他者の苦しみへの共感は、他者に対する情け深さや慈悲の動機づけを育むこととはまったく異なるかもしれない。この直観を確かめるため、リカール博士が再び協力した。ただし、今度は、どのような慈悲の瞑想にも入らず、ただ他者の苦しみを感情的に共有だけしてほしい、と依頼された。この結果、研究者たちが、スキャナーに見出したのは、シンガー博士たちが以前に何度も目にしてきた非実践者と同じ、苦痛の共感ネットワークの発動であった(p278)。

15-3.jpg「タニア・シンガーから、慈悲や利他的な愛に従事せず、純粋な共感状態に入るように頼まれたとき、ルーマニアの孤児院の子どもたちの苦しみに感情を移入して共鳴することに決めました。前の晩に、すっかり無視された孤児たちをBBCのドキュメンタリーで見ていたからです。そこで、彼らの運命にふれました。毎日食事を与えられ身体をきれいにされているにもかかわらず、まったく痩せ衰え感情的にも捨て子状態でした。愛情不足が無関心や脆弱さの深刻な徴候を引き起こしていました。

 多くの子どもたちが何時間も前後に揺れ、健康状態がまったく酷い状態だったことから、この孤児院では死が日常的でした。身体を洗うときですら、多くの子どもたちは苦痛でたじろぎ、ちょっとの衝突で足や腕を骨折するかもしれないのです。

 そこで、共感を念じたとき、できるだけ鮮明にこうした孤児たちの苦しみを視覚化したのです。そして、この苦しみ共感するとすぐさま私は耐え難くなり、バーンアウトするのと同様に感情的に疲れ切りました」

 リカール博士は、他者の苦しみへの共感が「非常に嫌悪すべき経験だ」と伝えた。このことから、実際に共感が「バーンアウト」の先駆けであることがわかる。苦しみへの共感という強力なネガティブな感情を繰り返し引き起こせば、それは圧倒的であろう。ヘルパー(caregivers)や医師たちのようなケアの専門業務に従事する人たちは、日々、他者の苦しみに直面しているため、バーンアウトするリスクがきわめて高い(6章、12章、ボックスVI)。そのうえ、悲しみ経験は、病院や老人ホームだけとは限らない。誰もが、いまこの瞬間に重病や強い嫌悪感に苦しむ親戚や親しい友人のことを思い浮かべられよう。誰もが、自分たちの仕事先や私生活で、他者の苦しみに強く共鳴することで圧倒される可能性がある(p279)

慈悲は自分が悩まず他者の苦に共感できる

 共感に付随するネガティブな影響は驚くほど強力だった。けれども、リカール博士は、この苦みを克服するうえで、慈悲が役立つことも明らかにする。

「1時間ほど共感した後に、慈悲の瞑想に従事するか、スキャンを終えるかの選択権を与えられました。ほとんど躊躇なく、慈悲の瞑想をしながらスキャンをし続けることに合意しました。なぜなら、共感の後で、干上がったように感じていたからです。その後に、慈悲の瞑想に従事すると私のメンタルな風景はまったく変わりました。苦しむ子どもたちへのイメージは、以前と同じほど鮮明でしたが、それはもはや悩みを引き起こしませんでした。そのかわりに、こうした子どもたちへの限りない愛情を、そして、子どもたちに近づいて慰める勇気を自然に感じたのです。そのうえ、私と子どもたちの距離は完全に消えていました。これが、私たちが共感の悩みやバーンアウト対策としての慈悲の巨大な可能性を理解した時だったのです」(p279)

素人も慈悲の修行でポジティブ感情が高まった

 クリメッキ博士らは、2011年の論文で、新たに開発された『チューリッチ向社会性ゲーム(Zurich Prosocial Game)』と称されるタスクを用いて、素人に対しても慈悲を強化する修行が可能なのかどうかの最初の調査をチューリッヒで行ったことを報告している。短期の慈悲の瞑想の訓練を行い、その前後で様々な向親社会性行動をコンピュータで測定してみたのだ(慈悲の瞑想についてはボックスVII)。そして、わずか数日の慈悲の修行が、よそ者に対する支援行動を増やし、さらにより多く慈悲の瞑想を実践した参加者では、より利他的行動が増えることが見出された(P279)

共感はネガティブ感情を増やしてしまう

15-4.jpg そこで、まったく暝想経験がない人の慈悲と共感との違いを調査し、慈悲の可塑性を研究するため、オルガ博士たちは、大がかりなプロジェクトを立ち上げる。図4をご覧いただきたい。この研究では、参加者たちは共感群、記憶群、慈悲群の3グループのどれかひとつに割り当てられた。点線は縦断的研究(longitudinal study)を示してある(p282)

 まず、オルガ博士らは、ビデオ・ベースのワークを開発した。苦しむ人々と普通の日常生活の状況を描いた短いドキュメンタリー・ビデオを見てもらったうえで、参加者の脳反応を測定してみたのである。参加者たちは、それぞれのビデオの後、共感とともに、ポジティブとネガティブな感情を報告した。これまでにも明らかにされてきた苦痛への共感の発見とも一致し、苦しみへの共感反応には前部島皮質(AI)や前部帯状皮質(aMCC)の活性化が伴っていた。そして、苦しむ他者を見た場合には、ポジティブ感情が極低レベルとなり、ネガティブ感情のレベルが大きく高まった(p282)

 そして、神経レベルでも、共感と慈悲とが区別できるかどうかを確かめるため、シンガー博士たちは、短期的な実験を実施した。すなわち、まず共感、その後に慈悲の修行を受けたのだ。

自己報告されるレベルでは、共感の反響を訓練すると、ネガティブ感情や共感が増えた。しかも、ネガティブ感情は苦しみ悩む人たちに対してだけではなく、ノーマルな日常生活の状況にある人々に対してさえもそれに呼応して、ネガティブ感情が増えた。このことは、共感が非常に嫌悪すべき経験であって、バーンアウトのリスク要因であることを示唆している(p284)

脳神経科学的にも慈悲は共感と別のネットワークを活性化する

 次に、慈悲群は、他者に対する暖かさの感情や親切心を逐次拡げていく慈悲の瞑想の訓練を一日間受けた(ボックスVIIのメッタ(metta)瞑想)。一方、対照群(control group)は、場の方法(Method of Loci)を中心とする記憶の訓練を一日間、受けた。特定の場所と言葉を結び付けることで言葉の連鎖によって記憶力を高めるスキルである(p282)

 2013年の論文に紹介された結果によれば、慈悲の修行をした集団では、暖かさの感覚、幸せ感が生じると記述するポジティブ感情の自己報告が、とりわけ増え、他者の苦しみをより幅広く多く感じられるようになったことが明らかになったのだ(図5)(p282)。

 15-5.jpg図をご覧いただきたい。上のパネルは、慈悲の修行効果をしめしたもので、苦しむ人々を描いたビデオ(高感情、HE= high emotion)と日常生活の状況にいる人々を描いたビデオ(低感情、LE= low emotion)のそれぞれで、記憶の訓練(青)に対して、慈悲の訓練(赤)を受けたグループがポジティブな自己報告が増えていることがわかるだろう(p283)。

 下のパネルは、神経活動の変化を示したものだ。まず、他者の苦しみ(HEビデオ)に対しては、慈悲の訓練によって、(A)右の眼窩前頭皮質(mOFC= medial orbitofrontal cortex)、(B)右の腹側被蓋野(VTA= ventral tegmental area)/黒質(SN=substantia nigra)、(C)右の淡蒼球(pallidum)、(D)右側の被殻(putamen)が活性化した(p283,p284)。棒グラフのオレンジ色のボックスは、瞑想の熟練者の三つの慈悲状態での神経の活性度を示している(p283)

要するに、神経レベルでみると、共感の訓練では、前部島皮質(AI)と前部帯状皮質(aMCC)が活性化した。これは、他者への苦しみに感情移入するとき、繰り返し関係する領域である。これに対して、慈悲の修行では、以前の慈悲の研究でも観察されていたのだが、これとはまったく違う脳領域のネットワーク、母親の愛情やロマンチックな愛情と同様に(p283)、ポジティブ感情や、所属感(affiliation)、愛情、報酬(reward)と関連する脳領域が活性化した(p283,p284)。また、リカール博士が、苦しむものへの慈悲と、無条件の慈悲(unconditional compassion)と異なる慈悲的な状態を念じてもらうと、やはり慈悲と関連したネットワークが活性化した(P284)

 要するに、その後の慈悲の修行によって、ネガティブな影響を減らし、ポジティブな感情を強化することで、ベースラインに戻せることがわかったのだ(P284)

 同時に、慈悲の修行は、ネガティブな量も減らさなかった。誰かが助けを必要としていることに気づくことが、適切な行動を取るうえで必要とされる最初のステップである。したがって、これは、支援行動には必要な条件であろう(p273)

 要するに、共感は慈悲と誤解されることが多いが、共感と慈悲とは、異なる生物的システムや脳ネットワークに依存する(p273)。そして、共感が悩みをもたらし、バーンアウトにつながることがある一方で、慈悲はレジリアンスを強化することでこれを克服し(p273,p284)、向社会的な行動、所属感、愛といったポジティブな感情と関連する神経活動を強化する(p284)。そこで、慈悲は別の人の苦しみを感じつつ、ポジティブな感情を経験できるのだ(p273)

 このことから、科学的にみても、親切な感情をもって、苦しみに遭遇することが可能な戦略を慈悲がもたらすことがわかる。要するに、慈悲は、バーンアウトから人々を保護することでケアする人たちにメリットがあるだけでなく、支援の行動力を高めることでその受益者にもメリットがあるのである(P279)

【引用文献】
Olga Klimecki, Matthieu Ricard, Tania Singer“Chapter 15 Empathy versus Compassion Lessons from 1st and 3rd Person Methods”
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2016年03月14日

慈悲の瞑想の神経科学14〜ブッダの理論を脳神経科学が実証する

Joshua Grant.jpgジョシュア・グラント(Joshua A. Gran)はライプチヒにあるマックス・プランク認知神経科学研究所(Max Planck Institute for Human Cognitive and Brain Sciences)の社会的神経科学部(Department of Social Neuroscience)でタニア・シンガー(Tania Singer)教授と共に研究をしているポスドクのフェローである。博士は、ピエール・レインビル(Pierre Rainville)教授の指導の下、2011年にモントリオール大学(University of Montreal)で、神経科学で学位を取得した。

 博士の博士研究は、苦痛の知覚への行動的、神経生理学的、そして、経験的な指標への禅の影響がメインテーマである。優れたチベットの瞑想者と新たにトレーニングを受けた個人に対して、博士はMPIで瞑想と痛みの作用についての研究を続けている。博士は脳画像から薬学、遺伝学の手段を組合わせることで、親和(affiliation)やアタッチメントでの内生オピオイドシステムの役割も調査している(p508)

意識的な注意散漫で痛みを感じないヨーギ

「瞑想中にはまったく痛みを感じない」と主張するあるヨーガ行者の事例が2005年に報告されている。研究者たちは、安全とはいえ痛みを感じるレーザーをヨーギの手にあててその脳の状態を調べてみた。すると平常時には痛みと関連する脳領域が活性化するのに、瞑想時にはそれは静まっていた。つまり、このヨーギが痛みを感じなかったのは本当だったのである(p256)

 このヨーギが行なった瞑想法が何であったのかは報告されていない。けれども、おそらく、集中瞑想なのではあるまいか。そして、このヨーギは、意識的に出来事を知覚から切り離すことを学んでいた。ある種の意志的な注意散漫(volitional distraction)である。

 瞑想は、注意(attention)を維持することで活発な心を静めることを目指している。こうした実践は、科学的には「集中(concentrative)」あるいは『集中した注意喚起を促す瞑想(Focused Attention Meditation)』と呼ばれている(ボックスVIIと11章) (p256)

 こうした注意喚起によって認識のあり方が変わり、修行(training)の初心者でさえも痛みの知覚変化が起きるケースがある。あるひとつの刺激にしっかりと注意を向けているとそれ以外のモノに気づかなくなるのである。

 脳の画像処理の研究から、ある刺激に集中すると、刺激と関連した脳活動がより強化されることがわかっている。これは苦痛(pain)にも働く。つまり、痛みの刺激に注意を向ければ、こうしたインプット情報を処理する脳エリアの活動は活発化し、苦痛体験もかなり増える。これは、逆に言えば、注意が散漫であれば苦痛を減らせることになる。とはいえ、興味をそそるとはいえ、さらに多くの事例が得られるまで、このヨギの事例に重きを置くことはできない(p256)

禅の実践者は一般人よりも痛みに集中しているはずなのに痛みを感じない

 これとは別でもっとつつましいが、やはり瞑想が痛みの知覚を変化させるという事例がある。我々は、痛みの実験を行うため禅の瞑想者たちを集めて、足に熱さの痛みを与えてみたのだが、年齢やジェンダーが合致する対照群よりも、痛みに敏感ではなく、同じ痛みの報告をするためにはもっと強い刺激が必要だった。この発見は、冷たさの痛みに対する耐性が瞑想によって高まるという以前の研究結果と一致する(p256)

 集中瞑想は心を安定させるといわれる。けれども、ブッダは、苦を克服するのにはそれだけでは不十分だと洞察した。ブッダは、マインドフルネスな状態(Being mindful)で世界に気づいていることも必要だとした(p257)。そして、この実験では、参加者たちは、常に痛みの刺激への「注意」を維持して、「マインドフルネス」でいられるよう依頼されていた。つまり、痛みがあっても、その瞬間、その瞬間に意識を向け、かつ、その経験に自動的な判断をしないよう試みた(p256)

 注意に集中している間では、予想どおり、痛みの報告が対照群ではかなり増えた。けれども、禅の瞑想者たちは、変化を示さなかった。瞑想修行を長くしていると、隙がなく集中した状態(Hypervigilance)が保てるようになっていくことが知られる。そして、痛みに対する注意が高まれば、痛みの経験は増幅され、痛みへの耐性は低まるであろう。すなわち、反対が予想されるのである(p256)。しかも、マインドフルネスでは、経験そのものに注意を向ける。アンケートでのマインドフルネスの測定で禅の実践者たちは高く評価され、事実、判断なしに瞬間に注意を払うことができていた。したがって、観察される痛みの減少は、上述したヨーガ行者のような注意散漫に起因することはありえない(p257)。したがって、なぜ、禅の瞑想者が痛みに耐えられるのかが説明できない。何か別のことが関係しているのである(p256)

苦は複雑な脳内領域のネットワーク活動として感じられる

 熱いストーブに触れたり、指を突き刺されれば誰も痛みを感じる。けれども、この苦痛は、脳内にあるひとつのセンターがそのシグナルを受け取ることで痛みとして感じられるわけではない。MRI等の脳の画像技術の進展によって、以前に科学者たちが考えていたよりも苦痛がはるかに複雑なプロセスであって、相互接続した多くの領域の複雑なネットワークが活動することで経験されることがわかってきた(p253)。MRIは、脳解剖学的に詳細なイメージが得られ、様々な組織の長期的な変化を定量化できる(p261)。さらに競合する仮説を区別する力ももたらす(p260)

痛みは感覚・感情・認識の三段階から感じられる

痛みはまず感覚として感じられる

 さらに、それはいくつかの段階にわけられる。まず、苦痛に対する典型的な神経反応では、いわゆる「苦痛神経マトリックス(pain neuro-matrix)」活動が高まる。まず、肉体感覚として痛みが認識される。苦痛の感覚区別的なディメンジョン(sensory-discriminative aspect of pain)は、第一次感覚皮質(Primary somatosensory cortex:S1)、第二次感覚皮質(secondary somatosensory cortex:S2)、視床(thalamus=Thal)、島皮質(INS=insular cortex=感じた強さを反射)の一部で処理される。どれだけ痛みの刺激が強烈であったかの評価と脳活動レベルは一致する(p253)

痛みの刺激を感情として受け止める

 けれども、苦は感情的な反応とも関連する。この刺激どのように感じるのかを、前帯状皮質(ACC= anterior cingulate cortex)と島皮質(INS=insular cortex=感じた不愉快さを反射)等が処理することによって、感情的に決める。こうした領域は痛みに反応するだけでなく、注意といったプロセスも行なうため、この区別は絶対的なものではないが、不愉快さの評価は脳活動レベルとは一致することが多い(p253)

痛みの刺激は認識される

 最後に、この苦痛の知覚を、前頭皮質(PFC=prefrontal cortex)が認識的に評価・調整する。前頭皮質(PFC)は、意志(volition)、注意(attention)、記憶等の高度な認識機能がかかわる領域である。このため、また痛い刺激を受けるのではないかという不安が、痛みの認識され具合に影響することがわかっている(p256)

痛みの領域が活性化しつつ、脳活動全体が低下する

14-1.jpg この実験では対照参加者(Control participants)は、座禅の仕方を一週間だけ指導された。その結果は、まことに興味深いものだった。図をご覧いただきたい。マインドフルな注意(mindful attention)をしていると、瞑想者たちは痛みやその不愉快さがかなり減ると報告した。しかも、経験豊かな瞑想者たちが最も痛みが減ると報告したのである(p257)

 瞑想経験者に対しては、より強力な刺激を与えることで同じランクの痛みを与えてみたのだが、痛みと関連するエリアは、対照群よりも瞑想者の方がより強く作動することがわかった(図1 C、D)(p257)。注意散漫であれば、脳活動の低下が伴う痛みの減少が報告されるはずである(p260)。つまり、瞑想者は意識を散らしてはいないのだ。

 同時に、痛みの間に瞑想者では、扁桃体(amygdala)、海馬(hippocampus)と眼窩前頭皮質(OFC:orbitofrontal cortex)、内側前頭前皮質(mPFC:medial prefrontal cortex)と前頭前野背外側部(DLPFC:dorsolateral prefrontal cortex)を含めて、脳全体の活動が低下したのだが、対照群ではそうではなかった(図1 A、B)(p257)

 中段のMRIのイメージは、苦みを感じている間の統計的に異なる脳領域を示している(オレンジ~黄色:瞑想者>対照者)、(青~緑色:対照者>瞑想者)。灰色のバーは、刺激が表された所を表している。A:右側前頭前野背外側部、B:右側内側前頭前皮質/眼窩前頭皮質、C:左側視床(THAL)、D:背側前帯状皮質(dACC:dorsal anterior cingulate cortex)(p257)

いまに集中し評価をしないマインドフルネスでは海馬や扁桃体の活動が低下する

 これは何を意味しているのだろうか。マインドフルネスでは、いまの瞬間に起きている経験、すなわち、この場合では苦みを観察する。結果として、関連する皮質、前帯状皮質(ACC)、島皮質(INS)、第一次感覚皮質(S1)等)が活性化する。

 感情、とりわけ、恐怖の感情を鍵となって処理するのは、扁桃体(amygdala)である。内側前頭前皮質(MPFC=medial-prefrontal cortex)は、自己に関する処理(self-referential processing)に関わる。そして、海馬(hippocampus)は記憶と関連し、背外側前頭前野 (DLPFC= dorsolateral-prefrontal cortex)と協力して働く。けれども、観察は「いま」という瞬間で起こり続ける。したがって、心が詳細な物語を産み出していくことが防がれる。要するに、記憶や自己関連づけの処理(self-related processing)がさほど必要とはなくなる。となれば、ことによれば、海馬や内側前頭前皮質や前頭前野背外側部(背外側前頭前野)の活動が低下するであろう。

 記憶処理では、過去や未来と「いま」とを比較することが必ず関係してくる。したがって、ここの活動も低下することになる。眼窩前頭皮質(OFC)は、インプットされた感覚を受けて、その相対的な価値や重要性を統合する役割をすることが知られているのだが、その眼窩前頭皮質(OFC)活動の低下が説明できる。最後に、判断・刺激が少なかったり、あるいは、まったく判断・刺激がなければ、強力な感情反応もありそうにはない。そこで、扁桃体の活動低下が説明できる(p260)

 もちろん、これは憶測だって将来的な研究上での立証が必要ではある。とはいえ、研究結果で、とりわけ興味深いのは、苦みを感じている間に、瞑想者では、苦みを感情として受け止める領域と痛みを認識する領域、すなわち、前帯状皮質(ACC)と前頭皮質(PFC)とのつながりを切っていることが見出されたことだ。さらに、前帯状皮質(ACC)と前頭皮質(PFC)との情報が最も遮断されている瞑想者は、苦みを感じるのに最高の温度が必要であったのだ(p260)

脅威から身を守るために作られた警報システムが「苦」だ

 苦痛は、脅威からの被害を避けるためには欠かせないシグナルである。けれども、なぜ、私たちは「苦が存在」することによって苦しまなければならないのであろうか。ただ警報を発する警告システムを手にしているだけでは不十分なのであろうか(p253)

ブッダは苦について二つの矢の説明を行なった

 興味深いことだが、いまから約2500年前に、ブッダは、生き残びるためには苦痛が必要だが、それは、苦しむこととは関連しないと説いた(p253)。感覚そのもの(最初の矢)と、その結果としてマインドが創り出した苦(二番目の矢)と苦には二つの面があると考えた(p261)。最初の苦痛は警告のシグナルとなる。けれども、二番目の苦痛は、まだ修行を積んでいないマインドが不必要に産み出したものである。そして、生けとし生けるすべてのものが苦しみから解放されるように、仏教は今日も広く用いられている一連の実践や理論を発展させてきた(p253)

 そして、この伝統的な仏教思想が西洋科学によって吟味されているのだが、その結果は、ブッダが語った言葉を裏付けている(p253)。研究結果はブッダの主張を支持し、瞑想修行によって二番目の苦の矢が取り除けるという主張も確証する。例えば、ヴィパッサナー(Vipassana)瞑想の研究事例では、瞑想中には苦と関連した島皮質(INS)が活性化する。けれども、側部前面活動(lateral frontal activity)が減ることによって苦痛が減ることが見出されている。チベットの優れた瞑想者を対象に行なわれたウィスコンシン大学グループの研究も同様の結果を見出している(p261)。これは、このことは、瞑想者が苦みを調整できることを意味する(p260)

瞑想者は痛みを感じる前帯状皮質が厚い

 また、これとは別の研究で、私たちは禅の実践者と対照者の灰白質(gray matter)の厚さを測定してみた。そして、瞑想者では、前帯状皮質(ACC)を含めて、苦みと関連する脳領域の灰白質が厚いことを見出した。さらに、より多くの瞑想経験がある者ほど、この領域の灰白質が厚く、それが厚いほど苦みを感じるのに高い温度が必要なのだ。

 このことは、瞑想によって、脳の物理構造そのものが変化し、それが苦みの調整能力につながることを意味する。さらに、8週間の瞑想プログラムで、海馬(hippocampus)、後帯状皮質(posterior cingulate cortex)、側頭頭頂接合部(TPJ: temporo-parietal junction)、小脳(cerebellum)で灰白質が増えることが示されている(p261)

マインドフルネスで苦は減らせる

 瞑想による無痛覚(analgesia)のメカニズムの研究は、いま世界中で進められているが、我々は、修行の継続的な効果を見出している。そして、こうした実践が日常生活にも効果があるとすれば重要であろう(p261)。研究からは、心理的・感情的な苦が、生理的な苦と同じ脳領域を作動させることがわかっている。社会的に排除されれば、参加者のリポート内容の悩みが増え、それに比例して前帯状皮質(ACC)や島皮質(anterior INS)が活性化し、私たち苦痛にある他の人々を見る時には、苦痛と関連の領域が作動する。要するに、古代仏教の主張と一致して、マインドフルネスの集中瞑想は、多様な形で苦を減らすのである(p264)

慈悲はオピオイドが関係している

 苦痛の経験は、これとは別の多くの脳領域によっても調整されている(p256)。現在、知られている最も強力な鎮痛剤はオピオイド(opioids)だが(p265)、前頭皮質(PFC)や中脳水道周囲灰白質 (periaqueductal gray)や骨髄(rostroventral medulla)等が関係する「下行性疼痛抑制系(descending modulatory system)」は、脳内にオピオイドを放出することによって痛みを減らす(p256)

 さて、私たちは、パートナーや同じスポーツのチームのファンのように自分が感情移入できる気になる人の苦は感じても、ライバルのファンが苦しんでいるのを見ても、共感しないし、そうした脳活動は働かない。 そして、様々な科学分野から、愛、暖かさ、ケア、人々の間の絆といった感情が脳内でのオピオイド族(opioid family)に属するベータ・エンドルフィン(beta-endorphins)の放出に起因するとされている。ベータ・エンドルフィンは、生き残びるために欠かせない社会的な絆を強めるために進化してきたとされている。仲間を作るためのメカニズムがあれば、生き延びるものも増え、それは進化によって保存されていく。こうした絆は、現在では、パートナーや親子、スポーツファンといった形になっている。彼らは、まさに私たち自身が感情移入してその苦を感じ、ケアしたいと思う人たちなのだ(p264)

 もし、暖かさやケアの感情がベータ・エンドルフィンの放出と関係しているのであれば、慈悲の感情もこうしたオピオイドの放出と関係していると言える(p264)。慈悲の瞑想状態にあるときに、オピオイドが自然に放出されているとすれば、たとえ他者の身になって苦を経験したとしても、ほとんど苦しまないことが可能である。意識的に慈悲心を産み出すことによって、我々は、オピオイドの放出のやり方を学んでいるかもしれない(p265)

チベットの仏教僧は脳内オピオイドを出すことで慈悲を発現している

14-2.jpg このことを裏付けるエビデンスもある。我々の研究室や他の研究室での最近の研究から、慈悲では、オピオイド(opioid signaling)の脳領域が活性化することが示唆されている(13章)。 また、チベット僧たちは、苦しむ他者を観ながら共感(他者の苦しみに共鳴する)や慈悲(他者の苦しみに対して暖かさと愛の感情を産み出す)の状態に入ることを依頼されたのだが、慈悲の間には、苦痛が大きく削減された。すなわち、修行を積んだチベット僧たちは、慈悲を産み出しながら、脳内のオピオイドエリアを活性化させ、苦の不愉快さを大幅に減らしているのである(図2)。このケースに一般性があるとすれば、それは、極めて重要であろう(p265)

慈悲による優しい社会の実現は生物学的に根拠がある

おまけに、オピオイドには中毒性がある。オピオイドはポジティブな歓びの感情を引き起こし、薬物乱用のように慈悲的な行動を強化してしまう。つまり、ある意味では慈悲には中毒性であるという過激な提案すらできるのである(p265)

 そして、重要なことだが、仏教はマインドフルネスだけでは終わらない。慈悲心を育むためには、縁起(interconnectedness)、無常(はかなさ=impermanence)、普遍的な苦への洞察が用いられる。さらに、慈悲心が育まれるほど、個人段階での苦も減らせる(p264)。そして、各個人が慈悲的になることでオピオイドによって、暖かさ、ケア、愛の感情が持て、苦しみが減るだけでなく、それは自ずから強化され、人々を救いたいという望みや動機づけが高まることで、慈悲的な行動が増えれば、それはより優しい社会につながってゆく(p264,p265)。これは、慈悲が苦から解放される道だと説く仏教の教えが生物学的に説明できることを意味しているのである(p265)

【引用文献】
Joshua A. Grant,“Chapter 14 Being with Pain, A Discussion of Meditation-Based Analgesia”

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2016年03月13日

慈悲の瞑想の神経科学13〜慈悲の瞑想とオキシトシンやコルチゾルとの関係

13Jennifer Mascaro.jpgジェニファー(Jennifer S. Mascaro)博士は一般に、エモリー(Emory)のダーウィン神経科学研究所(Laboratory for Darwinian Neuroscience)のポスドク研究者である。現在の研究は、親の慈しみの生物学的基礎に焦点がおかれている。博士の研究関心は、社会的認知スキルの変化や可塑性である。博士はいかに、行動、文化的な、遺伝ファクターが向社会的な感情や行動をmodulateするのかを探究するために機能的神経画像処理(functional neuroimaging)を用いている。博士はエモリー大学(Emory University)のジェームズK.リリング(James K. Rilling)博士の研究室で、2011年に生物人類学で学位を取得した。博士の学術論文は、神経生物学的に共感と慈悲を支える慈悲の瞑想の効果の経度調査longitudinal investigationだった(p505)

13Thaddeus Pace.jpgタデウス・ペース(Thaddeus W. W. Pace)博士は、病気への心理学的なストレスとリンクする生物学的メカニズム、そして、最適な健康を促進するためにストレスと戦うための斬新な方法を研究している。博士は精神行動科学エモリー医科大学の准教授である。そして、エモリーのレーニー大学院大学(Laney Graduate School)の生物学と生物科学部の神経科学部のメンバーである。博士は心理的なストレスへのコルチゾル反応の脳での調整の研究で、ボールダーのコロラド大学(University of Colorado)で、神経科学と心理学で学位を取得した。博士のエモリー大学での研究は、重い鬱病や心的外傷後ストレス障害を含めてストレスと関連する精神医学病で苦しむ人々の内分泌物と免疫系の変化を探究することである。エーモリー大学のロブサン・テンジン・ネギ(Lobsang Tenzin Negi)博士と協力して、博士は慈悲の瞑想を含めて、内分泌と炎上免疫の変更(inflammatory immune alterations)も研究している。また、健康と健康を促進するクルクミン(curcumin)等、自然な抗炎症化合物にも興味を持っている(p524)。

13charles Raison.jpgチャールズ・ライソン(Charles Raison)博士はアリゾナ大学(University of Arizona)の精神医学の准教授である。それ以前には、エモリー大学の准教授で、マインド・ボディ・プログラムの臨床ディレクターであった。博士は、ミズーリのセント・ルイスのワシントン大学から医学博士号を取得した。そこで、博士はアルファオメガアルファ(Alpha Omega Alpha)に選ばれ、ミズーリ州医学協会賞(Medical Association Award)を受賞した。

 博士の研究は神経内分泌と免疫系との双方向の関係性、とりわけ、ストレスや病気に対応した憂鬱に付随する関係性に重点がおかれている。博士は、重い鬱病の治療で抗サイトカイン(cytokine antagonists)利用のパイオニア的な研究もしている。アリゾナ大学での活動に加えて、博士はCNN.comのメンタルヘルスのエキスパートで、脳、行動、免疫(Brain, Behavior and Immunity)の編集にも携わっている(p498)。

ホルモンは中枢神経系では神経伝達物質として働く

 ホルモンとは、ペプチドやステロイド類からなる物質である。特定の組織で作られ、別組織に血液で運ばれ、その組織の成長や代謝といった生理活動に影響を及ぼす。このホルモンの生産や分泌、生理的な影響を研究するのが「内分泌学(Endocrinology)」である。

 古典的には、ホルモンは、特定の腺(specialized glands)で生産され、血流を通じて他組織に影響を及ぼすと理解されてきた。けれども、多くの最近の発見から、この単純な図式は成り立たず、もっと複雑なことがわかってきた。例えば、ホルモンは中枢神経系(CNS= central nervous system)では神経伝達物質として機能することが多い。最もよく知られた事例がペプチドホルモン、出産や育児を促進する役割から医学的に古くから知られてきたオキシトシン(oxcytocin)である(p231)

視床下部からはオキシトシンが放出される

13-1.jpg 脳のどの領域もホルモン機能に影響を及ぼすが、とりわけ、関係するのが視床下部(hypothalamus)である。ここに位置する細胞体(Cell bodies)は、主なホルモンのほとんどの取り入れ水門となっており(p231,p242)、主な内分泌器官、脳下垂体(pituitary gland)とも機能的・生理的にも最も親密につながっている(図1)(p231)。それ以外の脳領域や身体からのシグナルに応じて、視床下部からは数多くのホルモンが分泌される(p231)

 そして、こうしたホルモンが、脳下垂体前葉(anterior pituitary)や下垂体前葉(adenohypophysis)を刺激し、それ以外のホルモンが放出されていく。そして、これが、甲状腺(thyroid gland)、副腎(adrenal glands)、性的器官(sexual organs)等に影響していく(p231)。副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropin hormone)やろ胞刺激ホルモン(follicle-stimulating hormone)を含めて、前方脳下垂体(anterior pituitaryまたは腺下垂体adenohypophysis)に位置する細胞から生み出される数多くのそれ以外のホルモンの放出も間接的にコントロールしている(p231,p242)

 視床下部の二番目の主な役割は、オキシトシン(oxytocin)やそれと密接に関連したホルモンバソプレシン(vasopressin)を生産し、後脳下垂体(posterior pituitary gland)または神経下垂体(neurohypophysis)介して分泌することである(p231,p242)

 視床下部で産み出されたオキシトシンは、血液を通して他組織(子宮や胸)へと流れて影響を及ぼしている。この役割だけ見れば古典的なホルモンである。けれども、過去10年以上の発見から、人間や他の哺乳類の社会的行動や共感を含めた脳活動にオキシトシンが大きく影響することがわかってきた。すなわち、この役割で見ると、オキシトシンは古典的なホルモンよりも神経伝達物質のように働いているのである(p231)

オキシトシンが脳内に多いネズミは愛情深い

 社会的な機能でオキシトシンが果たす役割は、齧歯類ハタネズミ(vole)の二つの亜種の社会的行動の違いから着目された。パートナーと一夫一妻制の絆を形成する草原ハタネズミ(Prairie voles)の脳、とりわけ、報酬や動機づけと関連した核側坐核(nucleus accumbens)にはオキシトシンのレセプターが多くある一方、乱雑な孤独者の山地ハタネズミ(montane voles)の脳ではオキシトシン活動がはるかに低い。しかも、愛情深い草原ハタネズミも、その脳内のオキシトシン活動を混乱させると山地ネズミと同じように行動することがわかったのである(p234)

オキシトシンは人間の共感力を高める

 人間においても、社会的な行動一般、とりわけ、向社会的な感情では、オキシトシンが重要な役割を果たすことが知られている(p234)。鼻腔内にオキシトシンを投与することによって、(1)他者への寛大さの高まり、(2)信頼感の高まり、 (3)他の人々の目を見つめる時間が長くなる、(4)他の人々の表情から感情を読む力の高まり等の複数の効果を引き起こすことが判明している。

 一般に共感力については男性よりも女性の方が高いが、鼻腔内にオキシトシンを投与することで、男女ともに共感感情を高められ、男性も女性のベースライン・レベルまで高められる(p235)。逆に、例えば、共感を欠いていたり、社会的行動で異常が見られる自閉症(autism)等では、オキシトシン・レセプターのエンコードされた遺伝的な違いがそれと関連していることがわかってきている。同じ遺伝子は海馬(hippocampus)や偏桃体(amygdala)等、脳の構造や機能にも影響しているように思える(p234)。オキシトシンを投与すると、犯罪者を罰したい欲望も高まらず、犯罪の犠牲者を懸念する共感力が高まったり、幼児の泣き声を聞くことに呼応して共感と関連した脳活動が変化を起こすこともわかってきた(p235)

慈悲の瞑想をすると血中のオキシトシン濃度が増える

 信頼やアタッチメントといった感情においてオキシトシンが大きな役割を果たしているとすれば、オキシトシンが増えれば、慈悲も増えるのではないだろうか。

 とはいえ、実験動物とは異なり、生きた人間の脳内のオキシトシン量を直接的に測定することはできない。脊髄の流体(spinal fluid)は測定できるが、この量を測定してみても、下水からの放流を調べることで都市機能を理解しようとするのと同じで、不可能ではないとしても極めて困難である。さらに、血中のオキシトシン濃度は多く研究されているとはいえ、それが脳内のオキシトシン活動とどう関連するのかがまだ明確ではない。

 とはいえ、オキシトシンの血中濃度に慈悲の瞑想が影響するとの証拠がいくらか得られている。例えば、ある研究で、他者に対する共感を呼び起こすようにデザインされたフィルムを見せたところ、暖かさ、慈悲(けれども、悩みではない)の自己報告が増えたが、血中のオキシトシンレベルも約50%増えていた。これは、他者に対するその後の寛大な感情の高まりと関連していることがわかっている(p234)

オキシトシンはケア対象となる内集団の範囲を広げる

 人類が自分たちの同類とみなす『内集団(in-group)』のメンバーに対しては協力的なケアを行い、外集団(outgroup)のメンバーに対しては防衛的な行動をとることは大昔から知られている。そして、この差別にもオキシトシンが関係している。ただし、オキシトシンは、外集団に対する敵愾心を高めるわけではなく、共感やケアの必要性を感じる相手の範囲を広げる働きを持つ。このことは、多くのスピリチュアルな実践や瞑想は普遍的な慈悲を目標に掲げているが、慈悲の瞑想がオキシトシンにどのように作用するのかで、極めて重要、かつ、興味深い問題を持ち出す。


@ 慈悲の瞑想は、オキシトシン・システムに従いつつ、さらに多くの人たちが自分たちの内集団に所属すると思わせる作用がある

A 慈悲の瞑想には、ある内集団に属する者たちだけをケアするというオキシトシンの作用を抑制する力がある(p235)。

ストレスに反応する視床下部-下垂体-副腎系

13-2.jpg 視床下部-下垂体-副腎系(HPA = hypothalamic-pituitary adrenal axis)は、ストレス反応に欠かせないホルモン・システムである。それは、視床下部から下垂体を通じて、副腎へと働くためこの名前が付けられている(p232,p243)

ストレッサからの刺激を受けると、前頭葉前部外皮(prefrontal cortex)や海馬(hippocampus elicit)を含めた脳の上層エリア(higher brain areas)が、視床下部(hypothalamus)の脳室周囲核内(paraventricular nucleus)を活性化させる。次に視床下部(hypothalamus)に位置するニューロンが、脳と脳下垂体(pituitary gland)とをつなげる門脈流通(portal vein circulation)に副腎皮質刺激ホルモン(CRH= corticotropin-releasing hormone)とアルギニンバソプレシン(AVP= arginine vasopressin)を放出する。

 こうした神経ホルモンは、その後、前方脳下垂体(anterior pituitary)から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH= adrenocorticotropin hormone)を放出させる(p243)。副腎皮質刺激ホルモンは、最終的には、副腎(adrenal gland)に達して、コルチゾル(cortisol)と呼ばれる糖質コルチコイド(glucocorticoids)の生産と放出を引き起こす(p232,p243)。このコルチゾル(cortisol)は、免疫系に多く影響し(p231)、間違いなく、肉体の最も重要なストレス関連分子である(p232)

ストレスに反応する自律神経系

 ストレッサからの刺激を受けると、選択脳幹核(select brain stem nuclei)も影響を受け、交感神経系(SNS= sympathetic)や副交感神経系(PNS= parasympathetic)を含めて自律神経系(autonomic nervous system)も反応する。そして、ストレスは、先天的な炎症免疫機能(inflammatory/innate immune function)にかなりの影響を及ぼすことが知られている(p243)。そこで、いま、全世界的には慢性化した炎症反応が増えている(p239)

 哺乳類の免疫系は、大きくは、炎症 (inflammation)で特徴づけられる急速に活動する非特異的(non-specific)な「先天的免疫(innate immunity)」と、T細胞活動(T cell activity)や抗体の生産で特徴づけられ、ゆっくりと作用する特異的(specific)な「獲得免疫(acquired immunity)」の二つからなっている(p239)

 炎症反応(inflammation)は、心臓血管病、糖尿病、癌、痴呆症(dementia)等の生理的障害だけでなく(p239)、免疫系サイトカイン(Immune system cytokines)が脳に強力に影響することで(p243)、深刻な憂鬱(major depression)、双極性障害(bipolar disorder)、統合失調症(schizophrenia)を含めた多くの精神病とも関連することが知られている(p239)。

オキシトシンはストレス反応であるコルチゾルを減らす

 恐怖のイメージに呼応して、例えば、ストレスと関連した扁桃体(amygdala)の活動は活性化する。けれども、オキシトシンには、この扁桃体活動を低下させる働きがある。そして、ラボラトリーでの社会的ストレッサに対応したコルチゾルや自律神経系の反応も減らすことが示されている。同じようにオキシトシンのレセプター遺伝子は、共感力を減らすことと関連するが、自律神経系のストレス反応を促進することが示されている(p235)

慈悲の瞑想を実践するとコルチゾルが急速に減る

13-3.jpg 医学的・精神医学的にも健康な大学の新入生たちに対して、6週間の「慈悲の修行プログラム(CBCT=compassion-based training program)プログラム(CBCTの詳細はボックスIIIと1章)を受けてもらった。そして、この修行の前後で、トーリア社会的ストレステスト(TSST= Trier Social Stress Test)を受けてもらった。

 結果から言うと、このテストに対するコルチゾル反応では、慈悲の瞑想の効果がまったく見出せなかった(p238,p244)。図をみていただきたい。慈悲の修行プログラムの前がパネルA−D、後がパネルE−Hである。いずれもプラズマインターロイキン(IL)-6(パネルAとE)、プラズマ・コルチゾル(パネルBとF)が出て、主観的な悩みの反応が引き起こされたのである。ちなみにこの悩みは、気分状態のプロフィール(POMS= Profile of Mood States)の合計スコアで測定された(パネルCとG)(p244)

 けれども、慈悲の瞑想グループ内での瞑想の実践量とコルチゾル反応とには興味深い関連性が見出された。つまり、自宅で「慈悲の瞑想」をかなりやっていた人たちも、ストレッサに対するコルチゾル量はまったく減らなかった。けれども、増えたコルチゾルは、さほど瞑想の実践をしていない者に較べて、かなり急速に元の水準に戻ったのだ(図3)。

 慈悲の瞑想の修行を受ける前にストレステストを受けた参加者のIL-6(パネルA)、コルチゾル(パネルB)とPOMSの合計スコア(パネルC)は、ストレス反応で、高度な修行実践とほどほどの実践グループで違いがなかった。けれども、瞑想修行後にストレステストを受けた参加者では、IL-6(パネルE)とPOMSの総スコア(パネルG)は、高い実践参加者ほど低い実践参加者に比べて減った(p244)

 この結果から、慈悲の修行をしてもストレス反応はなくならないが、ひとたびストレッサがなくなればストレスが直ちに減ることがわかる。ストレス反応が不自然に延長された憂鬱や怒り他の「執着タイプ(chewing on things)」は病気のリスクが高まることが多くの研究から示されているが、そうはならないのである(p238)

 では、なぜ、慈悲の瞑想をすると直ぐにコルチゾル量が減るのだろうか。トーリア社会的ストレステスト(TSST)に対する「炎症反応(inflammatory responses)」に対して慈悲の瞑想が効果あるとの最近の発見が関係してくる(p239)。自宅でかなり慈悲の瞑想をやっていた人たちは、血中の炎症分子(inflammatory molecule)、サイトカインIL-6が減っていた(図3)。しかも、瞑想に費やす時間が長いほどIL-6は減っていた。つまり、慈悲の瞑想によって、たとえストレステストを受けても、個人認識されるストレス・レベルが減ったことがわかる(p238)

幼少期のトラウマは炎症反応を起こすが慈悲の瞑想はこれも減らす

 急性と慢性の心理社会的なストレスは、とりわけ、幼少期に逆境(例えば、トラウマ、無視)を受けた個人に慢性的な炎症反応(inflammation)を引き起こすことが知られている。このことは、幼少期のストレスがその後の多くの現代病を予想させる(p238)

13-4.jpg 米国の養護施設(foster care)での71人の思春期の子どもたちを対象と した最近の研究では、6週間以上、慈悲の瞑想修行(CBCT=Cognitively Based Compassion Training)を行なったところ、炎症反応の反応物、C反応タンパク質(CRP= c-reactive protein)の唾液内の濃度が現象していた(rs=0.58、p = 0.002) (図4)(p239,p245)

 養育施設にいる子どもたちのトラウマの高さや逆境と一致して、子どもたちのC反応タンパク質は研究スタート時点から高かったことから、これは励みとなる事例であろう(p239)

慈悲があると免疫系が強化され風邪を引かない

 風邪を引いたとしても、医師に共感をいだいた患者は、そうではない患者に比べて、症状がさほど重くなく、かつ、治りも早いことがランダム化試験によって明らかになっている。感染病が「共感」と関係するというこの興味深い発見は、内分泌ホルモン、とりわけ、オキシトシンとコルチゾルが、慈悲と関係して中枢神経系機能や免疫機能に大きく影響することによって説明できる(図2)。医師に共感をいだいた患者の免疫分子、インターロイキン(IL)- 8が高いのだ。実験的にウィルスにさらしたとしても、社会的なサポートがある人たちの風邪があまり進まないという現象も説明がつく(p239)

慈悲は最も慈悲的なホルモンを出せる

 人間のあらゆる感情や行動のうち、少なくとも科学文献を信じる限りは、最もホルモン的なものは慈悲であろう。数多くの科学研究から、慈悲(compassion)やそれを構成する共感(empathy)等の要素が、内分泌的な要因の影響を受け、逆にそれからも影響されるという強力なエビデンスが見出されている(p231)。世界中のスピリチュアルな伝統では、慈悲が支持されている。この慈悲において、オキシトシンがどのような役割を果たしているのかはまだ少ししか明らかになっていない。とはいえ、疫学的なデータからは、向社会的な感情や行動が慈悲と密接に関係し、それがメンタル面や生理的で健康を推進することが脇らかになってきている(p239)

 ストレスが他者に対してゆとりあるケア行動が取れなくなることは経験的に誰もが知っている。そして、社会的に排除された人たちが、向社会的な行動をさほど取らないことも知られている(p235)

 とはいえ、この発見から、直ちに、慈悲の修行が療法として確立できるわけではない。瞑想によって炎症(inflammation)が減ることが、修行を終えた以後も持続するのか。あるいは、長期的には病気に対する呼ぼう効果があるのかどうか。それは、慈悲と内分泌学/免疫学のアリーナで最も重要な答えがない問いかけのひとつである。また、慈悲的な思考や行動を増やすことが、健康と関連して内分泌や免疫機能にどのような変化を引き起こすのかを明らかにすることも未来の研究課題である。例えば、慈悲の瞑想が、HPA軸の変化やストレスが多い状況で免疫と関連するオキシトシン機能にどのような変化を引き起こすのかを探究することが必要であろう(p239)

【引用文献】
Jennifer S. Mascaro, Thaddeus W. W. Pace, Charles L. Raison “Chapter 13 Mind your Hormones! The Endocrinology of Compassion”


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